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第0話‐勇気を掴む物語‐

 勇者・神無木裕かんなぎゆうの帰還を、誰もが拍手をもって歓迎した。

 大人も、子供も、男性も、女性も、若者も、老人も、人間も、魔物も。

 余所者であるはずの彼をこんなにも多くの人々が受け入れている――ディオミール数千年の歴史の中でも、もっとも有り得べかざる奇跡だった。


 勇者と呼ばれる少年は、生涯の伴侶となった少女を隣に、笑顔で拍手の雨を受けた。

 少年らしいあどけなさがありながら、その佇まいは堂々として、線の細さを問題にしないほどの貫録を放っている。彼は少女と共に人々の前に進み出ると、指で天を指して叫んだ。


「――創世は成った」


 そして腕を下ろし、手を伸ばす――人々に向かって、差し伸べるように。



「さあ――世界を始めよう!」



 後に『創世宣言』と歴史家に名付けられることとなるその言葉を、人々はより大きな拍手で讃えた。


 彼らは知っている。

 誰もが無謀だと笑った理想を、それでも成し遂げてみせた彼の力を。

 彼らは知っている。

 終焉が迫った世界の中で、それでも世界を救わんとした彼の勇気を。


 しかし、彼らは知らない。

 力を持ち、勇気を持ち――しかし何よりもそれらに怯えた、彼の恐怖を。


 勇者と呼ばれる少年は、一方で、とても気弱な臆病者だった。





◎◎◎――――――――――――――――――◎◎◎





「やっ、やめてくださいっ……!」


 その声が聞こえた瞬間、ぎくり、と裕の背筋は強張った。


 西暦2014年5月1日木曜日、日本。4連休を翌々日に控えた何でもない平日だ。神無木裕はいつものように高校をやり過ごし、少しばかりの解放感を覚えながら、家路を歩いている最中だった。

 その異常は、そんな何の変哲もない日常の合間に、スッ――と音もなく挿入された。


 柄の悪い男達。その一言で充分通じよう。

 数は三人、いずれも長身。ゆえに、声の主だろう女性の姿は垣間見える程度だった。


「ねえ、別にいいっしょ? ちょっとお茶飲むだけだしさぁ」

「そうそう! 少しでいいんでチャンスくださいよチャンス! ねっ?」

「そ~んな怖がんなくてもい~って! オレら、見た目だけだから! まじでまじで!」


 その時、その道に、裕以外の通行人はいなかった。ただの偶然かもしれないし、男達がそういう場所を選んだのかもしれなかったが、とにかく裕以外には誰もいなかった。


 だから――男に囲まれている女性は、助けを求める視線を裕に向けた。


 裕は息を呑み――決心して、足を踏み出す。

 何気ない足取りで、男達と、彼らに囲まれている女性に近付いていき――



 ――その脇を、何事もなかったかのように通り過ぎた。



 神無木裕は勇者ではない。

 この時は――まだ。



 ブレイブ・イン・ハンド。

 これは、勇気を掴む物語。


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