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後編

 ある日、王宮で大きな宴があり、様々な国から王子が集まった。そのときに、メレスという王子が王女に恋をしてしまった。

 当然スパイリアのことを憎むようになり、命を落とそうと企んで賭け事を持ちかけた。


「スパイリア、一時間のうちにこの大テーブルいっぱいに料理を、料理人をひとりも使わずに用意してみてくれよ。それができたら、宝石の腕輪をやろう。そのかわり、できなかったら命をもらう」


 スパイリアは裏庭に座り込んで、うまい料理法を考えていた。しかしたった一時間で、あの大きなテーブルいっぱいの料理など作れるはずがない。途方にくれたところへ、エルムの精が姿を現した。

 スパイリアは目を疑ったが、エルムの精は確かにそこにいる。だが、身体の半分は透けて見えた。


「お困りなのね、スパイリア?」

「エルムの精、死んだのではなかったのか?」

「ええ、確かに。わたしは今、魂だけの存在なのです。さあスパイリア、このテーブルかけを大テーブルにかけるのよ。万事うまくいきますから」


 言うと、テーブルかけを残してエルムの精は消えてしまった。

 スパイリアは白いテーブルかけを、大テーブルにかけた。

 するとたちまち、テーブルいっぱいの料理が現れた。

 兎のシチュー、子牛の丸焼き、うずらの焼肉、魚の煮込み、茹で肉、すべてがおいしそうに湯気を立てている。蜂蜜入りのブドウやクリームパイなど、デザートもそろっていた。

 メレスは賭けに負けたので、仕方なく宝石の腕輪をスパイリアに渡した。

 ところが日が経つにつれ、王女のほうがメレスを好きになっていった。もともと自分の意志でスパイリアと結婚したわけではなかったので、なおさらだった。

 メレスと王女は共謀して企み、ついにスパイリアを王宮から追い出してしまった。

 スパイリアは王宮から出ると、森の中をさまよった。

 エルムの精が思い出された。


「いっそのこと、おまえのところに」


 スパイリアはつぶやいて、泉に近寄った。身を投げようとしたところへ、泉の精が現れた。


「美しい若者よ、なぜ死に急ぐのです?」

「ああ、泉の精。ぼくの愛する妖精が死んでしまいました。せめて向こうで一緒になりたいのです」

「けれど、美しい若者よ。妖精の死んだ行き先と人間の死んだ行き先とは違うのですよ」

「では、ぼくはどうしたらよいのでしょう?」


 スパイリアが嘆くと、泉の精は言った。


「方法はありますよ。あなたが、その妖精の行った先に行ける方法が。でも、とてもつらいですよ」

「かまいません。どうぞ、ぼくに知恵を!」


 泉の精は、スパイリアに方法を授けた。


「まず、北の街のはずれにある、山の洞窟に行くのです。そこで銀の蝋燭をともし、そばに咲く花を一種類ずつ、焚き火にするのです。やがて現れる妖精の言うことを逆らわずにおききなさい。それぞれの妖精から渡されたものを、食べられるものは食べ、他のものは身に着けて、氷の野に出るまで何があっても歩き続けなさい。氷の野に行き着いたら、そこに現れた者をためらわずに殺しなさい。すると氷はすべてとけて荒地になるはずですから、耕せる限り耕し、豆を植えるのです。その豆はすぐに育ちますから、それをつみとって、一箇所に集めるのです。やがて豆は燃え始めますから、ためらわずにその中に飛び込みなさい。あなたは死んで、その妖精のところに行くことができるでしょう」


 スパイリアは礼を言い、北のほうに歩き始めた。途中で、後ろから馬が追いついてきた。いつか柘榴の精がくれた、馬だった。

 馬に乗っていくと、北の街にたどり着いた。馬を預けて山に行き、洞窟を見つけて中に入り銀の蝋燭をともした。

 そばには数種類の花が咲いていた。その中で、一番先にアスフォデルの花をつみとり焚き火にした。すぐに、煙の中からアスフォデルの精が出てきて、スパイリアの隣に座った。


「わたしの髪を梳いて」


 スパイリアは、渡されたくしで妖精の髪を梳いた。妖精は、赤く小さなトマトを三つ渡すと、消えた。

 次に、シロツメクサを焚き火にした。妖精が現れ、スパイリアの持っている、メレスの賭けで手に入れた宝石の腕輪がほしいと言った。スパイリアが妖精の腕にはめてやると、シロツメクサの冠を彼に渡して、妖精は消えた。

 あと一種類、忘れな草が残っていたのでスパイリアは最後にそれをつみとり、焚き火にした。妖精が現れ、雑草で靴を作ってほしいと頼んだ。スパイリアは洞窟にはえていた雑草をつみとると、器用に編みあわせて一足の靴を作った。妖精はそれを履くと、ひとふりの剣を置いて消えた。

 スパイリアは三つのトマトを食べ、シロツメクサの冠を頭にのせ、剣を腰につけると氷の野へと歩き出した。

 雨が降り、雪が降り、吹雪になってもスパイリアは歩き続けた。悪霊たちが周りをとびまわっておどかしたが、スパイリアは歩き続けた。

 何日間も歩き続け、ようやく氷の野についた。休む間もなく目の前に、人影が現れた。

 あろうことか、それはスパイリアの姿をしていたが、実は姿を変えた悪魔だった。

 スパイリアの姿をした悪魔は闇の火をおこし、スパイリアを焼き殺そうとしたが、アスフォデルの精がくれた三つのトマトを食べていたので闇の火に焼かれることはなかった。

 悪魔は雷雲を起こし、スパイリアに雷を落としたが、シロツメクサの精がくれた花冠をかぶっていたので傷のひとつもつかなかった。

 スパイリアは忘れな草の精から渡された剣を抜き、一突きに悪魔を刺し殺した。

 悪魔が黒煙になって消滅すると同時に、氷の野はとけて荒地になり、耕す道具と大量の豆の種が残された。

 スパイリアは荒地を耕し、豆の種を植えた。すべて植え終わると、豆はぐんぐんのびて実をつけた。スパイリアは豆をすべてつみとり、一箇所に山のようにつみあげた。

 豆はひとりでに燃え始めた。ごうごうと燃え盛る巨大な炎へ、スパイリアは飛び込んだ。

 その光景を、神が見ていた。そして、スパイリアがこのつらく苦しい試練をはじめていたときから、エルムの精の母である柘榴の精と、おばの夾竹桃の精が、泉の精から話を聞いて見守っていた。

 二人の妖精は、神に祈った。

 神もまた、スパイリアの一途さと強い思いに心をうたれた。

 スパイリアは、燃え尽きなかった。彼が気がついたとき、そばにエルムの精がいて微笑んでいた。

 そして、スパイリアが耕して種を植え、豆を育てた見渡す限りの大地に、色とりどりの花々が咲き乱れ、様々な果物の木がどれも大粒の実をつけていた。

 スパイリアはエルムの精と抱き合って喜んだ。

 それからふたりは家を建てた。やがて人々も集まってきて街ができ、スパイリアはその人格でもって人を統べる者になった。

 そこに花はいつの季節も咲き続け、果実はいつの季節も実をつけ続けたという。




《完》

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