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前編

 昔、ある国に美しい若者がいた。だが貧乏でいつもみすぼらしい服を着て、顔も薄汚れていたので誰も彼の美しさに気づかなかった。

 ある日、若者の父親が働きすぎで死んだ。母親はとうにこの世を去っていたので、若者はひとりになった。


 若者は哀しみにくれながらも、これからのことを家の前に座って考えていた。だが、考えても暗く沈んでくるばかりで、思わずため息をついた。

 ところへ、呼びかけた者がいる。


「もし、お若い方。私はもう三日も何も食べていないし、ろくに眠ってもいないのです。どうかせめてパンの一切れでも恵んでください」


 顔を上げてみると、頭から灰色の布をかぶった、髭だらけの老人が立っている。

 若者は老人を家に入れ、ありったけの食べ物をかき集めて老人に与えた。それからその夜は自分の寝床に老人を寝かせ、自分は床の上に寝た。

 翌日になって、礼のあとに老人は言った。


「この羽を持ち道に沿って歩いていきなさい。やがて夾竹桃が見えてくるから、そこに立って夾竹桃の精を呼ぶのだ。南の老人がよろしく言っていたと伝えることも忘れずに」


 若者は渡された一枚の羽を持ち、着の身着のままで歩いていった。

 老人の言った通り、やがて夾竹桃が見えてきた。若者はそこに立ち、呼びかけた。


「夾竹桃の精よ、夾竹桃の精よ、出てきておくれ」


 すると、木の枝をかきわけるようにして夾竹桃の花輪を頭にいただいた妖精が現れた。


「わたしを呼ぶあなたは誰? 何の御用?」

「ぼくの名前はスパイリア。南の老人がよろしくと言っていました」

「では、その羽をわたしの花輪にさしてちょうだいな」


 スパイリアが言うとおりにすると、夾竹桃の精は彼に息を吹きかけた。すると、スパイリアの顔から汚れがとれ、髪の毛も梳かしたてのようにさらさらなびき、服もすっかり変わって貴族のような身なりになった。

 夾竹桃の精は更に木から一枝折ると、


「これを持って道を歩いておいきなさい。柘榴が見えたら前に立ち、その精を呼ぶのです。妹がよろしく言っていたと伝えてちょうだい」


 スパイリアが歩いていくと、柘榴が見えてきた。彼は呼びかけた。


「柘榴の精よ、柘榴の精よ、出てきておくれ」


 花を押し分けるようにして、柘榴の花輪を頭にいただいた妖精が現れた。


「わたしを呼ぶのは誰? 何の御用?」

「ぼくはスパイリア。妹さんがよろしくと言っていました」

「では、その枝をわたしの足元の土にさして」


 言うとおりにすると、柘榴の精はスパイリアに息を吹きかけた。すると、スパイリアの手には一袋の金貨が握られていた。そして妖精が柘榴の枝を揺すると、一頭の馬が現れた。


「これをひいて、歩いておいき。エルムの木が見えてきたら、その精をお呼び。母がよろしく言っていたと伝えておくれ」


 スパイリアが歩いていくと、エルムの木が見えてきた。彼は呼びかけた。


「エルムの精よ、エルムの精よ、出てきておくれ」


 すぐに妖精は現れた。夾竹桃と柘榴の精も美しかったが、エルムの精はもっと美しく、スパイリアの目をひいた。


「わたしを呼ぶ、美しいあなたは誰? 何の御用なのかしら?」

「ぼくはスパイリア。お母さんがよろしくと言っていました」

「ああ、でもわたしにはあなたに与えられるものがないわ!」


 エルムの精は哀しそうに空を見上げ、スパイリアを見た。


「わたしを一緒に馬に乗せて連れていってください。きっとお役に立ちます」


 そこでスパイリアはエルムの精とともに馬の背に乗って道なりに行くと、ある街にたどり着いた。

 スパイリアは、宿屋に寝場所を求めた。スパイリアは妖精たちのおかげで服装も立派で、もともと顔立ちもよかったので、身分の高い者に見られた。それで、宿屋の主人に最高のもてなしを受けることができた。


「ところでお客様」


 宿屋の主人が言った。


「この街にきたからには、王宮にあいさつに行かなければなりません」

「それなら翌日にでも、伺うとしよう」


 翌日になってスパイリアが出かけようとすると、エルムの精が言った。


「王宮に行って王様に会ったら、お城でなにか困ったことがあるかどうかおたずねなさい。『おまえにどうしてそんなことがわかるか』と聞かれたら、お城の困りごとは台所と庭の大切な木と若い王女様のことだと、おこたえなさい」


 スパイリアは王宮に行って王に会うと、折を見て口を開いた。


「ところで王様、お城でなにか困ったことがおありなのでは?」

「おまえなどになぜわかるか」

「お困りなのは、台所とお庭の大切な木と、それに若い王女様のことでしょう」


 王は驚いた。


「若者、それを誰にも言ってはならない。それに、口に出したからには若者、おまえ自身が城の困りごとを解決しなければならない。もしできなければ、即座に首をはねるからそう思え」


 スパイリアはすっかり肩を落として宿に戻ってきた。


「エルムの精よ、ぼくは首をはねられる運命になってしまった」

「ご心配ありません。まず台所ですが、料理人が料理を作るはしからたくさんのネズミが食べつくしてしまうのです。そしてお庭の木ですが、その木は王様のお父上が小さいころからおいしい木の実をつけていたのにここ数年病気で枯れかかっています。最後に王女様ですが、うまれたときからお背中に大きなあざがあるのです。それをずっとお悩みになっています」


 エルムの精は言ってから、その三つを解決する方法を教え、同時に袋を持たせた。

 次の日、スパイリアは王宮の台所に行った。料理人に外に出ているように言ってひとりになると、袋からチーズを一切れ出した。

 たちまち四方からネズミが走ってきて、波を作った。

 スパイリアの置いた一切れのチーズは、動き出すと窓のほうへ移動し始めた。スパイリアが開けた窓からチーズはとびはね、あとをネズミたちが追いかけていく。

 裏庭に出てしまうとチーズは止まり、草にとけこんでしまった。すると、追ってきたネズミは一匹残らず野苺になった。

 スパイリアは庭に行くと、袋から斧を取り出し王の大切な木を切り始めた。

 だが、少しも木は切れなかった。それどころか、一打ちごとに若返り、枝をいっぱいに広げ葉をびっしりと茂らせ、最後には大きな木の実を鈴なりにさせた。

 最後に王女の部屋へ行くと、袋からアーモンドを出して食べさせた。みるみるうちに、王女のあざは消え去った。

 王はすっかり喜んで、スパイリアを王女の婿にすると言った。彼は宿へ戻り、エルムの精に話してきかせた。


「それこそ、わたしがお膳立てをした結果です。スパイリア、王女様とご結婚なさい」


 エルムの精は言ったが、スパイリアはかぶりを振った。


「それはぼくの望まないことなんだ。王様の気を損ねないように、断ってくるよ」

「まあ、なぜですの?」

「ぼくはあなたを愛してしまった」

「ああ! それはいけません!」


 エルムの精は天を仰ぎ、激しく首を横に振った。

 そしてそばにあった短剣を取り、


「わたしがあなたの妨げになるのなら、お別れです。スパイリア、王女様とご結婚なさって!」


 と言うと、短剣を胸に突き刺してしまった。

 スパイリアはエルムの精を抱き止めようとしたが、血を流す間もなく彼女は消えた。

 スパイリアは哀しみのため泣き叫び、目を固くつむり、両手で顔を覆った。

 宿から離れてとぼとぼと歩いていると、物売りの老婆に会った。


「ああ、おばあさん、あなたはぼくより物を知っている。教えてください、愛する人は死んでしまった!」


 老婆はこたえた。


「お前さんはまだ若い。それに美しい。過去の者は忘れて、いま一緒になってくれる者とともに生きなさい」


 スパイリアは重い足を王宮に向けた。

 そして彼は王女と結婚し、一年がすぎた。しかし彼はまだ、エルムの精を忘れられなかった。

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