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11話 逞しいお嫁さん

ルナック大劇場での検品が始まって2日が過ぎた。しかし案の定検品スピードは落ち、未だに第一倉庫から離れられない。


 応援の件もヤコウ店長には相談したが本人は酒場から離れられない。

 クロバラ先輩は例の錆人の調査で出ていて優先度はそちらが高く無理。ゾンビ先輩はもちろん部屋から出ないので結局1人でやるしか無かった。


 しかし終わりが見えない同じ作業の繰り返しで疲れていた時、俺に天使が舞い降りる。


「検品って私も手伝えないのかな?」


 そうメイさんだった。


 いつも通りゾンビ先輩を除くみんなでヤコウ店長が作る朝食を食べていた時だ。

 ポロッと愚痴を溢した俺に声を掛けてくれた。


「良いんですか!?メイさん!」

「うん。ヨザクラくん凄い大変そうだしお2人は応援に行けないんでしょ?流石に錆人取り締まりは無理だけど検品くらいなら」

「ムムゥ。確かにヨザクラを手伝ってもらえるのはありがたいが流石に検品だとしてもリメンバーの仕事を任せるのは…」

「そうね。少し心配な部分はあるわ」

「たっ、確かに私なんかが酒場以外のお仕事を任せるのは不安になっちゃうと思います。でもこの何日かヨザクラくんの顔色が悪いから力になりたくて」

「いやしかしなぁ」

「ヤコウ店長!俺からもお願いします!流石に1人の作業では無いのでメイさんを応援に連れて行く許可をください!」


 そんな俺の必死なお願いとメイさんの切実さのお陰でヤコウ店長は渋々と許可を出してくれた。

 それにより検品3日目で俺はやっと応援を呼ぶことが叶ったのだ。


 そんな朝食の出来事を思い返しながら俺はメイさんと共に中心区にあるルナック大劇場へと訪れる。


 ずっと路地裏の生活をしていたメイさんは富豪が集う場所が怖いのか終始俯いていたが、大劇場を前にすると目を輝かせた。


「これがルナック大劇場…?初めて間近で見た」

「黄金に輝いて綺麗ですよね。現在はオークション準備期間なので中の人は少ないから安心してください」

「うん。やっぱり中心区は凄い人ばかりでちょっと萎縮しちゃう。私なんかみすぼらしくてゴミみたいに見えるんじゃないかって」

「そ、そんな否定的にならないでください!メイさんはちゃんと綺麗な人ですよ」

「……可愛い?」

「か、可愛いデス」


 実はこの前の会話で俺が恥ずかしがる姿を見てからメイさんは度々からかうようになった。

 打ち解けてくれている証拠なのだろうけど、俺からすれば悔しいし更に恥ずかしい。


 面白がっているとわかっているのにドギマギしてしまう自分が1番嫌だった。


 すると大劇場から見慣れた姿が出てくる。首をポキポキと鳴らすスーツの男性、国家兵士団長のレイだ。


「ん?これはこれはヨザクラくんと………へぇ」

「おはようございますレイ団長。こちらは今日から検品の手伝いをしてくれるメイさんです。最近、酒場従業員として働き始めた方です」

「やぁやぁ初めまして。兵士団長のレイだ。なるほど新人さんを連れてきたのか」

「は、初めまして…メイ、です」

「ハハッ。僕が兵士団長だからと言って怖がる必要はないさ。いつも通りの君で接客してくれれば良い。それにしても可愛いね」

「レイ団長、メイさんに近づきすぎです」


 メイさんを見た途端に目つきを変えてズカズカとこちらに寄ってくるレイ団長。


 俺は2人の間に入るようにメイさんの前に立つとレイ団長は驚いたように目を丸くした。


「ヨザクラくん。君もそんな顔をするんだね」

「え?」

「まぁクロバラちゃんの場合は君が守る必要もないから見れないのも当たり前か。そういえば例の件は調査中だからもう少し待っていてくれ」

「了解です。よろしくお願いします」


 きっと兵士の中で錆人と繋がっているという噂のことだろう。流石にすぐには見つからないか。

 オークションの準備と被っているのが仇となっている。


 でもこういう調査は大人数では出来ないし、レイ団長が頑張るしかない。単なる噂話だったというオチが1番理想なんだけど。


 俺は自然と眉間に皺を寄せて険しい顔をしてしまう。そんな俺の緊張を解すかのようにレイ団長は爽やかな笑顔を弾けさせた。


「邪魔者が居ては君たちのデートが台無しになるだけだね!そろそろ僕は退散するよ!」

「レイ団長!これはデートではなくて仕事で」

「そちらのレディ。君を守ってくれる王子様はここに居る。思う存分楽しむといい」

「だから俺たちは貴方から頼まれた検品の仕事に来たんです!」

「それでは失礼!くれぐれも商品は丁寧に扱ってくれよ!」


 レイ団長はまたもや強引に会話を終わらせると颯爽とルナック大劇場から富豪で賑わう渦の中に消えていく。


 すぐにからかってくるのはいつも通りだがメイさんを巻き込むのはやめて欲しかった。謎のむず痒さが全身を襲って俺は顔を顰める。

 そんな俺のジャケットの袖をメイさんは弱々しく引っ張った。


「ヨザクラくん大丈夫?」

「メイさん、すみません…」

「私は大丈夫だよ。少し恥ずかしいけど」

「レイ団長はこんな感じで人で遊んでくるんです。それにチャラいし。いつもクロバラ先輩に絡んでは返り討ちにされています」

「そ、そうなんだ。これからあの方みたいな人を相手するんだね…」

「いやあれは例外です。うちはキャバクラじゃないし彼だけが勘違いしているので」

「ふふっ。ヨザクラくんとは真逆の人だね」

「真逆なんですかね?」

「少なくとも同じではないよ。ヨザクラくんはあんな風に誰かに言い寄ることはないでしょ?」

「それはもちろん。仕事でも無いのにあちこちに手を出そうとするのは理解出来ませんよ」


 こんなことをクロバラ先輩に聞かれたら「だからハニトラが上手くいかないのよ」と言われそうだ。

 でも俺からすれば一生掛かっても解けない問題だと思う。


 だから理解を追い越すくらいの演技力を身につけたい。勝手に脳内で意気込む俺の隣ではメイさんが不思議そうに見つめている。


「ヨザクラくんって」

「何でしょう?」

「良いお嫁さんになれそうだよね」

「お嫁さん!?」

「うん。可愛いし」

「……俺はお婿さんって言われた方がしっくりくるんですが」

「お婿さんって単語がしっくりくるのはクロバラさんかも。かっこいいし」

「…………」


 俺はなぜルナック大劇場の前でお嫁さんとしての将来を想像されているのだろう。そしてなぜクロバラ先輩にかっこよさで負けてしまうのだろう。

 クロバラ先輩がかっこいいのは否定しない。でも俺が可愛いというのは完全否定したかった。


 俺はメイさんの方を振り返り彼女の片手を掴んで、手のひらを前に出すように上げる。

 そして俺の手をメイさんの細く綺麗な手に重ねた。


「ヨザクラくん?」


 このまま指を絡めて力を入れれば彼女の手に痛みが走るだろう。そしてそれを続ければいつかは折れてしまう。


 男女の力の差を見せつけるとか、危険な職業をしていると自覚させるためとかそういうものではない。けれどなぜか負けたくなかった。

 この人にかっこ悪い人間って思われたくなかった。


「こ、こんなゴツい手のお嫁さんってどう思いますか?」

「え?」

「だからゴリラの一歩手前みたいなゴツい手をするお嫁さんってどう思いますか!?」

「素敵だと思うよ。逞しいお嫁さん」

「……すみませんでした」

「ヨザクラくん!?」


 完敗でした。この人は強い。クロバラ先輩とは違うタイプの恐ろしさを持っている。

 言葉で優位に立てない俺はメイさんに勝つことは出来ないだろう。


 悔しいが今は諦めよう。仕事は目の前にあるのだから切り替えなければ。


 すると重ねたままだった俺の指の隙間にメイさんの指が挿し込まれた。


「ちょっ」


 俺は反射的に手を引こうとしてしまう。しかしギュッと握られてしまった手は離れることなく繋がれたメイさんの身体を小さく揺らすだけだった。


 柔らかい感触が指の間や手のひらから伝わり心臓が速く動く。こんなことで動揺していてはハニトラは一生出来ないだろう。

 けれどここから逆転する術を俺は持っていなかった。


「やっぱり可愛いね」


 メイさんは俺だけに聞こえるようにそう言うと小さく笑って手を離す。


 クロバラ先輩が牙をチラつかせながら笑う女王と例えるのなら、メイさんは牙を隠して微笑む姫と言えるだろう。


 しかしそれだけの表現では何かが足りなかった。


「……行きましょうか」

「うん」


 俺は1人分の体温が消えた片手を下ろして黄金に輝く大劇場を見上げる。その後ろでは落ちない月が白く光っていた。


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