4話
遅れながら高校に到着したときにはすでに昼休みだった。
教室に入るとクラスメイトたちはいつもの定位置で弁当や菓子パンを食べている。
「おはよう」と教室に入ってきた呑気なオレに対して、クラスの連中の反応は冷ややかだ。
真面目に毎日登校している彼らがシラケる気持ちも分からないでもない。
うちの高校は県内でもそこそこの進学校であり人気も高い。厳しい受験を勝ち抜いて入学してきた彼らは、この高校の生徒であることに少なからず誇り持っている。
オレだってこの学校が好きだ。家から近くて海も近いし、校則もけっこう緩い。
まあ、なんだ。仮にオレが真面目に登校していたとして、毎日のように遅刻してくる不真面目なヤツがいれば「おい、やる気がないなら辞めろよ」と面と向かって言っていただろう。
そう口にしないだけ彼らはオレより大人なのだ。
「ハル、今日はいつもよりさらに重役出勤だな。また朝から海に入ってたのかよ?」
そんなクラスでもオレに声をかける酔狂なヤツはいる。
この日焼けしたボーズ頭の男は小島渚、同級生でありサーフィンの師匠でもある。
「まあな」と答えたオレは自分の席に着いた。
「お前が遅刻する度に綾乃から『渚くんがサーフィン教えたせいだ』って責められるんだが……。少しは自重しろよ、授業サボってまで海に行かなくても卒業したらいくらでもできるんだからよ」
オレも日焼けしているが、渚は年間を通して焼けている。彼の父親はプロサーファーで物心つく前から波に乗っていたそうだ。
夏でも冬でも日本でも海外でも年間を通してサーフィンに連れて行かれるらしい。
「オレの全盛期は今なんだよ」
バスケ漫画の主人公をパクったセリフを聞いた渚は呆れ顔で「あっそ」と返してきた。
「ていうか『卒業したらいくらでもできるんだから』ってなんだよ……、お前の中じゃオレは卒業したらニート確定かよ」
「ああ、確定だ」
「そうか、確定か……。うるせーな余計なお世話だ」
「んなことより昨日送ったメールの件なんだけど、どう思う?」
「あー? 綾乃を夏祭りに誘うだかなんか――」
「だぁー! 声がデカイ!!」
「わりぃ、悪かったよ」と声を抑え、「好きにすればいいんじゃないのか? あいつもフリーみたいだし。そもそも夏祭りに誘うのになんでオレに相談するんだ?」とオレは渚に問う。
「だってよお前ら仲良いし……、幼馴染で家族ぐるみの付き合いなんだろ? 耳に入れといたほうがいいかなって」
たぶん渚はオレを通じて綾乃の予定を聞き出そうとしているのだ。だけど残念ながらオレは何も知らないから教えてやれることはない。
「家が近所なだけでマンガ的ステレオ的幼馴染とは違う気がするけどな。別に特別仲良くもないし、それにお前がデートに誘ったところで断られるかもしれんし」
「や、やっぱり振られるかな?」
弱気な渚に対してオレが肩をすくめた、そのときだった。
「あーっ!」とバカでかい女子の声に渚の肩が跳ね上がる。
オレたちの席にやってきてポニーテールの少女が「ハル、あんたいい加減にしないと単位足りなくなるよ!」と声を上げた。
彼女が件の綾乃だ。 フルネームは一色綾乃、いわゆる幼馴染であり渚の想い人である。
やはり幼馴染という単語には甘酸っぱい成分が多く含まれているため、誤解されないように腐れ縁と言い換えることにしよう。
「単位? まだ大丈夫だろ? 知らんけど」
「知らんけどじゃないよ! 現国はあと五回、英語は四回落とすと留年になるんだよ!」
「おお……、留年カウンターをやっていてくれたとは。助かりますよー、綾乃様」
オレは彼女に向かって手を合わせた。
「ふざけないで、怒るよ。もしあんたが留年にでもなったら……、あたし、あたし……」
綾乃が言葉を詰まらせる。
「綾乃?」
「申し訳なくてハルの家に夕飯食べ行けなくなっちゃうじゃない!」
ちなみにオレの家はイタリアンレストランを経営している。一色家は家族で毎週食べに来てくれるのだ。たまに綾乃が一人で来店することもある。
「……それだけ? 気にしないで食べ来ればいいじゃん」
「嫌よ、気まずい空気の中で食事したくないもん。美味しいものは美味しく食べたい!」
「そりゃ間違いないな」と両手を軽く上げてまいったのポーズを取ったオレは「悪かった、あと四回ね、気を付けます。でも今日遅刻したのには正当な理由があるんだ」と謝罪ついでに弁明を試みる。
「正当な理由? なんだよ?」渚が訊ねた。
「人命救助だ」とドヤ顔でオレは答える。
「嘘だな」
「嘘ね」
二人は詳細も聞かずにオレの弁明をぶった斬ったところで、昼休の終わりを告げるチャイムが教室に鳴り響いた。
サーフィンと高校と限られた友人、これが今のオレを取り巻く青春のほとんどだ。
都会とは呼べず、微妙に田舎でもない中途半端は地方都市で生まれ、良くも悪くも中途半端な家庭で育ち、中途半端な成績で将来やりたいことも見つからない。
もしも俺に配役が与えられるとするなら生徒Bあたりだろうか。 そう自覚するからこそ、これでも足掻いている――、つもりなのだ。