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散歩

作者: いるみ

赤い空。ひぐらし。カラスの鳴き声。母親に手を引かれながら、どこかへ帰ってゆく子供達。そんな音や景色を肌で感じながら、ふらふらと楽しげに歩いているのは、私。


日が傾いて黄昏が降りる時刻、私はいつも家の近くで散歩をします。なぜかと申しますと、これが、なかなか少し説明しがたいものなのですが……


私にはかつて娘が1人いました。今もいます。親の私が言うのも何なのですが、太陽ように光る笑った顔が素敵な、可愛らしい子でした。


私にはかつて夫が1人いました。今はいません。妻の私が言うのも何なのですが、今になって考えてみますと、彼はあまり良い夫とは言えませんでした。と言いますのも、彼の作ったものは何もかもすぐに壊れてしまうのです。


家庭はその一つでした。


家庭というものは実に不思議なものだと思います。一組の男女が一つ屋根の下で暮らす事を同棲と言いますが、ひとたび二人が結ばれると、それは同棲ではなく家庭になります。いつ如何なる時でも共に歩む事を誓う事は、それだけ大きな事だということでしょうか。自分がその時どんな思いでいたのか、私はもう忘れてしまいました。昔の事なので、仕方ないのです。


私は自分の持っていた家庭については、それなりに気に入っておりました。確かに夫は家庭を作るのは苦手ではありましたが、その分彼は、仕事に誠実な人でした。娘はそんな夫を大層尊敬していたように思います。この私もそんな彼に魅かれていました。


彼から別れを告げられたとき、真っ先に頭に浮かんだのは娘の事でした。娘は彼の事を尊敬していましたし、なにより彼には十分な稼ぎがありました。私は娘を愛していましたが、もし彼が親権を主張すれば、私は彼にそれを譲るつもりでした。


しかし、彼はそうはしなかったのです。


娘には、さぞ辛いことだったと思います。娘にしてみれば、自分の尊敬する人から、お前はいらない、と言われるようなものなのですから。


娘はそれ以降、私とは口を利いてくれなくなりました。娘は彼女の父親と同じく、仕事に打ち込む方だったので、今では娘と顔を合わせる事も滅多にありません。あの笑顔も見せてはくれなくなりました。きっと、私と会うたびに、自分の父親の事を思い出すからでしょう。


愛した夫に捨てられ、愛する娘に見放され、ついに私には何も無くなりました。いいえ、きっと、元から無かったのです。


だから、私は歩くのです。こうしていれば、自分が少しでも前に進んでいるのだと、そう錯覚することができるのです。


そういうわけで、私は今ここでこうして、楽しく、楽しく散歩をしているのです。

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