第0話‐勇気を掴む物語‐
勇者・神無木裕の帰還を、誰もが拍手をもって歓迎した。
大人も、子供も、男性も、女性も、若者も、老人も、人間も、魔物も。
余所者であるはずの彼をこんなにも多くの人々が受け入れている――ディオミール数千年の歴史の中でも、もっとも有り得べかざる奇跡だった。
勇者と呼ばれる少年は、生涯の伴侶となった少女を隣に、笑顔で拍手の雨を受けた。
少年らしいあどけなさがありながら、その佇まいは堂々として、線の細さを問題にしないほどの貫録を放っている。彼は少女と共に人々の前に進み出ると、指で天を指して叫んだ。
「――創世は成った」
そして腕を下ろし、手を伸ばす――人々に向かって、差し伸べるように。
「さあ――世界を始めよう!」
後に『創世宣言』と歴史家に名付けられることとなるその言葉を、人々はより大きな拍手で讃えた。
彼らは知っている。
誰もが無謀だと笑った理想を、それでも成し遂げてみせた彼の力を。
彼らは知っている。
終焉が迫った世界の中で、それでも世界を救わんとした彼の勇気を。
しかし、彼らは知らない。
力を持ち、勇気を持ち――しかし何よりもそれらに怯えた、彼の恐怖を。
勇者と呼ばれる少年は、一方で、とても気弱な臆病者だった。
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「やっ、やめてくださいっ……!」
その声が聞こえた瞬間、ぎくり、と裕の背筋は強張った。
西暦2014年5月1日木曜日、日本。4連休を翌々日に控えた何でもない平日だ。神無木裕はいつものように高校をやり過ごし、少しばかりの解放感を覚えながら、家路を歩いている最中だった。
その異常は、そんな何の変哲もない日常の合間に、スッ――と音もなく挿入された。
柄の悪い男達。その一言で充分通じよう。
数は三人、いずれも長身。ゆえに、声の主だろう女性の姿は垣間見える程度だった。
「ねえ、別にいいっしょ? ちょっとお茶飲むだけだしさぁ」
「そうそう! 少しでいいんでチャンスくださいよチャンス! ねっ?」
「そ~んな怖がんなくてもい~って! オレら、見た目だけだから! まじでまじで!」
その時、その道に、裕以外の通行人はいなかった。ただの偶然かもしれないし、男達がそういう場所を選んだのかもしれなかったが、とにかく裕以外には誰もいなかった。
だから――男に囲まれている女性は、助けを求める視線を裕に向けた。
裕は息を呑み――決心して、足を踏み出す。
何気ない足取りで、男達と、彼らに囲まれている女性に近付いていき――
――その脇を、何事もなかったかのように通り過ぎた。
神無木裕は勇者ではない。
この時は――まだ。
ブレイブ・イン・ハンド。
これは、勇気を掴む物語。