17話 擬似火球実験(2)
コツンと鈍い音と共にジャケットへ擬似火球が落ちる。そして1秒足らずで炎がジャケットを包み込んだ。
火柱はその一点だけに集中したように燃え上がる。そして10秒もしないうちに火は落ち着いて焦げカスになったジャケットだけが床に残っていた。
「燃え移ってないだろうな!?」
「店長さん大丈夫です!床も焦げていません!」
カウンターから身を乗り出したヤコウ店長と感動したように両手を合わせるメイさん。
まだ何もわかっていない2人からすればマジックのように見えるだろう。
そんな2人の傍で俺は顎に手を当てて推測する。
しかし興奮が抑えきれなくなったのか大きなイヒ笑いをし始めたゾンビ先輩によって思考が停止した。
「イヒッ!イーヒッヒッヒッヒッ!イヒイヒ!」
「姉さん落ち着いて。これで調査完了で良いの?」
「イヒッ」
クロバラ先輩の問いにゾンビ先輩は激しく首を縦に振ると子供のようにバンザイする。
「これは完全なる新作違法武器じゃ!火薬は持っているだけで捕まるレア物!リメンバーに入っていなければ我も国家兵士団によって拘束されていたじゃろう!」
「じゃあこの報告書を国家兵士団に届ける感じで良いのね?」
「仮説も立証し原理も解明できた!この瞬間の快楽がたまらん!」
「わかったから落ち着きなさい。みんな着いていけないでしょう?」
「イヒッ」
ゾンビ先輩は冷静になるために大好きな妹に抱きつく。本当に姉と妹の立場が逆だ。
姉がこんな感じだからクロバラ先輩はしっかりとした性格になったのだろうか。
俺は苦笑いをしながら報告書を手に持つクロバラ先輩に声をかけた。
「えっと、つまりその火球は流通されていない素材で作られた物なんですか?」
「ええ。きっと個人で作ったのね。姉さんの調査によれば火薬はルナックが人類の理想郷になる前に使われていた強力なものよ。現在はその強力さゆえに使用、取り引きが一切禁じられているわ」
「イヒッ。まぁ裏では錆人たちが高値で売り捌いているがこいつはちゃんと加工しなければ使えない。買うとすれば研究者の端くれか物好きな富豪くらいじゃなぁ」
現在のルナックでは兵器の生産はほとんどされていない。作られる物も国家兵士団が治安維持のために使用するだけで威力も比較的抑えめだ。
人類の理想郷として成り立っている国に人を殺す道具はふさわしくない……というのが近年のルナック国家の考えである。
けれど今日のように錆人が自ら武器を持つようになったらその考えを押し通すことは出来るのだろうか。
「そしてこの火薬には普通の物と違う部分があるの。もちろん普通に投げて使うことも出来るわ。けれど最大の特徴は油に触れた時、火薬の成分は油分にだけ執着するようになるというもの。だから他の物に引火せずに油のある場所だけで収まった………というのが姉さんが導き出した答えよ」
「油に至ってはどこにでもある物だった。まぁ引火点が低いのは確かだなぁ。イヒッ」
「クロユリさんって本当に凄い研究者さんなんですね!流石リメンバーの縁の下の力持ちです!」
「ヒヒッ」
ゾンビ先輩はメイさんに褒められて照れているのか、額をクロバラ先輩の胸にグリグリと押し付けて甘え始める。
ここまで来ると母と赤ちゃんだ。クロバラ先輩も満更ではないようで報告書を読みながら頭を撫でている。
ゾンビ先輩は頭を胸に押し付けたまま俺の方を向くと一際ニヤリと笑った。
「イヒヒッ。これらの点を踏まえてケツ青坊ちゃんが遭遇した状況と重ね合わせるとぉ?」
「……まさか錆人の服に油が染み込んでいたんですか!?」
「イーヒッヒッヒッ!それしか考えられん!馬鹿な奴らじゃ!」
「いや絶対奴らも嵌められた側ですよね!?」
火薬が油分に執着するのなら答えは1つだろう。あの時の錆人は火柱によって全身を包み込まれた。
考え方が個性的なゾンビ先輩は奴らが自分で服に油を染み込ませたと思っているが絶対にそれはない。よく思い返せば奴らは火力と自分を包み込む炎に戸惑っていた。
たぶん俺へ投げるつもりが突然のメイさんの介入で、驚きのあまり火球が手から零れ落ちたのだろう。
そして油分に反応した火薬は張り付くように奴らを包み込んだ。
ゾンビ先輩が出した答えと冷静な頭で振り返れば当時の状況とピッタリ一致する。
「ムムゥ。偽り兵士の錆人は火球をどこからか仕入れたのだったな?しかしこいつの本当の力を知らずに普通の小道具として使ってしまった」
「ですが奴らは全員火傷を負っています。火薬の本質に気付き、服に油を染み込ませたのは外部の人間と推測するのが妥当でしょう」
「なら女狐に聞けば良い。おい、ケツ青坊ちゃんを襲った錆人はお前を買った者全員なのかぁ?」
「クロユリ!もう少しオブラートに質問しないか!」
この中で奴らに1番詳しいのはメイさんだ。ゾンビ先輩は容赦なく質問するが俺も店長同様少し不安だった。
聞きたいけど聞いていいものなのかと思ってしまう。
「……大丈夫です。店長さん」
しかしメイさんは膝の上に置いた拳を強く握りしめて真っ直ぐゾンビ先輩を見た。
対するゾンビ先輩も妹を抱きしめながら怪しい笑みを絶やさずに見つめ返す。
「私もリメンバーでお世話になって心の状態も落ち着いてきました。それに衣食住を提供して働かせてもらっている身です。皆さんの助けになれるのなら記憶にあることをお答えします」
ハッキリとそう言い切ったメイさんの眼差しは恐怖のカケラもなかった。
リメンバーで過ごした期間が彼女の助けになってくれたのなら保護した俺としても嬉しいことだ。
メイさんの返事を聞いたゾンビ先輩は大きくイヒ笑いするとクロバラ先輩から離れる。
そして懐からまた別の試験官を取り出すと中に入っている錠剤の音を立てるように揺らした。
「イヒッ!望むのなら30%の確率で蕁麻疹が発症する自白剤もあるぞぉ」
「ゾンビ先輩やめてください!!」
その自白剤の実験、まだ続けていたのか。しかも発症確率が100%から30%に下がったのは凄い。
でも流石にクロバラ先輩以外の人が未完成の薬を飲むのはやめた方がいい。
俺は思わず試験官を取り上げてクロバラ先輩に渡した。
「イヒヒッ。過保護なケツ青め。いつか狐につままれるぞぉ?」




