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番外編短編・2020年の蘇

 マスクも自粛もウンザリとしていた。


 2020年、春。


 コロナのせいで学校のイベントも中止が相次ぎ、自粛を強制されていた。街に出ても飲食店や商業施設も閉まっていて、誰もいない。むしろ今、一人で街に出た方が安全なんじゃないかと逆説的な事を思ったりした。


 和子はため息をつきながら、部屋でコロナの報道を調べていた。


 家族はこの騒ぎにパニック状態だった。とりあえず、父は仕事で借りてるマンションへ行ってしまった。和子の父親の田嶋裕司は作家だった。といっても異世界転生ファンタジーを書いているライトノベル作家だ。何年も純文学系の作家を目指していたが芽が出なかったが、2013年から2014年ごろ、異世界転生して日本食を広める話を書いて、作家デビューした。元々小説家になろうで書いていた作品だったが、メディアが「日本すごい」ブームもやっていた頃だったので、作品の内容もそこに合っていたようだ。また、この年代からネット小説もブームになり始めたので、父はうまく時流にのれたといえよう。まあ、収入がない時はバイトをやっているが、アニメ化もできたし、今は定期的にエッセイやノベライズの仕事などもあるようだった。


 そんな父だが、コロナ脳だった。ネットではコロナを過剰に怖がり、対策を強要する人をそう呼ぶそうだが、父の特徴によくあてはまる。マスクは二重にし、手荒れするほどアルコールで消毒していた。家族にもこれを強制するから参ってしまう。和子も家で自粛する日々となった。家族旅行も全部キャンセルになった。


 ちなみに和子の母・成美はリモートで仕事ができるので家にいる。通勤電車から開放され、なんだか少し楽しそうにパソコン画面に向かっていたが。


「お父さん、どうしてあんなにコロナ脳なの?」

「まあ、仕方がないわよ。諦めましょう」


 そんな会話も母とする。母は苦笑して父のコロナ脳っぷりを受け流していた。意外とスルースキルというか、器が広い。そうじゃなければ作家の妻なんて出来ないのかもしれないが。


「成一おじさんのところのカフェは心配だね」


 和子はコロナに罹るよりも、その事が心配だった。家族ぐるみでカフェ店長である平野成一は、和子も親戚のおじさんのように慕っていた。成一のカフェは、両親が付き合うきっかけとなった店みたいで、和子も一人で何度も通っていた。常連しか食べらない裏メニューを出してくれたりする。


 今はコロナで飲食店叩きも加熱している。和子は心配になり、一人で成一の店に行くことにした。


 父は止めてきたが、こんな時に知り合いの危機が心配にならないんだろうか。和子は疑問でしかない。ちょっと父に反抗したい気分もあり、一人で成一の店に向かった。


 成一の店は、駅のそばの飲食店街にあったが、どこも閉まっていた。中には嫌がらせのチラシも貼られている店もあり、良い気分はしない。


「あ!」


 成一の店もチラシが貼られていた。白い壁の可愛らしいカフェに「コロナ広めるな!」「陰謀論者!」というチラシも貼ってある。


「コロナ広めるな!」はわかるが、「陰謀論者!」とうチラシはどういう事だろう。


「成一おじさん!」


 和子は急いでカフェの扉を開き、店に入った。成一の店は観葉植物や花もいっぱい飾ってある。イエローの壁も明るく、楽しい場所だ。アルコール消毒、アクリル板、マスク着用のお知らせポスターなどは似合わない。成一の店は普段通りで、コロナっぽいものは何もなかった。通りで陰謀論者というチラシが貼られているわけか。コロナは茶番といい、感染症対策をしない人は、ネットでは陰謀論者と言われていたが。そうは言っても成一はちょっとミーハーで流行好きのおじさん。宇宙人とかQアノンなどの陰謀論の話題は成一の口から一度も聞いた事はない。


 そんなカフェを見ていると、和子はホッとした。この空間だけはいつも通り。ちょっと平成時代に戻れた気もする。和子はマスクを外し、スカートのポケットに突っ込んだ。


「成一おじさん、大丈夫?」


 和子は店のテーブルの席につき、何か食べている成一に話しかけた。皿の上に食べかけのクッキーがある。


「ええ、全然大丈夫です」


 そうは言っても成一の顔は疲れていた。客も来ないだろうし、嫌がらせも受けているようだ。大丈夫なわけがない。日本人は礼儀正しく真面目というが、人によるだろう。こんな嫌がらせをする人がいると思うと、余計にそう思う。


「でも私は、いつも通りに運営します。人と距離をとって無言で俯きながら食事するカフェなんて、どう考えてもおかしい。人を汚いもののように扱ってるみたいだ。我々はバイキンじゃない」


 いつもは穏やかでおっとりした性格の成一だったが、今日はやけにハッキリと話していた。人それぞれ色々な考えがあるのだろう。父のようなコロナ脳になるのも仕方ないし、成一のようにカフェを守るための考えも否定できなかった。何が正解かはわからない。この騒動は学校のテストのように決まった答えは無いのかもしれない。それでも困っている人は放って置けない。和子は成一に出来る事を考えてみた。


「成一おじさん、動画撮ってみたら? 今は自粛中だから、ホームべイキングも人気なんだって。蘇っていうお菓子も流行ってる」

「お菓子?」


 お菓子と聞いて成一の目がキラッと輝いていた。やはり、こんな時期でもカフェ店長だ。


「うん。今はコロナで牛乳が余ってるでしょ。牛乳を弱火で温めて固まったのを冷やすと、蘇っていうお菓子が出来るの。平安時代のチーズでネットで話題になってたよ。自粛中に作るのにぴったりだって」

「蘇か。良いかもしれない」

「で、蘇を作ってる動画撮ってTikTokとかインスタで配信しても良いと思うんだ。お店の宣伝になるかも」

「それは良いアイデアだ」


 落ち込んでいるように見えた成一だったが、この和子の提案に乗ってきた。さっそく動画を撮る事になり、軽く台本なども作っていく。数日かけ何とか動画を撮り終え、蘇もカフェで試食して見る事にした。


 牛乳を弱火で煮て冷やして固めただけ。香りもミルク、見た目はレアチーズのよう。


「甘くはないね」

「ハチミツかけてみたら?」


 ハチミツをかけると、案外美味しかった。平安時代のチーズというと全く味が想像できなかったが、レアチーズケーキに近い感じだ。


「とりあえず動画はうちのパパに頼んで編集してもらう」

「和子ちゃん、いいの?」

「うん。うちのパパはコロナ脳だけど、おじさんの事は無視してるわけでも無いと思う。パパは創作論の動画とかも作ってるし、字幕とかやってくれると思う」


 そう言うと、成一は目元をうるうるとさせていた。


 人々が距離をとり、なんとなく壁が出来始めた2020年。それでもずっとこのままでは居られないと思っていた。


「成一おじさんは愛さんとはどうなんですか?」


 成一には飯田愛という恋人がいた。おじさんとおばさんカップルで二人ともいい歳だが、結婚する雰囲気はない。というのも愛はキリスト教の宣教師の仕事をしていて、海外を飛び回り、成一もなかなか踏ん切りがつかない状況だと言う。


「もしかしたら、愛は帰国するかも」

「そうなんですか?」

「ええ。コロナの影響みたいですねぇ。正直私はコロナは茶番だと思っていますが、こればっかりはグッジョブです」


 愛の事を語る成一は、いつもより目が生き生きとし、嬉しそうだった。


「愛さんと結婚できたらいいね。というか、宣教師って結婚できるの?」

「愛は神父でもシスターでも無いですからね」

「だったらよかった。あとはコロナ騒動が終わるだけだね。ぶっちゃけパパみたいに大騒ぎしている人が落ち着けば終わるよ」

「ですねぇ」


 二人で苦笑しながら、再び蘇を食べた。


 こんな事情で蘇を食べるのは今年だけになるように。そう願っていた。

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