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2話

 浜辺にたどり着いたオレは少女を抱きかかえて走り出す。驚いたことに少女の体は想像以上に軽い。というよりほとんど重さを感じない。 

 これが火事場の馬鹿力ってやつなのか? いや、それにしても軽すぎる。同じ体積の綿毛を運んでいるみたいだ。 

 少女をお姫様抱っこしたまま134号線を突っ切って横断、その先にあるサーフショップに駆け込んだ。


「おう、ハルか。さっきの津波警報は誤報だってよ――……ってその女の子はどうしたんだよ?」


「わかんない、海を漂っていたんだ! シュウ兄ちゃん、救急車を呼んで!」


「お、おうよ!」


 慌てて店の奥に戻っていった従兄のシュウ兄ちゃんから視線を切ったオレは、少女をウッドデッキに寝かせて「大丈夫ですか! 分かりますか?」と呼びかける。


 少女はオレと同じ十代後半くらいだ。肌に張り付いた薄い衣服が少女の柔らかそうな曲線の露わにする。 

 意図せず着替えを覗いてしまったような背徳感から目を逸らしたそのとき、


「ん……、んん……」


 蕾のような唇から喘ぎ声が漏れた。

 意識が戻り、オレは胸を撫でおろす。


「良かった……。大丈夫ですか? 分かりますか?」


 次第に少女の瞼が開いていき、オレは思わず息を呑んだ。彼女の瞳は十五夜の月のように綺麗な黄金色をしていたのだ。

 その美しさに見惚れているオレを彼女の瞳が捉える。目が合った瞬間、胸が高鳴り、一瞬で意識のすべてが奪われたような気がした。


 そして再び眠るように目を瞑ってしまった。我に返ったオレは慌てて彼女の呼吸を確認する。

 胸はしっかり上下に動いている。口許に頬を近づけると彼女の吐息が感じられる。


 外傷がないかザっと見回すと右足に怪我を負っていた。

 どこかで切ったのだろうか。鋭利な刃物で切られたみたいに脹脛(ふくらはぎ)が、十センチほどざっくり切れて、傷口から流れ出た血がウッドデッキに滴り落ちていく。

 

 救急車が来るまでまだ時間が掛かりそうだ。ならば、こんなときは彼女に指示を仰ぐのが一番だろう。


 ウッドデッキの椅子に掛けておいた制服からスマホを取り出して電話を掛けると、ワンコールで『はい、鎌倉総合病院です』と受付のお姉さんが電話口に出てくれた。


「救命センターの倉橋先生に至急取り次ぎをお願いします!」


『クラハシ先生ですか? どういったご用件でしょうか?』


「倉橋先生の家族でハルって言えば分かります。身内の不幸なんです」


『分かりました、倉橋先生を呼び出しますのでしばらくお待ちください』


 保留音に切り替わり、大きな古時計のメロディーが流れ始める。


『ハル、身内に不幸ってどういうことなの?』


 いくらも経たずにアキ姉が電話口に出てくれた。


「姉ちゃん、大変だ! 海を漂っていた人を救助したんだ! 怪我もしている!」


『意識はある?』


 聡明な我が姉は〝身内の不幸〟が、多忙な自分を呼び出すための方便であるとすぐに察してくれたようだ。


「さっき少しだけ目を開けたけどまたオチちゃった、呼吸はしている!」


『救急車が来るまでABCの観察を怠らないように。受け入れはうちの病院でするから救急隊の人に伝えて』


「わかった!」


 電話を切ったオレは、アキ姉に言われたとおり少女の観察を継続する。

 大丈夫、呼吸は安定しているし、脈もしっかり触れる。


「ふぅ……、後は止血をしておくか」


 清潔なタオルを持ってきてもらおうと顔を上げたとき、遠くからサイレンの音が聞こえてきた。 


 近づいてくるサイレンに安堵したオレは海岸に眼を移す。サーファーたちが海へと戻っていく姿が見える。地震があったのに引き上げる気はないようだ。観光客らしき外国人の姿も見えた。


 これが正常性バイアスってやつなのだろうか。自分は死なない、自分の周囲では何も起こらないと思っている。

 オレも含めて、みんなそう思っている。これが現実なのだ。


 その後、到着した救急隊によって少女はアキ姉が働く病院に搬送されていった。



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