意志を継ぐ者 (6)
クレアは左手に持った魔法杖をしっかりと握りなおす。そして騎士というには余りにも華奢で薄ら白い肌の右手を、指をいっぱいまで開いたパーの形で前に突き出した。
まるでそれが開戦の号令だったかのように、悪魔の微笑みのような凶悪な形相を浮かべたガルメギアは地面を蹴飛ばして瞬時に距離を詰めて来た。走っているというよりも、飛んでいるといったほうが表現としては近い。一度地面を蹴るたびに数メートルずつ滑空するそれは風を追い抜くような速度である。狙いは勿論、一直線にアクトベリアの姫であった。
クレアはそれに怯むことなく魔力を行使するために気を集中させる。長たらしい詠唱を要さず、ただ念じるように一言だけ呟いた。
「拘束の光紐」
詠唱とは本来、魔法を発動する上で必要な魔力式を言葉という補助を用いて組み立てる行為である。しかし、高位の魔法士ともなると魔力式をイマジネーションのみで組み立てることができるようになる。詠唱を省けるということは、単純に魔法発動までの時間を短縮できるというメリットがあり、それは戦闘面においてとても重要なことなのは言うまでもない。無論、魔法のレベルが上がれば上がるほど魔力式も複雑で難易度の高いものになってくるので、さすがのクレアであっても高位魔法以上(先ほど魔族達に使用した感覚遮断は高位魔法に分類される)ともなれば詠唱が必要となる。
クレアのすらっと伸びた右手のひらが透明感のある鮮やかな蒼色で発光し、すぐさま蝋燭を吹き消したかのように音も無く消え去る。それと同時にしゃんという鈴の音の様な高い音が幾度か響き渡った。いつしか足下には半径一メートル程の二重円の中で上下が180度反転した二つの大きな三角形が重なり、その周囲に四つの小さな円が等間隔に配置されたコバルトブルーに輝く図形が浮かびあがっていた。俗にいう魔法陣というものである。
魔法陣は攻撃、防御、補助などを問わず、一定レベル以上の魔法を発動する際に魔力の流れを制御し易くする為のものであり、詠唱と同様に発動する魔法のレベルが上がれば上がるほど魔法陣生成の難易度は比例して上がっていく。また生成される魔法陣の色や大きさ、形などに共通性はなく、発動者や発動魔法によって形が多種多様なのが特徴だろう。無論、詠唱と同様に高位の魔法士になればある程度まのでレベルの魔法ならば魔法陣を省いて魔法を発動することが可能である。もとよりクレアも中位程度の魔法ならば魔法陣無しでも発動することが出来る。しかし、魔法陣の魔力の流れを制御しやすくするという性質上、生成することで魔法の精度や威力の向上が望める。逆に、詠唱とは異なって魔法陣の生成を省略しても魔法発動までの時間が短縮されるということはなく、メリットらしいメリットも薄いため、精度などを必要としない日常生活魔法などはともかく、戦闘時に省く者はほとんどいない。
クレアの足下で光を放つ魔法陣が二度三度点滅を繰り返すと、今度は前方、つまり今まさにアクトベリアの姫にその刃を突き立てようと腕を振り上げていたガルメギアの周囲からしゃらんしゃらんという音色が響き……不気味に口元を吊り上げていた魔族幹部の動きがピタリと止まった。クレアとの距離は残り五メートルを切ったところである。
ガルメギアの足下と頭上にはそれぞれ二つずつ、計四つの半透明のコバルトブルーに光る球体。そこから伸びる同色の紐のような物体はガルメギアの両手首、両足首にしっかりと絡みつき、その動きを封じていた。これならば行動はおろか、魔法も満足に使えないはずである。明らかに不愉快そうな顔を浮かべて拘束を解こうと暴れてる怪物を一瞥したクレアは、そのまま突き出した右手のひらで空中を払う動作をとる。すると、それに呼応して四つの光球は五十メートル程まで後退し、それに繋がれたガルメギアも強制移動を強いられた。
部類としては中位魔法であるが、詠唱を省いて短時間で発動が可能であり、尚且つそこそこの拘束力を持った「拘束の光紐」であるが、四魔仕であるガルメギアが本気をだせばすぐさま破られてしまうだろう。しかし、それは本気を出せればの話である。当然、ガルメギアはこの鎖を破壊しようと試みるはずだが、そこを絶え間なく攻撃する。無論、クレアの攻撃力では倒すまでの成果は望めないが、それでも拘束解除の妨害くらいにはなる。魔力が尽きるまで小さなダメージを蓄積させつつ、拘束を維持することが出来るという算段だ。
もとよりクレアの狙いは時間稼ぎ。自分では倒しきる事は適わないが、仲間がいる。ベルロット騎士団ならば下級、中級魔族に遅れをとることは無い。残り三対いる上級魔族にしてもオーディアスらが束になってかかれば倒せない相手ではない。つまり時間さえ稼げば周囲の魔族を殲滅した騎士団が合流し、全員でガルメギアを叩くことが出来る。四肢を拘束した状態ならば勝機は十二分にあるだろう。これがクレアが瞬時に思いついた、そして最善であろう策である。
予想通り両の腕に渾身の力を込め、強引に鎖の破断を試みる双尾の怪物。やはり純粋な拘束力はガルメギアの力を下回るらしい光の鎖はピキピキと小さな悲鳴を上げ始めていた。しかし、これも予想の範囲内である。
「させませんっ!」
クレアの足下には小さな魔法陣が刻まれている。無詠唱で右手のひら上に生み出されたのは、戦場の乾いた風で揺らめく蒼白い炎の塊。右手をガルメギアに向けて突き出すと、
「えいっ!」
という小さな掛け声とともにそれを射出した。そしてそれは見事にガルメギアの無防備となっている腹部へと命中してから弾けて消える。爆発や轟音といった派手なエフェクトがないことから分かるとおり、お世辞にも強力な一撃とは言い難い。拘束されているというストレスのせいもあってか、痛みというよりも怒りの感情が強く表れた荒々しく獰猛な叫びを見せる巨体。外傷はかすり傷程度しか見られず、ダメージ自体は大したことはないだろう。だが、それも分かっていたこと。一番の狙いは気を散らし拘束からの脱出を防ぐ、もしくは遅延させることであり、それはまさに狙い通りの成果をだしていた。
「無駄です!」
再び拘束具の破壊に戻ろうとしたガルメギアの顔面に蒼炎が直撃した。ダメージ自体は小さいものでも決して無視できる攻撃ではないため、ガルメギアも脱出行動を中断せねばならない。被弾後すぐさま魔法紐の破壊に取り掛かるが、それをクレアが阻止するというパターンが七回続いた。
(これならいけます!)
想定した作戦が有効であると確信したクレアであったが、そのまま策の上で踊り続けるほどガルメギアは単純ではなかった。
八回目の妨害を行おうとしたクレアの目の前に突如黒く光る棒状の塊が飛来したきたのだ。高さとしては丁度顔のあたり。蒼炎を打ち出そうとしていたクレアは半ば条件反射で瞬時に術式を組み替え、正面に魔法障壁を展開した。直後、飛来してきたそれは障壁に激突。魔力を相殺する際に発生する特有の強い発光を伴って、黒い物体と魔法障壁は互いに消え去った。
何事かと目を見開いて驚いたが、その応えはすぐに分かった。蒼く光る鎖によって四肢の自由を奪われたガルメギアの足下には黒く小さな魔法陣。魔法を使用した証である。そして肝心の巨体を空中に繋がれた怪物はというと、まっすぐとクレアを睨みつけていた。大きく裂けた口を限界まで開ききった状態で……
「口からっ!?」
杖や剣、弓といった魔法触媒となる道具か自らの手を介して魔法を発動することが一般的とされている人類にとってはガルメギアのとった行動は予想外であった。だが、驚くべき事はそれだけではなかった。
「拘束が……」
ガルメギアを縛る四つの魔法紐のうち、右手首を拘束していた一つが引きちぎるように破壊されていたのだ。クレアが障壁を張って防御に徹した際に生まれた僅かな隙で拘束具を破壊したとみて間違いないだろう。
想定外の事態に焦りを見せるクレアに向けて再び双尾から放たれる二発の魔法弾。
一発目は後方に飛び退くことで回避に成功したが、二発はちょうど回避後の着地点に向けて放たれていた。回避は無理と判断したユウナは再び魔法障壁を張ってそれを防ぐ。半透明の蒼い障壁越しに見える光景は飛来する漆黒の塊とその後方で自由になった右手を地面に突き立てるガルメギアの姿。黒い魔弾と障壁が接触すると、お互いが相殺により跡形も無く消え去る。その奥では、足下に魔法陣が浮き上がった怪物の姿。そして、すぐさまドンという凄まじい音が鳴り響き、ガルメギアの周囲にはドス黒い魔力の残滓が溢れていた。
「――そんな」
激震とともに黒い影がガルメギアを包むと、まだ三箇所は有効であったはずの光の拘束具が全て、まるで灰になったかのように色を失って粉々に散っていた。
原因は間違いなく、ガルメギアが地面に右手を突き立てて放った魔法である。それで魔法紐を破壊したのか、はたまた魔法そのものを解除したのか、そんな疑問が一瞬浮かぶが、すぐさまそれを払いのける。今は一分一秒でも惜しい状況下に置かれている。この瞬間に考えなければならないことは、どうしてそうなったのかではなく、今どのような状況で、この後どう行動しなければならないか、ということなのだ。
ご無沙汰です。作者の村崎 芹夏です。
はい、とてもお久しぶりですがしっかりと生存しております。
いやはや、ここ最近忙しくてホント執筆してる暇がないのです。というわけで今回の更新もストック分からになります。
代行神の方もちょこっとずつ書いてはいるのですが、なかなか一話分には届かなくて・・・もう少しお待ちいただければと思います。
ホント遅筆ですみません><
ではでは今回も読んでくださった方々、ありがとうございました。
また次回更新した際にはよろしくお願いします。




