39話 勝手な理想と真実
そして懐に入れてあったハンカチを取り出す。中には錠剤が1個。俺はハンカチごとメイさんに渡した。
「ありがとうヨザクラくん」
「本当に飲むんですか?」
「うん」
メイさんは指の先で小さく転がしながら自白剤を見つめる。
その瞳は恐怖や不安の色には染まっていなくて、何かを決心したように強いものだった。
そして摘み上げたメイさんは躊躇いなく錠剤を口に運ぶ。俺は緊張で溜まった唾を飲み込むのと同時に、メイさんも喉を上下に動かした。
「身体に異変は?」
「……特に?」
「痒いところは!?」
「今はなにも」
「眩暈や発熱、節々の痛みとかは!?」
「そんな前のめりにならなくても大丈夫だよ」
蕁麻疹の発生確率が30%から10%に下げられたとはいえ油断は出来ない。
以前クロバラ先輩が飲んだ時は数十秒で身体に痒みが出ていた。
でもメイさんは特に苦しむ様子もなく薬を飲む前と変わらない。賭けに勝ったのだろうか。
「凄いねこの自白剤。つっかえたものが消え去っていくみたい」
自分の胸に手を当てて深呼吸するメイさん。その表情は晴れやかで自白剤の効果が出ているのがわかる。
ゾンビ先輩曰く、この薬は尋問する時に口を割らない容疑者たちに使うため開発したらしい。
俺は飲んだことないからわからないが使用すれば精神の緊張を和らげるという。
そこからの説明は専門的なものだったのであまり覚えてないが、結果的に隠そうとしていたことなどを喋らせるそうだ。
そんな夢のような薬を完成の一歩手前まで作り上げてしまうゾンビ先輩はやはりエリートゾンビだ。
「何から聞きたいの?」
「機密書類を奪ったのは本当にメイさんなんですか?」
「そうだよ。もしかして私じゃないって思ってくれていたの?」
「確信を得たかったんです。なぜそんなことを」
「目的があったの。そのためには店長さんが独自に調査していた内容を記した書類が必要なんだって」
「誰かに頼まれたんですか?」
「うん、兄に。機密書類も彼の元にあるよ」
スラスラと答えてくれるのは自白剤の効果だと思いたい。
それにしてもヤコウ店長が独自に調査していたことについても気になる。そんな俺の疑問を感じ取ったのかメイさんは眉を下げて謝った。
「実は機密書類の内容についてはわからないんだ。ただ言われた通りにしただけ。それをどう使うかもわからない」
「なるほど…」
「他には何が聞きたい?」
「……出来ることなら全部」
「ふふっ。欲張りさんだね」
「解かなければならない糸が多すぎるんです。貴方たち兄妹の目的も、メイさんと元兵士たちの関係性も」
「そうだよね。突発的じゃなくて計画されたものだからヨザクラくんたちにとっては不可解なことだらけだよね」
「はい。でも」
「でも?」
「自白剤を飲んでしまった後に言うことではないのですが、全部話してしまってメイさんは大丈夫ですか?」
「何で私の心配をするの?」
「少なくともメイさんは兄と手を組んでいる。俺に持っている情報全て話したら今後メイさんに危害が出ないかと思ってしまって」
これまでの俺はそんな心配が頭を過っても口に出すことはしなかった。
でも今は違う。敵を全員、極悪人として見る必要はない。きっとそう思うのも助けたいと思った人を助けることに通ずるはずだ。
「ふふっ」
「メイさん?」
「君は本当に不思議な人。それになんか吹っ切れたような顔しているし、私が逃げている間何があったの」
「えっと」
「言わなくてもいいよ。そして私の心配もしなくていい。兄さんはそれすらもお見通しだと思う」
メイさんの兄は一体どんな存在なのかも後々聞かなくてはならない。
心配するなと言うのなら気にしないでおこう。俺は拳を軽く握りしめて頷く。
そしてメイさんの目を真っ直ぐ見た。
「ではまずこれから聞かせてください。貴方たちの目的は?」
「ルナックを変えること。幸せな人を増やすこと」
「具体的には?」
「ヨザクラくんも知っての通りルナックの地元民は貧困層が増えている。その原因は金銭問題。働いても割に合わない給料と搾り取られる税のせい。なのに外からやってきた富豪たちは見せつけるように金を自分のために振る舞う。それを嫌でも視界に入ってしまった貧しい人間は絶望する。そして夜の魔法が彼らに降り掛かるからそれを無くすの」
「その魔法に掛かった人間が錆人の道を進むんでしたっけ?」
「そうだよ。誰かに教えてもらったの?」
「……ええ」
言っていることは正当なものだと思える。人によっては彼女たちの行動をヒーローと称えるだろう。
しかしまだそのやり方について聞いていない。俺は続きを聞かせるよう促した。
「兄さん曰く、それを実現させるにはまず汚い人間を裁くんだって」
「汚い人間?」
「うん。それには店長さんが持つ機密書類が必要らしいの。私の役割はその機密書類を手に入れて兄さんに渡すこと」
「ということはリメンバーの従業員になりたいなんて志願したのはその役割を果たすため?」
「そうだよ」
「でもそれならあの元兵士たちとの関係は!?貴方は彼らに買われてあの場所にいたと言っていました」
「彼らとは協力関係だったの。目的は違うけれど掲げている理念は一致していたから」
「じゃあ何で…」
元兵士たちは全身火傷を負ったのだ。
リメンバーの懐に入るため、火球に巻き込まれそうになった俺を突き飛ばしたのはわかる。
でもわざわざ兵士たちが火傷を負う必要はあったのか?
メイさんの証言を踏まえてあの時の光景を思い返すと、まるでお互いの台本が噛み合ってないように思える。
彼らは目的のために本気で俺を殺そうとした。でも協力関係であったメイさんは目的のために俺を助けた。
そして元兵士たちは火球の特殊効果で火柱に包まれることに。……火球の特殊効果?
「待ってください。あの火球は油で反応するはず。まさか彼らの服に油を染み込ませたのって」
「私」
「っ!」
俺は思わず後退りしてしまう。自白剤の効果とはいえ簡単に吐かれてしまった事実に衝撃を受けた。
メイさんは一瞬、離れた俺を見て悲しそうな顔をしたがそれを気に留められないほど俺は動揺してしまう。
「協力関係だったんですよね!?」
「うん。でもあの人たちが計画していた作戦はリメンバーに入り込む作戦を遠回りさせるものだった。そもそも衝動的な案だったし。あの人たちも種類は違えど魔法を掛けられていて聞く耳を持ってくれなかったの」
「だから邪魔で消したってことですか……?」
「兄さんがそうしろって」
信じられない。信じたくなかった。
機密書類を奪ったという罪があるのに加えて、殺人未遂まで行っていたなんて。
俺の中にあるメイさんの姿が崩れていく。俺は勝手に綺麗な人間にし過ぎたのだと今更後悔した。
衝撃の真実は心を乱し激しい動悸を誘う。




