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ライトオブクラウン

最後の帳簿

作者: SUN3
掲載日:2026/05/10



アルベルト・ラウレンツは、自信があった。


根拠はなかった。


だが、疑ったこともなかった。


自分はどんな難局でも乗り越えられる。失敗することはない。すべては自分の思い通りに進む――そう信じていた。



子供の頃から、なんでも出来ていた。


家庭教師の出す課題は簡単で、考えるより先に答えが浮かぶ。歴史も、経済も、一度読めば理解できた。紙の上の数字はただの記号ではなく、流れとして頭の中に入ってくる。


退屈だった。


護身術だけは少し難しかったが、それも深刻に考えるほどではない。そもそも自分が剣を振るう必要などないのだから。



アルベルトは、国一番の豪商の家に生まれていた。


欲しいものは手に入る。


不快なものは遠ざけられる。


金があれば、大抵の問題は解決できる。


そういう環境で育った。



父はアルベルトに期待していた。


「この子は商人になるために生まれてきた」


そう言われるたび、アルベルトは誇らしかった。


「僕がこの家を継いだら、もっと大きくします。国を跨いで、もっと広げてみせます」


父は満足そうに頷いた。


「楽しみだ」


その未来を、疑ったことはなかった。



だが、一つだけ。


どうしようもない現実があった。


身分。


男爵。


どれだけ金があっても、それは覆らない。


領地もなければ、国を動かす武力もない。傭兵は雇えるが、それは所詮護衛でしかない。国家の力とは別物だった。



だからこそ、婚約した。


宮仕えの子爵家令嬢。


情報を得るための、合理的な選択だった。



「格下の男爵との結婚なんて、本当は嫌なのよ」


初対面でそう言われた。


「でも、お金持ちっていうから我慢してあげる」


アルベルトは微笑んだ。


「光栄です。子爵家のお嬢様」


だが、内心では完全に見下していた。


この縁談の価値を理解していない。


商人との繋がりがどれほどの意味を持つのか、何も分かっていない。



「このジュエリーが欲しいわ。耳飾りも、髪飾りも、全部揃えて」


「特別な日でもないのに高すぎる。冗談だろう?」


「何よ。お金しか価値がないくせに」



アルベルトは笑った。


表面上は穏やかに。



(つまらない女だ)



それ以上の感情はなかった。



やがて学院に入る。


そこで、一人の少女と出会った。



希少な光魔法。


高い魔力量。


だが、それ以上に――



「あなた、笑ってるけど本当は笑ってない。怖い人」



その言葉に、アルベルトは初めて引っかかった。


商売でも、損得でもない。


純粋な興味。



「初対面でそれを言うのか」


少し考えてから、笑う。


「面白いね、君は」



それから、少しずつ変わっていった。



「商人は利益で動く」


「私は利益にならないわ。でも、愛してる」


「話にならない」


「なら、どうして会いにくるの?」



答えが出ない。



時間は有限だと知っている。


無駄にしていいものではない。


それでも。



「……わからない」



気付けば、会いに行っていた。



「分単位でお金がかかる人と話せて幸せ」


「君だけ、無料だ」


「愛してるわ、アルベルト」



その言葉に、違和感はなかった。


むしろ、納得していた。



やがて、父に知られる。


それは突然だった。


呼び出された部屋で、父は感情を交えずに言った。


「別れろ」


短い言葉だったが、そこに迷いはなかった。


「貴族ですらない女にかまけている時間はない」


アルベルトは一瞬だけ沈黙した。


頭の中で、いくつもの計算が走る。


だが、そのどれもが意味を持たなかった。


「……嫌だと言ったら?」


そう聞き返した時点で、答えは分かっていた。


「後継から外す」


淡々とした声だった。


だが、それがどれほど重い意味を持つのか、アルベルトは理解していた。


ラウレンツ家の後継であることは、単なる地位ではない。


それは、この世界で生きるための基盤そのものだった。


財、信用、取引、人脈――すべてがそこに紐づいている。


それを失うということは、何も持たない自分になるということだった。


父はさらに言葉を重ねる。


「つまらない女とはすぐ別れろ。お前なら分かるだろう」


分かっていた。


合理的に考えれば、答えは一つしかない。


だが、その答えを選ぶことができなかった。


少女と過ごした時間は、利益にはならない。


むしろ損失だ。


それでも、切り捨てるという選択が、どうしてもできなかった。


頭では理解しているのに、身体が従わない。


アルベルトはその事実に、初めて戸惑っていた。



少女のもとへ向かう。


いつもと同じ場所。


同じ時間。


それなのに、世界が少しだけ違って見えた。


「後継から外された僕に興味はあるかい?」


自分でも驚くほど静かな声だった。


少女は少しも考えずに答える。


「アルベルトはアルベルトよ」


その言葉には、何の揺らぎもなかった。


「愛してるわ」


その瞬間、逃げ場が完全に消えた。


どちらかを選ぶという選択肢そのものが、崩れ落ちた。


「……僕と死んでくれる?」


問いかけた声は、かすかに震えていた。


だが少女は、嬉しそうに微笑んだ。


「嬉しい」


その一言で、すべてが決まった。



ラウレンツ家の金庫。


分厚い扉の向こうに広がるのは、積み上げられた金貨の山だった。


鈍く光るそれは、これまで積み上げてきたすべての象徴だった。


アルベルトはしばらくそれを見つめていた。


本来なら、これらはすべて自分のものになるはずだった。


時間をかけてさらに増やし、国を跨いで広げていくはずだった。


そういう未来しか想像していなかった。


だが、その未来の中に、少女の姿はなかった。


そして今、少女を選ぶなら、その未来は消える。


逆に、未来を選ぶなら、少女を失う。


どちらも手放せない。


だからこそ、どちらも選ばないという結論に辿り着いていた。


アルベルトは少女に向き直る。


「本当に、一緒に死んでくれるのか」


少女は変わらず穏やかに答えた。


「一緒になりたいの。今世が無理なら、来世で」


アルベルトは、ゆっくりと笑った。


そしてロープを手に取る。


少女の首にかける手は、驚くほど震えていなかった。


自分の首にも同じようにかける。



手を繋ぐ。


温かさが、確かにそこにあった。



足場の上に立つ。


ほんの一瞬だけ、思考がよぎる。


本当にこれでいいのか。


まだ別の選択肢があったのではないか。


だが、その考えはすぐに消えた。


ここまで来て、引き返す理由はもう残っていなかった。



アルベルトは静かに足場を蹴った。



その後、二人が動くことはなかった。



アルベルトの最後の帳簿には、こう書かれていた。



愛は金で買えない。


だから、命で買った。

この短編は、乙女ゲームのバッドエンド絵師、ゲーム世界に転生する 〜バッドエンドしかない世界で、運命を捨てる〜の中に出てくるゲームの内容です。

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