独白‐2
三題噺もどき―ろっぴゃくよんじゅう。
作り上げた山形の土台の上に、慎重にクリームを絞っていく。
細い線が途切れないようにゆっくりと確実に重ねていく。
栗の甘い匂いが鼻を刺し、なかなかにうまくいったと自負できる。
「……っし」
初めてモンブランをこの手で作ってみたが、その割には綺麗にできた。
後は、山のてっぺんに栗を乗せれば完成だ。土台が先日作って余ったタルトのモノなので、モンブランというか、モンブランタルトと言った方が正しいかもしれないが。
そんなものは、腹に収まれば一緒である。
「……」
もう一つの土台にも同じようにクリームを絞り、栗を乗せる。
それぞれを皿の上に乗せ、軽く白砂糖を振りかける。
今は多分、あの人も糖分を欲しているだろうから甘めでちょうどいいだろう。
後は、お湯を沸かしておいて……。
「……」
電気ケトルに水を入れながら、リビングにかけられた時計を見る。
外はとうの昔に真っ暗になり、空にはかなりかけた月が浮かんでいる。
いつだったか、あの月をみてオムライスが食べたいと言っていた。食い意地が張っているわけでもないだろうに、たまにそんなことを言う。
「……」
使った道具類を洗い、水切りラックに置いていく。
片づけるのは食べてからにしよう。明日の仕込みもしておきたいから、また使う道具もある。
そろそろ時間も頃合いだし、あの人を部屋から引っ張り出さなくては。
「……」
濡れた手を拭きながら、キッチンから廊下へと向かう。
電気の消された廊下は真っ暗で何も見えない……わけでもないのだが。
電気をつけて、進んでいく。
ギシと、時折なる廊下の音に、この家も古いのだなと思う。見かけは綺麗だからそんなことはないんだろうけど。住めば劣化もするだろう。
「……」
先週から仕事に拘束されているあの人は、今日も今日とて起きて朝食を食べてすぐに仕事に取りかかった。
本人はたいして気にしていないようだが、あまりにも根詰めすぎると体を壊すと言うことをいい加減覚えて欲しいものだ。
「……」
先日、先方にそれとなしに脅しをかけたのが功を奏したのか、緊急であれもこれもという仕事はなくなったようではあったが。
そうでなくても、この時期は仕事が多いので、机に拘束されている時間がいつも以上に長い。
あの人が欠かさず行っていた散歩もできなくなっている時点で、詰めすぎだと思うのだけど、大丈夫だと言う。
何が大丈夫なのかまったく分からないので、こうして休憩の時には引っ張り出すのだけど。
「……」
部屋の中の気配が、全くこちらへと意識が向いていないことを確認し。
戸の取っ手に手をかけて、容赦なく開く。
ノックをしろと言われるが、しなくても気づくはずなのでしない。
「ご主人」
「……」
声を掛けた先には、似合わない眼鏡をしたご主人が机に座って、キーボードを叩いていた。
相当集中しているのか声掛けに対する反応がない。いや、一応耳はこちらに気づいたのかピクリと跳ねた気がしたが、顔はこちらもみもしない。
相当疲れがたまっているようだ。この状態で大丈夫だとかぬかすのだから信用ならないだろうどう考えても。
「……はぁ」
一歩、部屋にはいり様子をうかがうが動く気配はない。
ならばもう強制的にこちらを向いて、休憩に向かってもらおう。
水でぬれたせいで冷えた指先で、髪の隙間から覗いている耳の先に触れる。
「――!!!」
ビク―!!と面白いぐらいに体が跳ね、キーボードから手が離れる。
何事とでも言うように、こちらが触れた耳に手をやり、やっと視線が合う。
「ご主人」
「あ、あぁお前か」
ほっと胸をなでおろしながら、椅子に座りなおし時計を見る。
「……こんな時間か」
「はい。休憩をしましょう」
「そうだな」
ここでまた駄々をこね出したら引っ張りだすつもりだったが、素直に聞き入れてくれたようでよかった。一応従者の身ではあるから、引っ張り出すと言う強硬手段は取りたくないものだ。一応。
「今日は何を作ったんだ」
「モンブランです」
「また凄いものを……」
固まった体をほぐしながら、問うてくる声に応える。
その声が聞こえることがどれだけの事か、この人には分からないだろうが。
そういうのを見せると調子に乗るので、この密かな思いは底にしまったまま。
変わらぬ日々をこれからも過ごしていく。
「ん、うまいなこれ」
「甘めにしましたが、大丈夫でしたか」
「あぁ、丁度いい」
「それはよかった」
お題:拘束・モンブラン・明日