いつか逢えれば
夢を見た。
彼に逢う、夢を。
処刑される直前、彼に出会えた。
私は。
彼のためにここまで堕ちた。
「騎士団長、さん…愛してるわ…。」
私は、ずっと。
大好きな人がいるの。
その人はね、騎士団の団長さんで、団長さんなのにスラっとした体形で、少しはねた短い髪が、私のお気に入り。
その人は、幼馴染でも何でもないけど、一度だけ、話したことがある。
私の社交界デビューは、少し特殊だった。なぜなら、私は珍しい瞳と髪の組み合わせだったから。両親が天使と悪魔だったから。天使はピンクの瞳を持つものが多く生まれ、悪魔は漆黒の髪を持つものが多く生まれる。私はピンクの瞳に漆黒の髪。両親の血が色濃く出ているのだ。
私は異質だった。
涙もピンクだし、髪も染めても染めても黒以外の色にはならない。
そんな私が社交界デビューをしたところで、注目の的にされるだけだった。それが嫌で嫌で、私は高い木の上で、隠れていた。
「———お嬢さん。風邪ひきますよ。」
男性にしては少し高めの声。その声が、突然耳元から聞こえた。
「っ…!葉っぱもさもさのところに来たのになぜ見つかった…!?」
ぎょっとしながら心臓バクバクの状態で胸の前で手を握りしめながら私は独り言のように彼に聞いた。
「あなたの漆黒の髪が、緑の葉っぱから見えていたので。何事かと思い。」
てへ、と笑う彼は白銀の髪をしていた。私がうらやましくて仕方がない、漆黒じゃない色。
「こ、ここは私の場所です!私が一番早く来たので私の場所です!!」
「…?では、お邪魔します。」
「へ?あ、はい、どうぞ…?」
この人、変人だ。
私は直感でそう思った。
「ここは星がよく見えますね。」
「!!ですよね!私、星の名前とか全然わからないんですけど、綺麗だなって。見ていくうちに私まで溶け込んでいってしまいそうで…神秘的です。それに、星って空が曇ってたり雨が降っているときには見えない輝きがあって…。」
「…。」
しまった、熱く語りすぎた。私は我に返りそっと彼の顔色を伺う。彼は、驚いた顔をしていた。
「え?」
「え?」
「なんで驚いてるの。」
「それはあなたがいきなりこっちを見てきたからに決まってるでしょう。」
「あ、私のせいなのね?」
「そうですあなたのせいです。」
「えー肯定しないでよ。」
「でも事実ですから。」
「何てこと!!」
「ぷ、あははは!!」
「なーんで笑うのよ!」
「面白いからですよ。」
「…ふーん。よく、わからない人ね…。」
それからは何も話さず、私はしばらくして寝落ちした。
そう、寝落ちした。
もう一度言おう。
寝落ちした。
そのあとは気づいたら自宅のベットで寝ていた。
やらかした、と思ったのは状況把握を完全にしてからだった。
その日から私は頑張って淑女教育に泣く泣く励んだ。話を聞いた両親が馬鹿にしたように、面白そうに見てきたからだ。そして、彼に馬鹿にされないため。
「ふはははははは。」
「うふふふふ。」
今なら彼に汚名挽回することができる。
その矢先だった。
「私に縁談…?」
信じられない。私は彼しか目にないというのに。
そんな私の心情を察したのか、母はコロコロ笑いながら言った。
「その彼よ。」
「え?」
「その彼だ。」
父もガハガハ笑いながら言った。
「ええ?」
「おや、大丈夫ですか、お嬢さん。」
その声は。
「騎士、団長さん…。なぜまた背後に。」
「あれ、私の職業言いましたっけ。」
「言ってないわよ。」
「ではなぜ。」
「調査で。」
「まさかストー…。」
「わーわー聞こえないいいいい!」
再会では淑女教育の賜物どころか、汚名挽回すらできなかった。
「よろしくお願いしますね、お嬢さん。」
それから私と彼の婚約はとんとん拍子に決まり、気づけばあれだけ願っていた彼の隣に私はいた。
「あらあ…?」
この状況についていけないのは私だけらしい。
両親はほほえましく私を見ていた。
彼との日々を過ごすうち、彼は人並み以上の努力をしていることが分かった。誰よりも強くなろうと、無我夢中で騎士の道を究めていく。私は彼をできるだけ応援した。
彼が背負うものを、知らずに。
それは、突然の事だった。
「戦争、ですか。」
「……ああ。」
婚約者が、戦争へ行くことになった。
騎士団長であるため、前線に立たされることになる。
今回は隣国の大国が小国であるこの国を攻めてきたという。
つまりは、勝率が著しく低く、高い確率で、この戦争に我が国は負ける。
「あ…えと…。」
なんといえばいいのだろうか。
行かないで?それは流石にダメだろう。
じゃあ、待ってる?高い確率でこの国は負けるのに?
負ける。じゃあ彼は…
死ぬの?
「あ、あ…。」
「…。すみません、直前すぎましたね。私としたことが。いけませんね、こんな私ではあなたの婚約者失格です。」
彼は手袋をはめ、剣を鞘に納めながら、———戦争へ行く準備をしながら言った。
そう彼は、私に戦争に行くことを当日に言ってきたのだ。
あと数分でのお別れ。
いったい誰が冷静になって彼に言葉を送れるというのだろうか。
「私はですね、あなたと出会えてよかったと思っています。あなたとなら、こうして友達のように過ごすこともできましたし。良い程度で暇つぶしにもなりました。このような形で別れるというのはすこし心苦しいですが、この後は好きなように。幸せに、過ごしてください。戦争が終わったらまた、婚約者でも作って結婚して、子供を産んで。幸せになってください。」
普段はあまりしゃべらない彼が、長々と一息に喋る。その顔に表情はない。
私は、嫌だなあ、と思った。
彼の言うその「幸せ」の中に私はいても彼はいない。
だって彼は戦争に行くから。
私が黙っていると、彼はそっと私の頬に手を添え、笑いながら言った。
「いつもみたいに笑ってくださいよ。」
笑ってください?どうしてあなたはそんなに苦しそうに、泣きそうな顔で笑っていられるの?
正直に言ってよ。
貴方は、私のことを愛してた?
「…うるさいなあ。笑っているじゃない、ですか。」
泣いてしまう。自然と涙が一つ、二つとこぼれていく。
「そう、ですか。」
「騎士団長さん。私、待ってますからね。」
「…待たなくていいですよ。時間の無駄だ。」
「いいんですよ、私が待ちたいんですー。」
「…。」
彼が困ったように顔を伏せる。
私は、馬鹿だから。だから、何もわかってないと思っているのだろうか。
いや、全部わかっててこんなことを言う私はたちが悪い。
でも、最後くらいわがまま言ってもいいですか。
貴方の反応を、見ていたいから。
私の好きだったあなたを見ていたい。
これから先もずっと幸せが続くと思っていた。
でもその幸せがかなわないのなら、私があきらめるしかない。
願っても事実は変わらない。
悔しい。
悔しいけど、仕方がない。
けど、あなたは。
「…わかりました。じゃあ、お約束です。」
「騎士団長さん!」
「何ですか。」
「私の事。愛してくれてました?」
彼が目を見開いた。口を開いては何も言わずに閉じる。
そして、決意を決めたようにゆっくりと言う。
「まあ、友達程度には。」
「ふふ。ありがとうございます、騎士団長さん。あ、そろそろ時間ですね。」
「ああ確かに。それでは、…。」
「?どうしましたか。」
「っ、いいえ。」
「行ってきます。」
彼は、そう言って屋敷を出ていった。
「…騎士団長さん。愛してるくらい、言ってもよかったんじゃないですか…?」
いや、私の存在が言わせなかったのか。
彼は、手袋の下に婚約指輪をつけていた。私と彼の婚約指輪。
「何でつけてるのよ。私のことを友だち程度度かヒマつぶしとか言ってるのに。馬鹿…。」
メイドはその時の私の顔を、愁いを帯びた、憎しみの顔をしていたといった。
「私、出かけるわ。」
「え、今からでございますか、奥様。」
「ええ。ちょっと…王城へ。両親の伝手があるの。」
———きっと、彼は私のことを愛していてくれた。
◇◇
「キブシ。別れは言ってきたのか。って…泣くほどかよ。」
キブシは騎士団長だ。今は、この地位がただただ憎らしい。傍にいる副団長に思いを吐露する。
「もう、会えないんだ。」
「…。」
「もう、あの声を聴くことも、あの笑顔を見ることさえかなわなくなってしまった。」
「そうだな俺もだよ。」
「私以外の誰かと寄り添うなんて。私は、私が、彼女を幸せにしたかった…!」
「死ぬことなんて考えるな。俺だって……。」
「……………してたんだ。」
「あ?」
「愛してたんだ。」
待つ、と彼女は言った。けれど私が彼女に会える日はもうきっと来ない。
ずっと大国との戦争は来るとわかっていた。けれど、彼女と結婚してから、子供を産んでからくると過信していた。これもすべてはあの小国の王のせいだ。殺してやりたいくらいには憎らしい。自分が大国と小国の騎士団長として戦うのは彼女のためだ。彼女———シオンのために。
彼女には幸せになってほしい。そんなことを思いながらいまだに婚約指輪をつけたまま、戦場へと来てしまった。あと数刻で、戦争が始まる。
行かないでと、嫌だと言ってくれれば、私はあなたを抱きしめたのに。手を伸ばせば、彼女に手が届いた。しかしそれをしなかったのは自分だ。理性が、彼女を私に縛るなと言っていた。
手を伸ばせば…。
戦争開始の合図が、けたたましく鳴り響いた。
それは、キブシに重くのしかかった。
二度と会えない愛しい人。彼女に会うために戦う。例え、彼女が別の男と幸せになっていても。
もしもの話だ。逢えたらの話。逢いたいと願っても、あきらめるしかない。
彼女の家は侯爵家。それに対し自分は伯爵家の次男。身分差があったものの、何とか婚約まで漕ぎついたというのに。
まだ死ねない。
まだ、死ぬことはできないんだ。
すべては、彼女に会うために————。
「「 」」
◇◇
「お前の脳を―――恨め。」
初めてのあの肉体を刃物で痛感させる感触は気色悪いものであり、快感であった。
「本当に、むかつく。」
宰相を、大臣を。
王妃を、その子供を。
王位継承権のあるやつらを全員。
ただ一人、齢4歳の子を攫い、闇に溶け込むような漆黒の髪を持つ女は大量殺人を犯した。
「…この肉体は便利だわ。どうせ、死なないもの。」
◇◇
大国は、小国相手に手間取った。それは、小国の騎士団長が手ごわかったからだ。いくつもの傷を受けているはずなのに、スラっとした体形にはもう限界のはずなのに。苦戦を強いられたのだった。
小国は大国の属国になることが決まった。今いる王族も王を失い政権が崩れ、実質力を持たない国は大国のいいなりにしかなれなかった。
後に大国の将軍は小国に勝った際にこう言っている。
「あーなんだ、ほら小国の王とその親戚。天使と悪魔のハーフの奴に殺されたとか。まああの愚図な小国の王には当然の罰だな。」
◇◇
「おい、死ぬのか、お前。…キブシ。」
「…流石、に、限界…が、きた。嫌だ、まだ…死にたくない…の、に…。元々、あの国に、忠誠…など、ない…。ただ、私…は…。」
息も絶え絶えになっている。もう、その時が近いのだ。
副団長がドカッと横に座る。全身血まみれだ。
「あの子に…シオン、に…手を、伸ばせば…。」
その時だった。キブシが、謎なことを言い出したのは。
「シ、オン…?」
「 」
「…!私、も…愛、し、てる…………。」
「———キブシ?」
副団長は、そっとこの戦場で共に戦った戦友の顔を覗き込んだ。
「っ、幸せそうな顔しやがって…。」
そこには幸せそうにほおを緩ませた、顔も体も全身包帯だらけの戦友が冷たくなっていた。
同刻、大国に引き渡された悪女は小国の王の殺人で処刑された。
その悪女はとても美しく、ピンクの瞳と漆黒の髪をしていたという。
その戦いは、大国に名を残した。
また、小国の騎士団長の栄光は生き残った小国の民に伝えられ、小国の悪女も共に歴史に名を残した。
二人の墓は、生き残った騎士団長の戦友によって隣に作られたという。
お読みいただきありがとうございました。