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第27話‐現在の転校生‐

「見るがいいですぞ! この肉体美ならぬ脂肪美を! ん~~~~~~~~ハイッ!」

「だっはっはっはっは! スライム! スライムや!」


 歓迎会とは名ばかりのただのどんちゃん騒ぎが、聖使徒像広場で巻き起こっていた。

 とは言うものの、主賓である桂花を丸っきり放置しているわけでは、もちろんない。相変わらず裕のそばから離れようとはしないが、彼女も女子達と普通に受け答えをしていた。


「ほれ食べろ。やれ食べろ。これも食べろ。そしてもっと大きくしろ。私のために!」

「あ……ありがとう……?」


 美貌には次から次へと食べ物を進められて困惑気味である。


「もう、瑠璃宮さん。少しでいいから欲望を抑え込んでよ。……ごめんね、上賀茂さん」

「い、いえ……だいじょうぶ、です。……えっと……九十九、さん? くん……?」

「『さん』がいいな。一応これでも女の子だから」


 アプリコットの髪の美少女(ただし身体は男)・九十九黄泉には『これでもというか、どう見ても女の子にしか見えない……』という視線を送る。


 クラスメイト達への控え目ながらも無難な対応は、裕の知る桂花のそれだった。前よりも少しだけ言葉数が多いのは、きっと勇者学園の彼らが新たな仲間を迎えることに慣れているからだろう。

 が、しかし。


「意外と普通に喋るじゃない。裕以外とはまともに喋れないのかと思ってた」

「そんなわけないじゃないですか。頭が足りないんじゃないですか?」


 エリカにだけは極めて辛辣な対応である。これは明らかに裕の知る桂花ではなかった。

 エリカは口の端をひくつかせ、桂花は能面のような無表情で、それぞれ睨み合う。

 裕は逃げた。


「おいコラ! 何やっとんねん神無木!」

「君だけ逃げるなんて彼女達に失礼だろう。ほら早く戻るんだほらほら早く」

「やだよ! 面白半分で言ってるでしょ!」

「「半分? 全部に決まっ()()ろ」」

「なおダメだよ!」





「つつがなくやれているようだな、神無木裕」


 桂花が女子に捕まり、裕から離れたタイミングで、ディムが木製のコップを片手にやってきた。


「うん。……なんだか、変な心配して損したよ」

「心配?」

「今の上賀茂さんが、僕の知る上賀茂さんと、ずいぶん違っちゃってたから。それに、セリアさんが言ってたこともあるし」

「フン……なるほどな。貴様はそういう視点から懸念を抱いていたのか」

「貴様は、って……君も?」


 頷く代わりとするかのように、ディムはコップを口に運ぶ。


「非論理的な話だが……このクラスには、例外が多い」

「例外……?」

「私に聖坂美零、そして貴様――このクラスの召喚勇者は、変わった事情を持つ者ばかりだ」

「え? 僕はともかくとして……君や、聖坂さんも?」


 ディムは切れ長の目を細め、青い瞳で桂花と話す美零を見た。


「聖坂美零が召喚されたオリビオという村は、マークイラ教を信仰していなかったそうだ」


 えっ、と裕は思わず声を漏らした。

 マークイラ教はディオミール全域で信仰されている世界宗教だ。ここ神都パラド・マークイラにはその総本山たる聖マークイラ大聖堂があるし、最高神よりディオミール監督の任を授かったとされるマークイラ教団は常に世界を主導してきた。勇者の立場にも、マークイラ教の存在が深く関わっていたはずだ。


「オリビオの村は最高神マークイラではなく、他の存在を神として崇め奉っていた――地脈に住むという伝説の世界蛇・ヨルムンガルドだ」

「ヨルムンガルド……って、聖坂さんの……」

「そうだ。聖坂美零は召喚直後、村の聖地に御神体となって眠っていたあの蛇と個勇能力で言葉を交わし、蛇神の巫女として選ばれたらしい。結果、他の多くの勇者のように裏切られることなく、本当に、字義通りの勇者として厚く遇されたそうだ。元より信仰の関係で勇者への蔑視も少なかったそうでな」

「へえ……そっか……それは、よかったね」

「ああ。ヤツ自身は『自分は温室育ちだ』と自嘲的に言うがな」


 再びドリンクに口をつける長身の少年を、裕は見上げた。


「じゃあ……君の『変わった事情』っていうのは……?」


 ディムはドリンクを一気に飲み干してしまうと、空になったコップに視線を落とした。


「私は……聖坂美零とはそっくり逆だ」

「逆……って……」

「言葉通りの意味だ。語るもおぞましきことが起こった――詳細を知る者は、私と学園長殿以外には一人もいない。この街の中にも外にも――この世のどこにもいない」


 裕は、不思議とすんなり察していた。

 ディムの言う『語るもおぞましきこと』が召喚国で起こったのなら、その国には詳細を知っている人物がいるはずだ。だが、彼は言う。詳細を知るのは自分とセリアのみ――この街の中にも外にも、その二人しかいない、と。彼は、そう断言する。


「数いる勇者の中でも、私ほどのことが起こった勇者はそうそういないだろう――そして私は、その経験を踏まえた上で直感している」


 ディムの視線は、コップから前へ――桂花へと移動していた。


「――上賀茂桂花は、私の同類だ」


 裕は息を飲む。

 ディムの目は、レオンがエリカに仇なす相手を見る時と同じそれで。

 彼女を仲間ではなく、警戒すべき対象として捉えているのがありありとわかった。


(――ダメだ)


 ダメだ。たとえどんな事情があろうとも、勇者学園の生徒が同じ学園の生徒にそんな目を向けてはいけない。

 ここでは、誰もが仲間なのだから。

 ここでは、誰もが家族なのだから。

 勇者がまっとうに『人間』でいられる、唯一の場所なのだから――


「そ……それじゃあ、つまり、ほら、あれだよね」


 しどろもどろの裕を、ディムが怪訝そうに見やる。


「仲良くなりやすいってことだよね、うん。同類なんだから」

「いや、なぜそういうことに――」

「そういうことだよね! ディム君!」


 大きな声で放たれた愛称に、ぴくり、とディムのこめかみが震えた。


「……だ・か・ら――」


 スウ――っと、ディムの制服の中から偽清剣を抜く。どうやって隠していたのだ。


「――私の高貴なる名を勝手に略すな! 私の名はディミトリアス・エルフィンストーンだ!!」

「え? いいと思うけどな、ディム君。呼びやすくて、ディム君」

「貴様あっ! 剣を抜けぇい!!」


 ははははは……、と愛想笑いを浮かべつつ、裕はじりじり下がる。偽清剣で斬られても怪我はしないが、一応ダメージはあるのだ。

 しかし、さっきまでの不穏な空気は跡形もなく消えていた。目的は達成だ。

 あとはいつも他の男子がやっているみたいに適当に逃げ回れば――

 そう考えた瞬間だった。



 ――ザガザガザガザガザガザガザガザガッ!!



 地面が、轍状に抉れた。

 それはまるで、裕とディムを分断するような軌道。

 突如出現したそれが、横から飛来した『何か』によるものであることに気付き、裕とディムは『それ』が飛んできた方向を見る。

 そこには、上賀茂桂花がいた。


「…………んを、……ないで…………」


 彼女の手は鉛筆でも握っているような形で、裕とディムに――否、ディムに向けられている。


「…………神無木くんを、いじめないで…………!!」


 ――ザガザガザガザガザガザガザガザガザガザガザガザガザガザガザガザガザガザガザガザガザガザガザガザガザガザガザガザガザガザガザガザガザガザガッッッ!!


 轍状の窪みが再び迫る。それはまるで、カマイタチのような不可視の切断力が、一個の塊となって地面を転がっているような光景だった。

『切断塊』とでも呼ぶべきそれをディムは飛びずさって回避する。裕のすぐ横の地面が一瞬にして耕された。


「上賀茂さん! どうしたの!?」


 黄泉が呼び掛けて近付こうとすると、そちらにも切断塊が放たれた。咲耶が尋常ではない速度で動き、黄泉を抱えて回避する。


「近付いちゃダメだ! 上賀茂さんから離れて!」


 美零の警告に生徒達は機敏に反応した。

 磁石が反発するように、誰もが桂花から距離を取る。生徒達で作られた半径10メートルほどの円の中心に、何事かぶつぶつ呟く桂花だけが残された。


「なんや今のは! 魔技か!?」

「誰か彼女に魔導石を渡したのか!?」

「違う……魔導石は持ってないはずだ。つまり――」


 ――個勇能力。

 裕を含め、その場の誰もが察する――上賀茂桂花は能力者(スキルホルダー)だ。


「だとしたらまずい!」

 美零が叫ぶ。

「魔技なら相当熟練した術者じゃない限り無意識に発動することはできない――だけど、個勇能力は何でもアリだ。精神状態によっては暴走することもある……!」

「暴走……!?」


 愕然と裕は繰り返す。それはつまり、さっきみたいに、誰かれ構わず攻撃するということか……!?


「ダメだよ――それはダメだ!」

「神無木くん! とにかく彼女を落ち着かせるんだ!」

「上賀茂さんっ!」


 裕は桂花に呼び掛け、一歩前に進み出た。

 続いて、二歩、三歩、四歩――うなだれたままこちらを見ない桂花に、ゆっくり近付いていく。

 すると……聞こえるようになってきた。

 先程から桂花がずっと呟き続けている、言葉が。



「――殺さなきゃ――」


「殺さなきゃ――殺さなきゃ――殺さなきゃ――「殺さなきゃ「殺さなきゃ「殺さなきゃ「殺さなきゃ「殺さなきゃ「殺さなきゃ「殺さなきゃ「殺さなきゃ殺さなきゃ殺さなきゃ殺さなきゃ殺さなきゃ殺さなきゃ殺さなきゃ殺さなきゃ殺さなきゃ殺さなきゃ殺さなきゃ殺さなきゃ殺さなきゃ殺さなきゃ殺さなきゃ殺さなきゃ殺さなきゃ――――」



 裕はごくりと唾を飲み、声を張り上げた。


「上賀茂さん! 僕だよ! 神無木だよ! わかる……!?」

「……かん……なぎ、くん……?」


 桂花の顔が少しだけ上がり、こちらを見る。

 裕の背筋を、ぞっと怖気が駆けた。

 その、目。

 生気のひとかけらもない、真っ黒な泥のようなものが渦巻いているばかりの瞳。

 それが――裕の姿を認めるなり、徐々に徐々に、光を取り戻していく……。


「……神無木、くん……?」

「そうだよ。神無木裕だよ。……大丈夫……?」

「うん……大丈夫だよ」


 ふわりと柔らかに、桂花は微笑んだ。

 そして。

 すぐそばまで来た裕の首に、優しく両腕を絡める。


「大丈夫だよ、神無木くん」

「え……?」


 耳元で囁かれたにも拘わらず、裕は思わず聞き返した。

 なぜなら、桂花が囁いたその言葉が、『自分は大丈夫だ』というニュアンスではなかったから。

『もう大丈夫だよ』と、裕を元気づけるかのような、そういうニュアンスだったから。

 会話が――成立、していない。


「平気だからね。怖がらなくていいからね」


 裕の耳に息をかけながら、桂花は囁き続ける。



「――神無木くんは、わたしが守るから――」



 その言葉を最後に、桂花の身体から力が抜けた。

 裕は咄嗟に彼女の背中を支える。……規則的な寝息。どうやら眠ったようだ。


「なんやったんや……?」


 落ち着いたと見て、他の生徒達が近寄ってくる。


「何かトラウマを刺激したのかな。それで反射的に能力を……」

「召喚国でよほどひどい目にあったのでしょうな。許せませんぞぉ!」


 あれこれ話し合うクラスメイト達には答えず、裕は桂花の安らかな寝顔を見つめていた。


「何があったの!?」


 セリアが走ってやってくる。隣には空色の髪のメイド少女・オーエンもいた。

 セリアは広場の有様を見渡して、「……桂花がやったのね……」と独り言を漏らした。

 それを聞き逃さなかった男が一人。


「わかっていたのだな、学園長殿」


 ディミトリアス・エルフィンストーンである。

 彼は右手に偽清剣を握ったまま、セリアに刺すような視線を贈る。


「こうなることがわかっていたから、メインイベントを中止させたのだろう? ……イベントの最中に、相手を殺してしまうかもしれない――あなたはそう危惧したのではないか?」


 全員の視線がセリアに集中した。

 彼女はそのすべてを受け止める。……しかし、口は決して開かない。

 その様子を見て取ったディムは、目を伏せて話を続けた。


「私は、上賀茂桂花に自分と同じ匂いを嗅ぎ取っていた――すなわち、殺人者の匂いだ」


 息を飲む気配が、その場の誰もから発された。

 それに気付いていないかのように、ディムはセリアだけを見据えて言い放つ。


「もう薄情したらどうだ、学園長殿。――上賀茂桂花は、召喚者を殺しているのだろう?」


 生徒達が驚愕の気配を漏らす中で、裕がもっとも劇的に反応した。

 殺して……いる?

 桂花が、自分の召喚者を――裕が怒りの余り、リーゼロッテを殴ろうとした時のように?


 沈黙が夜の聖使徒像広場に降りた。

 しばらくの間、セリアとディムは視線を応酬する――


 やがて、はあ、と息がひとつ。

 降参するように、セリアが溜め息をついた。


「――そうよ」


 セリアは告げる。

 裕の知らない時間を過ごした、現在の上賀茂桂花の有り様を。


「桂花は、ディオミール人を何百人も惨殺している」


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