10話 クロバラとゾンビ
「おはようヨザクラくん!昨日店長さんに教わって仕込んだサラダチキンなんだけど味見お願いしても良い?」
「頂きます。……うん、凄く美味しいです。ヤコウ店長の味がします」
翌朝のリメンバーには新しく加わった爽やかな声が響き渡っていた。
メイさんと話していると昨晩のことが蘇るが忘れているかのように冷静を装う。
昨日ヤコウ店長に聞いた話だとメイさんは起きてきたと同時にパジャマ姿でヤコウ店長に頭を下げたらしい。
自分をリメンバーの従業員として雇ってほしいと。
それを聞いたヤコウ店長は俺が事前に伝えておいた「優しく聞いて」の意味と繋がったらしいがすぐに返事は出来なかったという。
理由は単純。お客様が少ないからだ。
それにこの酒場はヤコウ店長の本職ではなく趣味で営んでいる。
もちろん、お客様の中には色んな情報を持つ人も居るから完全に本職と別物というわけではない。けれど従業員を雇う必要はあるのかと迷ったらしい。
そんなヤコウ店長の背中を後押ししたのはクロバラ先輩だ。
「単なる趣味で営業しているならお客様が来ない理由で頭を抱えることはないと思うわ」
そう最近の悩みを突かれたと同時にヤコウ店長の頭の中にとある案が浮かんだのだ。
メイさんを雇って看板娘にすれば宣伝に活かせるのではという案が。
俺から見ても単純なヤコウ店長はアイディアの雷が落ちた瞬間にメイさんに採用を言い渡した……というのが事の経緯という。
更に従業員手当てとして空き部屋を提供したのもヤコウ店長の単純さが出ていた。
まぁ結果的にメイさんの願いが叶って良かった。あんな事が起こって数日しか経ってないのに彼女はもう楽しそうにしている。
連れてきた側からしても安心だ。
「ヨザクラ。ちょっと良いかしら?」
「クロバラ先輩?」
使い終わったお皿を洗っているメイさんの後ろ姿を見ていると、奥の扉からクロバラ先輩が顔を覗かせる。
俺は朝ごはんを食べている手を止めて酒場から離れた。
「どうしました?」
「昨日、国家兵士団長に例の件を報告したじゃない?でもあの時メイが居て詳しくは話せなかったから今情報共有をしておこうと思って」
確か昨日聞いた時点ではクロバラ先輩はちゃんとレイ団長と合流し、錆人が兵士を偽って俺を誘き寄せたことを伝えたとまでは言っていた。
でもその続きをメイさんが居るからという理由で話さなかったのなら何かわかったことがあったのだろう。
「実は兵士の中で錆人と繋がっているという噂があるらしいの」
「え?兵士が?」
「ええ。でもどこから出たものかは兵士団長本人もわからないみたい。……全く。こういう重大な時に彼が部下を放っておいているツケが回ってくるのよね」
クロバラ先輩は大袈裟にため息をつく。俺は苦笑いでそれを宥めた。
レイ団長は放任主義で人間関係の適当さがある。あの人は才能を買われて今の地位に立っているから兵士団をまとめるという意思が無いのは俺も知っていた。
そのため会ったこともない副団長が苦労されているとか。
「でもあくまで噂話だからまだ兵士団長も動く気は無かったらしいの。でも私の報告を聞いて調査を開始すると言っていたわ」
「なるほど。当事者を見つけられればそこからはスムーズな気がしますが……期待はしない方が良いですね」
「そうね」
クロバラ先輩は腕を組んで静かに目を閉じる。
「私たちリメンバーは国家組織の盟友として力を貸してきた。なのに一部のバカによって裏切られるのはイラつくわね」
「スムーズに物事が進んで欲しいのと、噂話で終わって欲しいのとで半々です。この件で俺たちとの関係にヒビが入らなければ良いんですけど」
「もし国家組織と決別したら真剣に酒場を経営しなければならないわね。その際には姉さんを地下から引っ張り出して来なきゃ」
「そういえばゾンビ先輩がしていた火球の調査はどうなっているんですか?」
「ああ……」
するとクロバラ先輩は余計に疲れたような顔になってしまう。
終いには額に手を当てて廊下の壁に寄りかかってしまった。
「ま、まさか全然手をつけてくれてないんですか?」
「その逆よ。まずはヨザクラの証言から得た情報で火球を再現するんですって。人が包み込まれながら他の物には一切引火しない火球は姉さんでも知らないらしいの。私はこれからメイが幽閉されていたあの拠点に行って現場調査するんだけど……」
どれだけ嫌なことを思い出しているのかズルズルと身体を落としていくクロバラ先輩。
彼女がここまで追い詰められている姿は珍しい。俺はクロバラ先輩の次の言葉を覚悟するように唾を飲み込んだ。
「毎度のことながら人使いが荒くてね。それに今回は未知の実験になるから姉さんずっと興奮しっぱなしで、寝かせてくれないのよ」
「お疲れ様です。でも今回は実験台にならずに済んでるんですね」
「それが不幸中の幸いよ。でもわからないわ。翌日私が全身火傷を負っていたら察してちょうだい」
「は、はい」
ゾンビ先輩は何かしら検証が必要になった時にクロバラ先輩を使う。
妹という立場は扱いやすいのかもしれない。
もし今回も検証が必要でその結果全身火傷になってしまったらクロバラ先輩はしばらくミイラ状態になるはずだ。
ハニトラなんて絶対に出来ない。実験台にならないことを願っておこう。
「はぁ……姉さんは私を本当のゾンビかと思っているのかしら?この前の実験では危うく全身に蕁麻疹が出来るところだったし」
「確か尋問する時に使える自白剤の実験でしたね。即座に解毒剤を飲んだのでクロバラ先輩は助かりましたが」
「その前は小型ロケットで森に飛ばされたし」
「自動で安全な場所を特定して着用者を移動させてくれる小道具の実験でしたね。森に突っ込んで行ったクロバラ先輩を探すのに半日は掛かった記憶があります」
「……何で姉さんの実験台はいつも私なのよ!あれだけ溺愛している妹ならもっと優しく扱いなさいよ…!」
「あれがゾンビ先輩なりの愛なのでしょうね」
「ヨザクラ?」
「す、すみません」
もうこれ以上は何も言わない方が良さそうだ。
それにしても火球で実験台にされたら結構危険なものになりそうな気がする。
目の前で見た錆人たちが火柱に包まれていく様子は数日経った今でも鮮明に覚えていた。
ゾンビ先輩の興奮次第ではクロバラ先輩があの火柱に包まれることになるのか。けれど彼女なら大丈夫と思ってしまう謎の自信は何なのだろう。
未完成の自白剤の他にも実験として合法の薬を試し飲みし、身体を張って大量の小道具を試運転をしても生きているからかもしれない。
きっとメイさんのような一般人にはわからない感覚だ。
「……はぁ。そろそろ私は現場に行ってくるわ。貴方も検品が待っているんでしょう?頑張りなさい」
「はい。クロバラ先輩も頑張ってください」
「私はいつも頑張っているわよ…」
「そうですね。俺はそういうところも尊敬しています」
「ヨザクラ。貴方ハニトラは出来ないけど持ち上げるのは上手いわね」
クロバラ先輩は立ち上がるとフラつきながら酒場への扉を開ける。
年齢は俺より少しだけ上のはずだが足取りは老人のようだった。
そんなクロバラ先輩と戻ってきた俺を見てメイさんは心配そうに眉を下げる。俺はそっとしておいてあげてという意味を込めて首を横に振った。




