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43話 出会いという誤算

「やっと帰ってきた兄さんは目を背けたくなる姿だった。生きててくれて良かったって心の底から泣いちゃうくらいに」

「やっぱり強いですよ。お兄さんは」

「ううん。弱いよ。だって兄さん自身がそう言ってるんだもん」

「……そうですか」

「あの日から兄さんの人生は定まった。私を犯し、自分をボロボロにした錆人を1人残らず裁くために国家兵士団に志願したくらいに。でも私は兄さんのようになれなかった。錆人を恨む気持ちを生きる力には出来なかったの」


 絞り出すような声に俺は思わず息を呑む。なんて声を掛けていいかわからない。


「そんな私を見かねた兄さんがこんな提案をしてきたんだ。ルナックに夜明けが訪れるように自分の手伝いをしないかって」

「それが今回の事件だったんですか?」

「そうとも言えるしそうでないとも言える。兄さんが私の生きる意味を提示してくれて、手を取ったのは数年前の話だから」


 メイさんは爪を食い込ませていた手を解くと夜風を浴びるかのように腕を広げる。


「兄さんの理想は間違ってない。錆人が居なくなれば私たちみたいな人は減る。でも兄さんは優しくて頭が良いから片っ端から裁くのではなく根本的な問題を斬ることを選んだ。まずはこれ以上錆人が増えないようにするための救済」

「メイさん」

「詳しいことを教えてくれなかったのは私を深くまで巻き込まないようにするためなんだって。本当に優しいよね。兄さんは優しい。ずっと私を守ってくれて、助けてくれて、生きる意味まで与えてくれた。何もせずに穢れた身体を抱きしめている人生なんて意味ないもん!」

「メイさん!!」

「ヨザクラくんが最後に聞きたいことはわかってる!兄さんのことでしょ?やっぱり私は言いたくない!言ったらこれまでの汚れが無意味になる。それだけは、それだけは嫌なの!」


 腕を下ろしこちらを向いたメイさんの瞳は滲んでて今にも涙が溢れそうだった。

 俺はそんなメイさんの姿に歯を食いしばる。


 ここで引き下がってはダメだ。俺の目的はリメンバーを襲った事件の調査をして短い糸を残さずに解決すること。

 そのためにはメイさんの兄に会わなければならない。そうすればヤコウ店長が探している機密書類も取り戻せるだろう。


 自白剤の効果はまだ続いている。強い意志があるメイさんにこの問いかけの答えが返ってくるかはわからないが、ひと言聞けばいいのだ。


 けれどその前に落ち着かせなければ声が届くことはない。


「メイさん!貴方たちが何をしようとしているかは知らない。でももしかしたらリメンバーと手を取れるかもしれません!」

「嫌だ!兄さんの邪魔だけは」

「俺たちリメンバーも錆人を狩ることを目的としています!共通の敵がいるんです!お互いに協力すればメイさんのこれまでが無意味になることはない!」

「でもこのままじゃ私は………っ!」

「メイさん!?」


 突如、神様の意地悪が俺たちの会話を断ち切った。

 強い夜風が2人を揺らす。


 俺は持ち前の体幹で堪えるがメイさんは大きく身体がぐらついた。

 その時一瞬だけメイさんの口角が上がったような気がする。風に身を任せる思考になったのを俺は見逃さなかった。


 足元を蹴って前へと飛び出す。しかしまだ神様はこの少女の手助けをするらしい。

 風に運ばれた雲が月を隠すように覆ってしまった。視界は一気に暗くなる。


 ただでさえ光のない路地裏が暗闇の世界と化したのだ。状況は最悪だった。


「メイさん!!」


 ああ、なんでこんな時にこの人が考えていることに理解が追いついてくるのだろう。

 俺は掛ける言葉を所々間違えていたのかもしれない。未熟で情けない。


「頼む…!」


 俺は腰に下げていた刀を抜刀した。


「あっ」


 そして精一杯に手を伸ばして力任せにメイさんの腕を掴む。

 それと同時に刀を屋根の一部に突き刺して身体がこれ以上前に進まないようにブレーキをかけた。


「まだ終わっていない!!」

「っ…」

「もっと生きてて良かったって思って欲しい!汚れているのならそれさえ拭える未来を掴んで欲しい!俺から逃げても構わない!俺との約束を叶えなくてもいい!だから!」

「ヨザクラくん…」

「自ら死ぬのだけは、やめてください!」


 また夜風がルナックを流れる。さっきとは違い緩く頬を撫でる風だった。

 その風が徐々に月明かりを戻していく。


 月光に当てられたメイさんは泣いていた。

 俺は腕を引っ張ってメイさんを自分の方に引き寄せる。抵抗はなくて素直に俺の中に収まった。


 次また風が吹いても大丈夫なように俺はメイさんを抱えたままその場に腰を下ろす。

 そうすれば鼓動が素早く鳴っていて自分の焦りを実感した。


 危うく失うところだった。突き刺した刀を抜けば屋根の一部に深い傷が残ってしまっている。結構負荷が掛かったようだ。


「すみません。腕を強く握りすぎました。アザになってしまうかも」

「…………」


 返事はない。静かに泣いているから当たり前か。


 動揺がまだ収まらなくて自分でも何を言っているかわからない。

 今の俺に出来ることは優しく背中をさすることだけだった。


 すると次の瞬間、俺の戸惑いを切り裂くかのようにか細い声が腕の中から聞こえてくる。


「出会わなければ…良かった…」


 苦しそうに吐き出した言葉と同時に俺の服が握られた。


「ヨザクラくんに出会ったことが誤算だった…っ」

「メイ、さん?」

「絆されたくなかった。絆されちゃダメなのに……ヨザクラくんの温かさは…初めてで…。済ました自分が…崩れちゃって」


 小さくしゃくり上げながらもひと言ひと言を伝えてくれるメイさん。

 俺は黙って聞き続ける。


「兄さんの邪魔したくないのに、ずっと君の優しさが頭の中に残ってるから……手助けするようなこを…!」


 そっか。苦しそうではなく苦しいのだ。メイさんはずっと葛藤している。

 知らないモヤモヤで心を埋め尽くされるのなら落ちてしまった方が楽なのかもしれない。

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