6話 カウンターでの語らい
「ヨザクラくん。起きてる?」
「え?メイさん?」
時刻は午前0時を回った頃。月が動かないルナックでは外の光で時刻を判断できないがだいぶ反省文作りに熱中していたらしい。
そんな俺の意識を現実に戻したのは私室の外で聞こえるメイさんの声だった。
俺はドアへ駆け寄り扉を開ければ、クロバラ先輩から借りた服を身に纏うメイさんが眉を下げて立っている。
「どうしたんですか?もしかして傷が痛みます?」
「ううん。ヨザクラくんと話したくて。今時間ある?」
「はい。酒場にでも行きますか?」
「えっ入って大丈夫なの?」
「平気ですよ。酒場は俺たちのリビングでもありますから。男の部屋で2人きりになるよりは良いかと」
「…ありがとう。気を遣ってもらって」
俺はメイさんを連れて自分の部屋から酒場へと向かう。ヤコウ店長はもう寝ているだろうし、クロバラ先輩はゾンビ先輩の所だろう。
「好きな席に座ってください」
「じゃあそこでも良い?」
「構いませんけどハイスツールよりもソファの方がリラックスできますよ?」
好きな所にと言っておいて俺はテーブル席にあるソファを指差す。
しかしメイさんは首を振ってカウンター席のハイスツールに近づいた。
「こういうの憧れなんだ。私にとって酒場は別世界だったから」
「なるほど。ではそこにしましょう」
俺とメイさんは隣り合うようにハイスツールに座る。この席は普段から俺も腰を下ろしている場所だった。
時にはクロバラ先輩と仕事の依頼内容の確認を。時にはヤコウ店長の新作おつまみの試食を。
何気にこの酒場にいる時間の方が部屋にいる時間よりも長いかもしれない。
「反省文は終わったの?」
「もう少しで終わります。でも声を掛けてくれて助かりました。時々熱中しすぎて訳わかんなくなる瞬間があるんです」
「ふふっ、そうなんだ。ヨザクラくんは真面目だね」
「……貴方の声で助けてもらったのはこれで2回目ですね」
「あの時は私も必死で何言ったか覚えてないんだ。気付いたらヨザクラくんに体当たりしてたし」
「でもそのお陰で俺は巻き込まれずに済みました。メイさんはあの小さな球体について知っていたんですか?」
「詳しくは何も。でもあの人たちがどこからか仕入れて話しているのは聞いていたから」
火薬入り球体の情報も持っていなかったみたいだ。これはゾンビ先輩に任せるしかなさそう。
クロバラ先輩から頼めばすぐにでも取り掛かってくれるだろう。
でも本題はこれじゃない。俺はメイさんを怖がらせないように優しい声で問いかけた。
「話って?」
「改めてお礼を言いたかったんだ。罠だったとはいえヨザクラくんが私をあそこから連れ出してくれたことには変わりないから。本当にありがとう」
メイさんは身体をこちらに向けて深々とお辞儀をする。俺は慌てて頭を上げるように言ったがすぐには戻してくれなかった。
「ずっと暗かったんだ。ただでさえ月の光しかない国なのにもっと暗く感じて。でもヨザクラくんと外に出て空を見上げたら凄く明るかったの。それが嬉しかったし少しだけ生きていて良かったって思えた」
ゆっくりと顔を上げたメイさんは嬉しいという感情が込もった笑顔を浮かべていた。
俺はその表情に何も言えず沈黙が訪れる。国家兵士団以外から感謝されるのは初めてだった。
リメンバーは錆人取り締まりグループとして日々活躍している。
しかしそれは汚れ仕事と近しいものだ。脅しで屈服させられない相手や薬で狂い出した相手だと、傷をつけなければならないときもある。
そしてそんな俺たちは被害者から感謝されることはない。むしろ怒られるか泣かれる。
薬や武器という快楽に浸っていた人が純粋な感謝なんて気持ちは持てないのだ。
だから素直にお礼を言われて心がむず痒くなる。国家兵士団からのお礼はあくまで協力関係の作法みたいなものだし。
けれど何か話さなければと思い俺は自分の頭を掻いてメイさんから視線を逸らした。
「えっと、仕事だからと言えばそれで終わってしまうんですが……でもそのお礼は素直に受け取らせていただきます。貴方を助けられて良かった」
「ふふっ。ヨザクラくんって結構照れ屋なんだね。あのリメンバーに入っているくらいだから色んなことに慣れていると思ってた」
「実は正式に入ったのは最近なんです。それに加えて俺は肉体労働が基本ですから。色々慣れているのはクロバラ先輩かヤコウ店長ですね」
「確かにクロバラさんはその、凄い手慣れてた…」
「ま、まさか手当ての際に何かされたんですか!?」
「ううん!変なことはされてないよ!ただ……凄かったの」
思わずメイさんの方に顔を向けるが、彼女は耳まで真っ赤に染め両手で顔を隠す。
本当にクロバラ先輩は何をやってしまったのだろう。
「そ、そう!そうだ!ヨザクラくんに聞きたいことがあってね」
「聞きたいことですか?」
「うん。えっとね、この酒場って従業員は募集してないかな?」
「それって」
メイさんは顔の熱を冷ますようにパタパタと手で仰ぎながら聞いてくる。
そして俺の声に頷くと両手をカウンターの上に乗せてキュッと握った。
「出来たらで良いの。私は店員のバイトはしたことないし身なりも汚い。だからダメ元で聞いてみたんだけど」
「酒場の従業員を雇うのは今まで無かったことですね…。ずっとヤコウ店長だけで回していて俺やクロバラ先輩も時々手伝うくらいですから」
「じゃあ私の手は要らないかな?」
「いや、断言は出来ません。良ければ明日俺と一緒に聞いてみますか?」
「いいの?」
「はい。でもメイさんはここで良いんですか?ここはルナックの外れにある酒場で提供している料理やお酒も安いものばかりです。ルナックの繁華街のような所ではないですよ」
「リメンバーが良い」
するとメイさんは椅子を回転させて酒場の中を眺める。そして俺と向き合う方向で椅子を止めると小さく笑った。
「生活のためのお金も大事だけれど、今はこの優しい空間に長く居たいの。もちろんやるからには精一杯頑張るよ」
「きっとメイさんが加わったら今以上に活気溢れる酒場になりますね」
「ふふっ。ありがとうヨザクラくん」
メイさんは自分がここで働く想像をしているのか優しい瞳で遠くを見る。
今日の任務は俺の中で大失敗に終わった。けれどメイさんの言う通り悪いことばかりではなかったのかもしれない。
気になることは沢山あるし反省文はまだ書き終わってないけど、こうやって2人で話す新鮮な空気をもう少しだけ味わっていたかった。
カウンター前だけ点けている電気はぼんやりとしていて明るいとは言えない。それでもその光は俺たちを本当の夜の世界へと導いているようだった。




