001: 地獄の門
地獄に差す月光の下で、一つの魂が救済を信じ、崩れ落ちる運命を歩み始めた。
これは、裏切りと喪失、そして決して果たされぬ約束に縛られた者の記録。
神にも見放され、魔にさえ弄ばれた彼の名は……
――いずれ、貴方の記憶にも沈むだろう。
【タイトル】
淵月の下の約束
(ふちづきのしたのやくそく)
昔むかし、天に還れると約束された悪魔がいた。
天使たちに追いつけないと心の奥で知りながらも、彼は再生を信じて生きていた。
神に自らの善性を偽って示し、天を目指す他の悪魔たちの中で、彼には一人の泣き虫の友がいた。
その友はいつも「人間の世界に戻りたい」と泣いていた。
彼は友の話を毎夜静かに聞き、寄り添い続けた。
「泣かないで」
「俺がいるんだ。もう大丈夫だよ」
二人は神に許される日を信じて、ともに歩んだ。
友の方が才に優れ、彼に多くを教えてくれた。
だがその友は、「人間界への門を開ける」とされる禁忌の大鎌を持っていた。
彼は何度もその使用を止めた。
ある夜、彼にこう言った――
「当然、わかってるさ。その代償も……それでも、君をひとりにはしない」
しかし、その約束は果たされることはなかった。
友は禁忌を破り、門を開こうとした瞬間――
地獄の使徒ザラフェンに斬り伏せられた。
「……ごめん」
友はそう言い残し、彼は絶叫しながら涙を流した。
ザラフェンは冷たく吐き捨てる。
「まだ人間に執着するか……それがお前を何に変えたのかも忘れて。哀れな結末だ、まったく」
神は見ていたが、地獄の事には干渉できなかった。
彼は一人残され、ただ静寂の中に閉ざされた。
希望は失せ、悪魔は夢だけを抱いて月を見上げる。
天界へと続く階段だけが、地獄から唯一見える神の光。
彼は、過去に囚われず、友が犯した過ちを繰り返さないと決めていた。
しかし、それでも運命は最初から歪んでいた。
まるで、魔王サタンそのものが彼に興味を持ったかのように。
計画は全て狂い、決断は誤り、約束は果たされることがなかった。
けれど彼には、それを登る許可が与えられなかった。
他の者は昇っていくのに、自分にはその資格すらない。
心は少しずつ壊れていく。
笑えなくなった。
誰にも届かない声で、ただ内に泣いた。
その隙を、堕天の者たちが嗅ぎ取った。
「共に来い」
「お前の居場所は、ここにある」
「さあ……堕ちて来い」
かつての純粋さは失われ、残ったのは歪んだ意志と燃え尽きぬ哀しみだけ。
そして、彼は自らという存在を失った。
深紅の月が、それを見ていた。
彼の痛み、絶望、傷跡、そして悔恨を。
神の約束は消えた。
天への道はもはや、どこにもなかった。
あの澄んだ瞳は、今や闇よりもなお深い。
悪魔はひとり、名もなき奈落を彷徨い続ける。
第一幕・終
―璃翔Less
最後まで読んでくださってありがとうございます。
第1幕はまだ始まりに過ぎません。
この物語に込めた感情や過去の影が、少しでも伝われば嬉しいです。
次の幕も、どうか見届けてください。