プロローグ
トロッコ問題という思考実験についてご存知だろうか。
『暴走する列車が走る先のレールが二股に別れており、それぞれ作業員がレールの整備を行っています。
右のレールにはひとり、左のレールには五人の作業員がいます。
レールの分岐を操作するポイントにいるあなたの声は彼らに届きません。
このままでは作業員は列車に轢かれます。
分岐を操作するレバーはあなたが握っています。 右にひとり、左に五人、どちらか選ばなければどちらかが死亡します。
彼らの運命はレバーを握るあなたに委ねられています。
さあ、どちらを選びますか?』
細かいところは違うかもしれないが、ざっくり言うとそんな感じの問題だ。
ジレンマを生み出す選択肢によって、つまびらかになるのは回答者の倫理観や人間性である。
多くの者は五人を助けることを選択するのではないだろうか。
仮に右レールのひとりが最愛の人だったら、また選択は変わるのかもしれない。
この答えの出ない問題には、実は解決策があるそうだ。
レバーを左右に倒さず中央にしておけば列車は脱線して止まり、どちらも助かるという裏テクだ。
正直に言えば、思考実験にこんな現実的な解決策を持ち出すのは、身も蓋もなく野暮だと思ってしまう。
しかしながら思考実験ではなく、これが物語ならハッピーエンドで終わることができる。
物語ならハッピーエンドの方がいいに決まっている。
では、さきほどの状況に条件を追加修正して少しアレンジしよう。
問、猛スピードで走る列車の先のレールが二股に別れています。右には作業員がひとり、左には五人、そして列車には百万人が乗っていて、止まった瞬間に仕掛けられた爆弾がセットされていたとしたら、レバーを握るあなたはどうしますか?
ここからはオレの出した答えについて話そう。
その問題に直面したオレはたったひとりの少女を助けるために〝列車を脱線させる〟ことを選択した。
オレは彼女と出会い、彼女を守るために逃げて、戦って、そして結果的に東京をはじめとする首都圏という巨大な列車を脱線させ、自分が生まれ育った湘南の街を破壊した。
自分の選択が正しかったかどうかよりもオレは彼女を助けたかった。
どれだけの犠牲を払ったとしても彼女に生きていてほしかった。
これはオレと災厄を呼ぶ少女との一夏の物語である。
初日は三話まで更新し、以降は週三回の更新を予定してます。