まじかる☆れしぴ
「やっばぁぁ、遅刻しちゃうぅーーッ!!」
家の戸を蹴り倒して飛び出したのは調理師専門学校に通う十九歳の『神埼 舞』
大きなポニーテールを靡かせながら全力で走る姿は陸上選手にも引けを取らない。
両親が共に経営している和食店の跡を引き継ぐ為と趣味の料理が相成ってこの道を選んだ。
家から学校までは近い距離で本来ならば遅刻は皆無に等しいはずなのだが、近いという事で少々甘んじている模様。その結果がここで露呈されてしまっている。
先日までは自転車という機動力があったが、車庫を覗けばくちゃくちゃになった無残な姿。
どうやら今朝同様で遅刻ギリギリで突っ走ってしまった為に車と接触してしまい、このような結果に陥ったと思われる。本人が至って元気なのは途中で回避した事が要因であろう。
直角に曲がる交差点を身体で覚えた『アウト・イン・アウト走行』でクリアしていく。
その姿を見た近所の人も挨拶をする暇など与えられなかった。
この町のほぼ中心部にある『いかりや公園』。
名付け親である県のセンスが問われる所だが、地域住民は受け入れている模様。
その公園にあるブランコの直ぐ横で、何か黒い物体が有効視野に入ってきた。
だがこちらは急ぐ身分。速度の乗った脚を止めるのは飛脚の名に相応しくない。
チラリと一瞥するも、視野を再び走行車線に戻して更に加速しようとギヤを入れたその時。
「ちょっと待ったぁぁーーッ!!」
右足で地面に踏ん張り、急制動をすると勢いの付いた身体は暫く横滑りをしてようやく停止する。車は急には止まれないの定義がそのまま活用出来る体たらくだ。
彼女の視線はずっと黒い物体を見据えたまま。
急いでいるにも関わらず何故止まったのか。それは見ていた物体がもぞもぞと動き出し、人の腕と思われる影が空を掴むように高く揚げられた為だ。
目を丸くして驚いてる舞がつい零した一言。
「アレってゴミじゃなくて……人ぉ!?」
慌てて駆け寄った舞は再び驚愕に目を見開く事となる。
確かに人が倒れているのだが、見た事もない異形な姿なのだ。
黒を基調とした薄手の生地はワンピースと言えば良いのだろうか。
だがこんな斬新な服はどの雑誌でも見た事がない。被っている帽子でさえもだ。
それよりも眠っている彼女の尖った耳、上唇からニョッキリと覗かせている八重歯よりも長い歯。更には意味不明な竹の箒。
顎に手を添えて考える。
この姿は何処かで見た事があるような気もするが、どうも思い出せない。
答えが見出せないまま唸る舞の耳に届いた小さな声にハッと意識が呼び戻される。
「お……お腹が……しゅいたよぅ……」
「……なんですと?」
ポツリと喋って再び気を失った彼女の目はくるくると円を描いている。
遠くの方から学校の呼び鈴が鳴ったと同時に悟った諦めの言葉。
学校はもう間に合わない。それ以前に目の前の人物をこのまま置いて行けるはずもない。
乾いた声で小さく笑いながら彼女を背負ってとぼとぼと家へと戻って行った。
「何てモノを拾ったのかしら……まぁーーったく!!」
舞の咆哮が虚しく空に響くも、返って来るのは背中に背負った人物のお腹の音であった。
「ただいま……あっ!!」
学校が終わって家に帰ると、開けるのは家の戸ではなくお店の戸。
帰宅後はそのまま店の手伝いをする為に、何時もの習慣のまま帰ってきてしまったのだ。
無論、現時刻の両親はお店の準備で大忙しだ。黙って部屋に連れて行こうと思っていたのだが、あっさりとバレてしまった。
「舞、オメェ誰を担いでいるんだ?」
「え……いや、ハハハ……あの……行き倒れ」
こうなっては言い訳も皆無。開き直った彼女は家を出てから全ての事を告白した。
腕を組んで考える父親。そして何でも受け入れる心の広い母親。
料理上手だが猪突猛進な舞。そして隣でお腹から盛大な悲鳴を上げている謎の女の子。
何とも言えない雰囲気に終止符を打ったのは母親である美咲さんだ。
調理場に行き、大きな鍋に火を着けてテキパキと料理を始めた。
十分後、母が持ってきたのは当店の人気メニュー『鳥の唐揚げ&野菜炒めエビフライ大盛り定食』。このボリュームで九百八十円は安いと近所では評判の定食だ。
「お……お母さん!?」
「此処に来たのはお腹が空いているからでしょ?だったら食べて貰わなきゃね!」
母の包容力に感謝の一言。父は鼻を鳴らしているが同意であると解釈出来る。
テーブルに上半身を任せている彼女揺さぶると、ようやく目を醒ました。
どぎゅんと目がお星様になり定食と母親を交互に見ている。
ニッコリと微笑んだのを見て食べてもいいと解釈したのだろう。唐揚げを一つ指で摘んでパクリと食べ始めた。そんな彼女を満足気に見ている。
「ウマッ!!」
「慌てなくていいからゆっくり食べなさい」
お箸を使わないのかと疑問を浮かべるも、彼女にはそういった観念は皆無であるかのように全て指で摘んで食べている。舞には大きな疑問が浮かび上がった。
「これは……ガーゴイルの姿焼きに似た味ですねぇ。でもこちらの方が美味しいですぅ♪」
「……なんですと?」
ガーゴイルとは聞いた事がある言葉だ。
彼女から発された言葉から察するに、似た味という事は何かの食材なのだろうか。
自身が知っているガーゴイルとは御伽話に出てくる翼を持ったモンスターだ。
とあるゲームでも登場しているので知らない事はないのだが、現在ある食材でそのような名前は聞いた事がない。
それ以前に着目したのは彼女だ。
改めて見るが、黒い髪は良いとして緑色の眼と尖った耳はあまりにも異端な風格。
その疑問は父親も同意見である。母の美咲さんを残して……
「んん、このソースがとっても美味しいですよぅ」
「普通のとんかつソースだけど……?」
「とん……かつそーす?」
「音程が違うけどね。まぁカツソースと言えばそのままで……ってか知らないの!?」
何処にでも売っている代表的なソースを知らないとは何と言う事であろう。
食べ物を口一杯に頬張り、ハムスターのように膨らませてキョトンとしている。
どうやら本気で知らないようだ。それに先程からぶつぶつと食材名らしきものを言っているが、どれも舞が知った名前ではなく、とんでもない『モノ』を拾ってきてしまったと後悔の念が心底押し寄せてきた。
「ぷふぅ、とっても美味しかったですぅ♪」
ニッコリと満足気な彼女を見て美咲さんも満面の笑みを浮かべる。
だが口から覗くニョッキリと生えている牙に等しい歯を見て舞と父親は硬直してしまった。
次に食べられるのは自分達なのだろうかと乾いた笑い声を発する二人であった。