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A君

作者: マイマイ
掲載日:2011/11/28

夕方のカフェはざわざわと落ち着かない。



仕事帰りの仲良しグループ、ひとりで本を読むサラリーマン、


飲み物を片手に人待ち顔で入口をみつめる若い女の子。




私は目の前でさっきからしゃべり続けているトモちゃんの話をうわのそらで聞きながら、ぼんやりとカフェの中の人々を眺めていた。




「ねえ、ユカちゃん、きいてる?」




トモちゃんが眉根をよせて、ちょっと怒った表情で顔を近づけてくる。



私はため息をつきながら、トモちゃんの頬をつねる。




「はいはい、聞いてます。


でもねえ、新婚さんのノロケを何時間も聞かされるこっちの身にもなってくれない?」




トモちゃんは頬を赤く染めて、うふふと笑う。




「だって聞いてほしいんだもん。それでね、そのとき彼、何て言ったと思う?」




だめだこりゃ。



私は堅い椅子に背中をあずけて、絶え間なく動き続けるトモちゃんのふっくらとした唇をみつめた。



グロスを塗られててらてらと輝くそれは、まるでなにか違う生き物のようにも見える。





私とトモちゃんは高校時代の同級生で、いつも一緒に行動していた。



クラスは3年間同じで、アルバイト先も同じ。買い物も、遊びに行くのも、それからデートだって何度もお互いのパートナーを連れて一緒に出かけたことがある。




私はどちらかといえばひとりで行動するほうが好きだった。



でもいつの間にかトモちゃんが隣にいて、どこに行ってもなぜか一緒にいて、



気がつくと私たちは周りから親友同士だと見られるようになった。




私はべつにトモちゃんが嫌いなわけではないけれど、あまり構われるのが好きなほうではない。



だから社会人になって、トモちゃんと別々の職場で働くことになった時、


正直ちょっとホッとしたような気持ちになった。



それでも1カ月に1回程度は、こうしてお誘いの連絡がある。






「ユカちゃんは覚えてる?ねえっ?」




トモちゃんはまた頬をふくらませて顔を近づけてくる。



またどうせ聞いてなかったんだ、と私の鼻をつまんで怒る。



私は笑ってトモちゃんの鼻をつまみかえす。




「ごめんごめん、ちょっと仕事で疲れててね。で、なんだっけ?」





トモちゃんは手を離してにっこりとほほ笑み、言った。




「A君のこと、覚えてる?」





A君か・・・私は頭の中のアルバムをペラペラとめくり、その顔を思い出す。


ぽっちゃりとした色白の男の子。いつも眼鏡をかけていて、おとなしい子だったような気がする。


勉強がよく出来たとか、スポーツが得意だとか、そういう印象はまるでない。


ただ地味で、いつもにこにこと笑っていたような、そんなことくらいしか覚えていない。



トモちゃんにそういうと、そうね、と笑いながら続けた。




「A君ね、とってもいい子だったのよ」




私にはトモちゃんとA君が仲が良かったといいう記憶がないので、少し驚いた。




「あれ、トモちゃんてA君と仲良かったっけ?」




トモちゃんは柔らかい栗色の髪を揺らして、ふるふると首を振る。




「ううん、仲がいいっていうんじゃないのよ。ただA君はとってもいい子だったの」




二重まぶたのぱっちりとした大きな目を優しげに細めて微笑む。


なんだろう。なんの話だろう。




得体のしれないちいさな不安が胸をよぎる。





「A君はね、私と同じ中学校でね、中学校のころから好きだったんだって」


私のことが、とトモちゃんはいたずらっぽく笑う。



なんだ、今度は過去のノロケ話か。


たしかにトモちゃんはよくモテた。明るくて、スタイルもよくて、かわいらしいトモちゃん。


放課後に校舎裏やアルバイト先で告白されている場面に何度か出くわしたこともある。


懐かしい。自分の高校時代の甘酸っぱい思い出も同時に蘇ってくる。



トモちゃんは続ける。




「A君はね、よく私のことを助けてくれたんだよ。たとえば、宿題を忘れたときとか」



宿題を忘れたときは、ノートを写させてくれたり。


落としたコンタクトレンズを何時間も探してくれたり。




なるほど。たしかに好きな女の子のためなら、そういうのも楽しいかも。


私はほほえましい気持ちで、トモちゃんの愛らしい声に耳を傾ける。




「それからね、あのネコのときも」




ネコ?ネコってなんだろう。



「ほら、自転車置き場のところでね、


自転車のまわりによくオシッコされたりして困ってたじゃない?」




よく覚えていない。でもそんなこともあったかもしれない。




「いつもね、同じネコだったのよ。私、見てたんだから間違いないわ。


だからね、A君にお願いしたのよ。そうしたら、ちゃんと埋めてくれたの」



あの体育倉庫の裏側の茂みに。




一瞬、呼吸が止まる。ネコ?埋めた?



<改ページ>


トモちゃんの表情は変わらない。





「それから、さえちゃんのこと、覚えてる?ほら、隣のクラスで、とっても美人だった」



さえちゃんのことはもちろん覚えている。



同じクラスになったことはないけれど、成績はいつだって学年上位で、走るのも速かった。


明るく活発な性格だったからか、学校中の男子からも女子からも人気があった。



でも、さえちゃんは2年生になってから、クラスでいじめにあっていたらしい。



とても陰湿ないじめで、それが3年生になってすぐ不幸な事件につながり、学校を辞めたときいている。



トモちゃんは続ける。



「だって、許せないと思わない?私よりずっと美人で、頭もいいなんて、おかしいよね。


だから私、A君にお願いしたの」



さえちゃんがいると私、困っちゃうの。だから、お願い。さえちゃんを学校から消してほしいの。





「ちょ、ちょっとまって」



思わず立ち上がる。テーブルの上で冷めきったカフェオレがこぼれる。



トモちゃんは止まらない。とても楽しい話でもしているように。


あそこのチョコレートケーキおいしいのよ。今度食べにいかない?そんな調子で。




「A君はね、とってもいい子なの。


だから2年生になって、友達を通じてさえちゃんのクラスでたくさん悪い噂を流してくれたわ。


それから、上手に不良グループの女の子たちを使って、さえちゃんの居場所をなくして」



3年生の始業式の日、みんなをとっても上手にのせて、さえちゃんをぼろぼろにしてくれたわ。


最後には何人もの男子が彼女の上にまたがって、楽しんだそうよ。


だって仕方がないわよね。





私より美人だなんて、困っちゃうもの。







「な・・・なに?トモちゃん、それ、いまの嘘よね?冗談よね?」


手のひらに厭な汗がにじむ。心臓が早鐘のように脈をうつ。



トモちゃんは、私をたしなめるように言った。立ち上がったりしちゃだめよ、みんな見てるわ。


「ユカちゃんに嘘なんてつかないよ。だってお友達でしょう?」


オトモダチ。今はなにかそれが忌まわしい単語のように聞こえる。オトモダチ。


こわい。


足が、手が、ガタガタと音をたてて震えだす。



トモちゃんはまたにっこりと微笑む。



「ねえ、でもほんと、今日はユカちゃんに会えて、あいかわらずで安心したわ。


だって、ユカちゃんは私と同じくらい可愛らしいもの。


私より幸せになったら、困っちゃう。だってそんなの、おかしいでしょ?」


高校の時から、ユカちゃんは本当に可愛らしかったから、私ずっとそばにいたのよ。


私より先に、幸せにはならないように。




全身に鳥肌が立つ。体の震えが止まらない。



おかしいのは、私なのか。トモちゃんなのか。A君なのか。わからない。なにも考えられない。



私はコートとバッグをつかんで、


トモちゃんを残したまま、もつれる足を無理やり動かして逃げるようにカフェを出た。




カフェを走り出てすぐ、前から来た人に思い切りぶつかった。


バッグが手から滑り落ちる。


顔を上げると、


目の前に高校時代とほとんど変わらない姿のA君がいた。




こわい。こわいこわい。


逃げたいのに身体が動かない。全身から血の気が引いていく。



A君はやっぱりにこにこと笑っていて、



立ち尽くす私の腕をつかみ、表通りからすこし離れた薄暗い路地裏へ私を引きずって行った。


近くで工事でもやっているのか、砂利や資材が積まれている。



私は突き飛ばされ、思い切り顔を殴られた。目の前が一瞬暗くなる。声も出ない。



そこでA君の携帯電話が鳴った。




「うん・・・うん・・・そうだね・・・わかった・・・」




ぼそぼそと話すA君の携帯電話から、トモちゃんの大きな声が漏れ聞こえる。




『お願いね。ユカちゃんはかわいらしいから、私より素敵な彼をみつけちゃうかもしれないの。


そんなの困っちゃうわ。だからあのかわいいお顔をどうにかしてほしいの』




通話を終えると、A君は笑顔のまま、倒れた私に向かってまた腕を振り上げる。


そこにはギラリと光るナイフが握られていた。



殺される。初めて感じる死の恐怖。助けて。お願い、助けて。私が何をしたっていうの。





私は最後の力を振り絞って立ち上がり、



そばにあったレンガのようなものをつかんでA君の顔をめがけて投げつけた。



A君は顔を押えてうめきながらしゃがみこむ。





私は無我夢中でその場から走り、人が多い表通りに出た。ゼエゼエと息が切れる。


街灯が照らし出す、行き交う人々の顔。


その中にきょろきょろと誰かを探している様子のトモちゃんがいた。




すそにファーがついた真っ白なコートがよく似合う。どこからみても可愛らしい天使。



私は思わず店の陰に隠れて、トモちゃんの視線をやり過ごす。


トモちゃんはしばらくあたりを見回した後、時計を見ながら携帯電話を取り出した。



「ねえ、ユカちゃんはどうなったの?・・・そう。しかたないわねえ。


今度はユカちゃんのアパートを教えるから、そっちに行ってみてね。・・・うん、お願い」



背筋が凍りつく。理由なんてきっと無いのだろう。


トモちゃんはいつだっていちばん美しく輝いていたいのだ。


だから自分以外にきらきらと輝いているものは邪魔で、ただそれを消したいだけなのだ。



どうしよう。どうすればいい?


<改ページ>

このままアパートに帰っても、おそらくA君が待ち伏せしているのだろう。帰れない。


警察に?あの天使のようなトモちゃんがそんなことをしたって、誰が信じてくれる?



どうしよう。どうしよう。いつまでもこんなところに隠れてはいられない。



トモちゃんはまだ携帯電話で話し続けている。



「うん、そうなの。今日は彼がお部屋で待っていて、あ、そろそろ帰らなきゃ。


彼が心配して怒っちゃうかもしれない。


うん、彼にしかられたら私、困っちゃうの。だからおうちに帰るわ」


うふふ、と笑って通話を終えたトモちゃんは足早に歩き始めた。


やっぱり、その姿はいつものトモちゃんで。


優しくて、可愛らしい、ちょっと甘えん坊のトモちゃんで。



私はトモちゃんの後を追いかけた。トモちゃんのアパートはこの近くだったはずだ。


きっとさっきのことは何かの間違いで、


いやね、ユカちゃん、冗談よ、と笑ってくれるかもしれない。


ちょっとおどかすつもりだったの、A君が勝手にやりすぎたのね、なんて。



逃げていても仕方がない。トモちゃんと話をして、A君のことを説得してもらおう。


A君はトモちゃんのいうことならなんでも聞いてくれるはずだから。



まだ足が震えて思うように動かない。


きらきらとイルミネーションが輝き始めた街を、トモちゃんはどんどんと先へ歩いていく。


私はまだ動悸がおさまらない胸を押さえながら、トモちゃんのアパートへ向かった。




どうにかトモちゃんのアパートに着いた。あたりはすっかり暗くなっている。


2階のトモちゃんの部屋を見上げると、もう帰宅しているようだ。


窓から漏れるオレンジ色のやわらかな光。



私が2階への階段を上ろうとすると、突然ものすごい叫び声が聞こえた。




女の人の声。・・・トモちゃん?





私はトモちゃんの部屋まで駆け上がる。胸が苦しい。なに?何が起きてるの?


トモちゃんの部屋のドアは開いていた。




ドアの中をのぞく。トモちゃんの真っ白なコートの後ろ姿が見える。


異臭が鼻を突く。鉄のにおい・・・血のにおい・・・?





物音をたてないように、そっと部屋の中に入ると、そこには。






血の海の中で倒れたトモちゃんの彼と、真っ赤に染まったA君が立っていた。





トモちゃんは、どうして、どうして、と泣きじゃくっている。



A君は、全身に飛び散った返り血をぬぐおうともせず、やっぱり笑顔のまま、ぼそぼそと言う。





どうして泣くの。


トモちゃんが言ったんだよ。


彼に叱られると困っちゃうって。こうしておけば、もう叱られなくていいもんね。


また、いつもの工事現場のところへ埋めておくからね。






トモちゃんは床に顔を突っ伏して泣き続けている。





A君はゆっくりと私のほうを見た。


そして、満面の笑顔のまま、血まみれのナイフを振り上げた。



(おわり)

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