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9話 初心な末っ子

 目的地のルナック大劇場の地下は主に倉庫や出演者の控え場所として使われている。

 そんな観光客が入れない地下なのにも関わらず高級感は地上と変わらない。所々ある装飾も全体に敷かれているカーペットもお高い物だった。


 初めて足を踏み入れる場所の新鮮さを味わいながら俺は、レイ団長に連れられて倉庫へとやってくる。


「一応まだ出品は受け付けているんだけどね。でももうこの時点で第一倉庫と第二倉庫はパンパンさ」

「す、凄い量…」

「ヨザクラくんにはランクが高い商品が保管されている第一、第二倉庫の検品を頼もうかな」


 扉の先にある空間にはこれでもかと言うほど、白い布に覆い被せられた物体が置かれていた。

 でも貴重品なので敷き詰められている感はない。


 しかしここには彫像や絵画などが保管されているため1つ1つの存在感が凄かった。


「検品と言ってもベタベタ触ることはしなくていい。この機械を使って危険物が無いかを確認してもらえれば」

「わかりました」

「それと手袋はこれを使ってくれ。決して壊すことはしないように。まぁ君はヤコウさんのように力加減がわからないわけではなさそうだから大丈夫か」

「あははは…」


 俺はレイ団長から棒状の機械と肌触りの良い手袋を受け取って早速検品を始める。

 とりあえず奥にある絵画から見てみよう。


「流石に今日中に終わらせる必要はないよ。隣の第二倉庫には宝石類や陶芸品が山のように保管されているからね。気長にやってくれ」

「俺の他に検品する人雇わなかったんですか?」

「雇ったさ。彼らは今、第三倉庫と第四倉庫で検品中だ」

「第四倉庫まであるんですか!?」

「人類の理想郷であるルナックの国家主催オークションだよ?それくらい出品されないと寂しいって」

「流石ルナックですね…」


 想像の倍以上ある商品に俺は顔を引き攣らせる。そして再度全体を見渡すように第一倉庫を眺めた。


「第一倉庫を担当するのは俺の他にどれくらい居るんですか?」

「ヨザクラくんだけさ」

「えっ!?」

「だって僕はリメンバーの全員で来てくれると思ってたんだ。でも実際に来たのは君1人。あまりにも優先度を下げられてしまったね」

「事前に言ってくれれば…」

「その文句はヤコウさんに言ってほしいな。どうせ指示を出したのは彼なのだろう?」

「は、はい」

「なら今日はヨザクラくんだけで頑張ってくれ!僕はそろそろ自分の仕事に戻るよ!キリがいいところで帰ってもらって構わないからね!」


 レイ団長は爽やかな笑顔を見せながら強引に会話を終わらせると第一倉庫から去っていく。

 その素早さに俺はポカーンと口を開けて自然と閉じていく扉を見つめているしかなかった。


「流石に応援を視野に入れなければ…」


 たぶんヤコウ店長もここまで商品が多いとは思ってなかったのだろう。それは俺もだ。


 しかし現実は目の前に広がる物に加えて第二倉庫というもう1つの箱が待っている。

 けれどここで無理だと嘆いて引き下がるわけにはいかない。


 俺は気を取り直して棒状の機械を握りしめ、名前も作者もわからない絵画と向き合った。


ーーーーーー


 俺が大劇場からルナック外れの酒場に戻った時には夜と表す時刻だった。


 結局、今日中に第一倉庫の商品全てを検品することは叶わず半分しか出来なかった。単純に考えれば後3日で検品が終えられる計算だが俺は断言しよう。

 明日以降、検品のスピードは下がると。


「ただいま戻りました」

「ヨザクラ帰ったか!」

「あら、お帰り」


 俺は疲れた表情で酒場の扉を開けると、元気の良いヤコウ店長とカウンター前に座ってお酒を飲むクロバラ先輩に出迎えられる。


 クロバラ先輩は無事レイ団長と会えたのだろうか。俺はずっと倉庫に閉じこもっていたため、あれからレイ団長には会えていない。


 そんなことを思いながら、俺はあると思っていた1人分の姿が見えなくて首を傾げた。


「メイさんは?」

「ガハハッ!帰って早々仕事の報告よりもお嬢さんを心配するとはな!優しく話を聞いてくれと気にかけていただけある!」


 ヤコウ店長はムキムキの腕を曲げ親指を奥の厨房へと向ける。俺はカウンターから覗き込むように見ればパチっと目が合った。


「ヨザクラくん!お帰りなさい!」

「メイさんその格好は…」


 厨房から小走りで出てきたのは紛れもなくメイさん。しかしその格好は助けた時のボロ服でもなく、クロバラ先輩から借りたラフな服でもない。


 綺麗なワイシャツとスカートにヤコウ店長とお揃いのパンダエプロンを掛けたリメンバーの従業員らしい服装だった。


「えへへ。無事、採用してもらったんだ。服はクロバラさんのを貰ったの。だからちょっと大きいけれど」

「実は店長が私専用の従業員服をくれたことがあったのよ。でも私は人手が足りない時に手伝うくらいだから新品のままクローゼットにしまっていたわけ」

「ムムゥ…それはそれで悲しいのだが」

「このパンダエプロンはね?店長さんのスペアを私サイズに自分で調整したんだ。やっぱり店長さんとお揃いのがあると一員って感じがして嬉しい!」

「とても似合ってるわ。着る人が違うだけでこんなにも印象が変わるから不思議なものね」

「クロバラ!それはオレが似合ってないと言いたいのか!?」

「店長は自分の身体とエプロンのサイズが極端なのよ。もっと大きい物にすればパンダちゃんも皺くちゃDVを受けなくて済んだのにね」


 クロバラ先輩の言う通りメイさんとヤコウ店長を見比べると印象が全然違う。


 サラッと着こなしているメイさんと、無理矢理着ている感のあるヤコウ店長。どちらが綺麗かと言われれば断然メイさんだ。

 別の意味でヤコウ店長も目立つが。


「ヨザクラ。メイが見せてくれているんだから何か言いなさい」

「あっ、はい。凄くお似合いです。そして採用もおめでとうございます。メイさんが加わってくれて俺も嬉しいです」

「……学校の先生みたいな言い方ね」

「ガハハッ!ヨザクラ!お前もまだまだだな!可愛いのひと言をすんなり言えるくらいにならんと人を喜ばせることは出来んぞ!」

「ええっ!?」


 ニヤニヤと笑うクロバラ先輩にヤコウ店長。そして何かを期待しながらソワソワしているメイさん。

 俺はこの流れで伝える言葉を察して固まってしまった。今ここで言わなければならないのか。「可愛いです」と。


 よくよく考えれば「可愛い」という褒め言葉はハニトラでは定番で安定のあるものだ。

 それすら恥ずかしがって言えないのなら俺は一生肉体労働しか任せてもらえない。


 錆人を取り締まる者として一人前になるにはハニトラも出来るようにならなければ。だからこれはその第一歩だ。


「かっ」

「「「か?」」」

「か、可愛いです。凄く可愛いです!」


 声が裏返る。情けないし恥ずかしい。しかも可愛いしか言えてないじゃないか。


 別に性的な言葉でも恋人などの特定の関係に伝えるものでもない。家族や友人相手でも使える褒め言葉なのに何で俺はこんなに恥ずかしがっているんだ。


「あのメイさん…その…」

「ふふっ、ヨザクラくんも可愛いね」

「え?」

「「ぶはっ!」」


 すると思いもよらぬメイさんの返事がきて、俺以外の2人は吹き出して笑う。すると横でお酒を飲んでいたクロバラ先輩が顔を俯かせたまま俺に手鏡を渡してきた。


「っ…!」


 傷1つ無い鏡に映る俺の顔はリンゴのように真っ赤で耳にも熱が昇っている。

 こんな状態で可愛いなんて言っても全然かっこよくないし、むしろ手慣れている人ならからかってくるだろう。


 俺は羞恥に震えながらクロバラ先輩に手鏡を返した。


「着替えてきます」

「ガッハハッ!!ヨザクラ!何事も経験だ!でもまずはオレから試した方が良いかもしれんな!」

「そ、そうね…。てっ店長はいつでも可愛いって……ふふっ、言われ待ちよ」

「ヨザクラくんごめん。私余計なこと言っちゃったかも」

「いえ平気です。着替えてきます」


 恥ずかしさが限界突破する。今すぐに刀を抜いて暴れ出したくなった。

 しかしそんなことは現実的に無理だ。


 俺は冷めない熱に耐えるよう拳を強く握りしめると、3人から逃げるように背を向けて私室へ戻った。

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