13話 刺客(1)
オークション商品の検品もあと1日あれば終わる段階まで来れた。
第二倉庫では宝石や骨董品などの商品が置いてあり、より神経質になりながら仕事を進めている。
メイさんも毎日やっていると慣れてきたようで俺の指示が無くても進めてくれていた。
「なんか少しだけ目が肥えた気がするよ」
「俺もです。ただ、絵画に関しては理解出来ない物が多かったですけど」
「私はあの森の絵が素敵だったな。あと店長さんにそっくりな彫像も!」
「あれがどの富豪に落札されるのか楽しみですね」
現在俺たちは今日の分の検品が終了して一緒にリメンバーへと帰る道を歩く。外れに近づくほど後ろで輝いている中心区の光が淡く見えてとても綺麗な光景だ。
「酒場にお客様来ているかな?」
「メイさんは少し休んだ方が良いのでは?昨日も帰ってから酒場の仕事をやっていましたよね?」
「でも人が少ないからほぼやってないと同じだよ。それに前の生活では休む暇なく働いていたからこれくらい平気」
「……」
「ふふっ。そんな心配そうな顔しないで。店長さんもあまり仕事を振らずに早めに上げてくれるから」
俺との感覚の違いがメイさんが歩んできた人生の過酷さを物語っている。
自然と眉が下がってしまうが憐れむ必要はない。今のメイさんは少しずつ良い方向へと進んでいる。
「っ」
そう思った時、夜の風が変わった。何かが俺の範囲内に足を踏み込んだのがわかる。
それはメイさんではない別のもの。生きる異物と称するのが正しいだろう。何者かが俺たちをつけている。
「ヨザクラくん夕飯はどうする?良ければ店長さんに教わったおつまみを食べてもらいたいんだけど」
「もちろんです」
「そういえば嫌いな食べ物ってあるの?」
「いえ。何も」
「なら安心して作れるね」
メイさんは流石に気付いてない。変わりなく何気ない話題で沈黙が訪れないように話してくれる。
そんなメイさんの袖を俺はそっと引っ張ってさりげなくこちらに近づけた。
「月明かりが弱くて足元が見えにくいのでもう少し近くにいてください」
「えっ?あ、うん。確かに今日は雲が掛かっているね」
「はい。でもこうすれば躓いてもすぐに手を伸ばせるので。実は俺、よくこの道でコケるんです」
「そうなの?ヨザクラくんって意外とおっちょこちょい?」
「今可愛いって思いました?」
「へへっ当たり。ヨザクラくんがコケそうになった時は私が助けてあげる」
「心強いけど複雑な気分です……」
これで何があってもすぐに行動に移せる。そしてメイさんを近づかせた際に見えた人影は最低2人。
不自然な動きは錆人だと思って良いだろう。
ターゲットは錆人取り締まりを行う俺か。それとも錆人に自分を売ったが逃げ出したメイさんか。どちらにせよ危険な状況だ。
すると足元を注意深く見ていたメイさんがハッとしたように顔を上げる。
「なんか臭い」
え?俺が?
「焦げた臭いがする」
違う俺じゃない。
「っ、メイさん!」
「ヨザクラくん!?」
臭いの元が俺じゃないとわかった時、カツンとした硬い音が傍で鳴る。
無意識に俺はメイさんを抱えて前方へと身体を飛ばした。
すると瞼が落ちきらないタイミングで後ろから熱風が湧き上がる。メイさんを買っていた奴らが使用した火球が脳裏をよぎった。
「くっ」
俺はメイさんを抱えたまま体勢を直して振り返る。先ほどまで俺たちが居た場所には火柱が上がっておりそれは徐々に土を焦がして消えていった。
しかし人の姿は見えない。外れに近づけば近づくほど増える木々を利用して隠れているようだ。
「メイさん。しっかり捕まってください」
「わ、わかった!」
落とさないようにしっかりと抱え直した俺は奴らの目を欺くように木々の間を通った。
このまま走り続ければ木の数は多くなりより隠れやすくなる。けれどそれは相手も同じだ。
「ヨザクラくん!森の中で火球投げられたら大変だよ!」
「相手も同じ森の中です。錆人たちが己の命を投げ出してまで取り締まる側を殺すことはないでしょう」
「そ、それフラグじゃないよね?」
「絶対違います!」
変なことを言わないで欲しいが、メイさんが思ったより落ち着いてくれていて助かる。
パニックになってしまったらこのように動くことも出来ない。
それにしても不可解だ。俺たちが言う錆人は主に違法薬物や武器などを売買する者を指す。
そして大抵の錆人は路地裏などの光が無い場所でひっそりと活動するのだ。
しかし例外に国家兵士団や俺たちが仕掛けた時だけ、自分を守るために武器を振るうケースはある。中には薬のせいで精神異常をきたして暴れる錆人も居るがそれは稀に等しかった。
けれどもこいつらは自分の意思で俺たちに襲い掛かろうとしている。そしてそれはメイさんと初めて会った時の状況と似ていた。
「そもそもあれは錆人なのか…?」
「よ、ヨザクラくん」
「どうしました?」
「なんか臭い」
「また!?」
俺は走りながら振り返って追ってくる錆人の様子を窺う。何人かこちらに来ているのはわかるが火球を投げる様子は無かった。
たぶんお互いに位置が定まってないのだろう。
「火薬ですか!?」
「ううん。なんか別のツンとした臭い」
「どこから臭います!?」
「ヨザクラくん」
「え」
全身に衝撃が走る。一瞬だけ頭が真っ白になった。これがマジのショックというものなのだろうか。
そういえばヤコウ店長がクロバラ先輩に同じことを言われていたのを思い出す。筋トレ後、厚い筋肉に滴る熱い汗を拭かずにプロテインを摂取するヤコウ店長に放ったひと言。
『臭いわ』
「さっきからずっと臭っているの。私かと思ったんだけど違うみたいで……ヨザクラくん?」
次の一歩が踏み出せない。力が抜けたようにその場に立ち止まってしまう。
俺の何が臭いのだろう。スーツか?それとも体臭か?メイさんが言うのはツンとした臭い。
俺も冷や汗をかきながら鼻を動かして臭いの根源を辿った。そうすれば独特の尖った臭いが鼻を通り抜ける。これは体臭ではない。
俺のじゃない。
「まさか」
臭いの正体に勘づいた俺はメイさんを持ちながらしゃがんで姿勢を低くする。
そして音を立てないようにメイさんを地面に降ろすと懐から端末を出した。
「メイさん。この通信端末を持って真っ直ぐに逃げてください」
「ど、どういうこと?」
「俺のスーツに油が染み込んでいます。この状態で火球を投げられたらメイさんまで巻き込んでしまう」
「待ってヨザクラくんどうするつもりなの?」
「囮です。だから逃げて。そしてタイミングを見計らって通信端末でクロバラ先輩に助けを」
ツンとした臭いは炎を更に燃え上がらせる油から放たれるものだった。
もしかしたらさっきの火球と共に油が仕込まれた小道具を当てられたのかもしれない。
そして敵はこの夜の下で微かにする油の香りを頼りに俺たちを追いかけている。必死で気付かなかったが意識すれば強い臭いは鼻を支配していった。
「早く」
メイさんは不安そうな表情をするが俺に流されるように低姿勢で立ち上がって真っ直ぐ走っていく。
これで暴れる準備は出来た。
彼女がこのまま進めば生い茂る木々が深くなり森になるだろう。そこで通信端末を使ってもらえればあとは心強い先輩たちがすぐに助けに来てくれる。リメンバーに帰る道で良かった。




