002: 名を得た咎
(第二幕)
―二千二百二十二年前―
サタンと彼の地獄の使徒ザラフェンは、人間界を見下ろしていた。
彼らの死んだような瞳は、本土から遠くない小さな都市に向けられていた。
三人の子供たちが、善と悪の境界線で遊んでいた。
サタンは静かに微笑み、ため息をついた。「面白い駒たちだな」
彼はまた、新たなおもちゃを手に入れたのだ。
――現在――
天への階段は、まるで最初から存在しなかったかのように、地獄の暗紅の空から消え去った。
黒、紅、そして紫の色が再び地獄を支配した。
行き場を失った悪魔は、無数の痛みと絶望、自己嫌悪、そして恐怖を抱え、あてもなく彷徨っていた。
彼の深い傷を癒す者は誰一人いなかった。彼は、己の罪を嘆き続ける地獄の存在たちに出会った。
血と溶岩の中を、悪魔は歩き続けた。
疲労などという些細な痛みは、彼には無意味だった。
血と溶岩の中を、悪魔は歩き続けた。
疲労などという些細な痛みは、彼には無意味だった。
キャンドルキンは、迷える魂を導くことで知られているが、その光には代償がある。
――記憶。
光の代価として、彼らは迷える者の記憶を求めるのだ。
もはや希望もない彼は、その取引に同意した。
キャンドルキンは、悪魔自身さえ知らぬ最も深く、最も強く結びついた記憶を奪おうとした。
だが、強烈な拒絶の力によって吹き飛ばされ、失敗に終わった。その拒絶は、言葉にできぬ「何か」の存在を匂わせた。
「なんと恐ろしい、悪魔の子……。地獄が彼から守られんことを……」
キャンドルキンはそう叫んだ。
恐怖に震えたキャンドルキンは、悪魔に進むべき道を示し、何も取引せずに姿を消した。
悪魔は旅を続けた。もはや迷える魂ではなく、旅人として。灼熱の風に吹かれながら、彼は歩き続けた。
内なる思考は沈黙し、心は歪み、虚ろだった。
善でも悪でもなく、中立ですらない存在。
やがて彼は、ある洞窟の入口にたどり着いた。
そこでは地獄の猟犬たちが、一つの魂を喰らおうとしていた。
その魂は蒼白で、まるで運命を受け入れたかのように、抵抗の意思をまったく示さなかった。
悪魔が介入した。
彼の力に恐れをなした地獄の猟犬たちは、すぐさま逃げ去った。
「……ありがとう」と、蒼白な魂が呟いた。
悪魔は静かにうなずいた。
感謝の印として、魂は彼に自分の隠れ家で休むよう勧めた。
悪魔はそれを受け入れた。
二人は魂の住処にたどり着いた。
特別な場所ではなく、ただの隠れ家のようだった。
時が静かに流れていった。
部屋には、不自然なほどの静けさが漂っていた。
「お前……抵抗すらしなかったな」
「なぜだ?」
悪魔が沈黙を破った。
魂は、無関心な顔を見せた。
悪魔はその夜をその隠れ家で過ごした。
真夜中、魂は泣き声と叫び声に目を覚ました。
それは、夢の中で泣き叫ぶ悪魔の声だった。
魂は静かに彼をなだめた。
その不思議な温もりに気づいた悪魔は、目を覚ました。
それが夢――いや、悪夢だったと気づくと、
激しかった呼吸がゆっくりと落ち着いていった。
隣には、魂が静かに座っていた。
「……毎晩こうなのか?」と、心配そうに魂が尋ねた。
「……さあな。自分でも気づかなかった」
と悪魔は答えた。
「起こして悪かったな。もう休んでくれ」
「大丈夫だ」と魂が静かに答えた。
人間界の月とは異なり、
魔界の月は暗く、血のように赤かった。
地獄にいる誰もがその月を見上げようとはしなかった。
だが、悪魔だけは違った。彼自身も理由は分からなかったが、
その月には不思議なほどの感情が宿っていた。
「……そんな気にならなかった」
血の月の下、魂が思いがけず呟いた。
「……あの猟犬たちを追い払う気も起きなかったんだ」
「俺は……忘れられし者だ。忘れられた魂ってやつさ。
みんな、俺を見たら逃げていく。お前も、逃げた方がいいかもしれない」
「忘れられし者」とは、地獄の幕をすり抜けてきた魂。
罪もなく、記憶もなく、生きたはずのない命。
ルールではこう言われている:
“忘れられし者に名を与えてはならない。”
“彼らの物語を聞いてはならない。”
悪魔はその掟を知っていた。
だが、どこかで、この魂は他の忘れられし者とは違うと感じていた。悪魔は黙って、その魂の語る最後まで耳を傾けた。
それは過去の話ではなかった。
ただ、地獄からすら消されても構わないという無関心の声だった。
魂は落ち着いて、悪魔の悪夢について尋ねた。
長い沈黙のあと、悪魔は口を開いた。
「……耐えられないものだ」
「だが、目覚めた時、今の現実の方がもっと酷いと感じる」
その言葉に、魂はふと息を呑んだ。
悪魔と同じように、魂もまた、こんな存在には出会ったことがなかった。
「お前は、俺が何者か分かってないのか?……怖くないのか?」
と、優しさを見せた魂が尋ねた。
「わからない。……それに、たとえ正気を失ったとしても、気にするかどうかも自分でも分からない。もう呪われているからな、友よ。」
その言葉を吐きながら、感情のない悪魔は、黄昏の血雲が漂う冥界の空を静かに見つめていた。
「名前、覚えてるのか?」と魂は尋ねた。
「……いや。」悪魔は深淵の月を見つめたまま、そう答えた。
「――キボツネ。今この瞬間から。」
忘れられた魂が、そっと告げた。
忘れられた魂は、悪魔に「名前」を贈った。
――第ニ幕・終――
著:璃翔Less