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2018年のチョコミント

 平成が終わるらしい。次の元号の予想なども騒がれていたが、なんとなくピンとこない。


 今は2018年。


 最近は大型台風や北海道の地震のニュースが気になり、どうでも良いというのが本音だった。


 緑川朝子は、実家のリビングでぼんやりとニュースを見ていた。


 両親はもう会社に行ってしまったが、朝子はのんびりとニュースを見ていた。


 前の会社が色々あって失業し、今は転職活動をやっているところだった。ただ、アラサーノースキル女性の転職は厳しく、苦戦中だった。今はマスクの製造会社の正社員に応募していたが、まだ返事はなかった。


「安室ちゃん、引退かぁ」


 テレビのニュースは、平成の歌姫・安室奈美恵の引退のニュースを映していた。最後のツアーのライブ映像も流れていた、相変わらず煌びやかで可愛い安室奈美恵の姿がある。


 朝子も小学生や中学生の時は、好きだった。その後、浜崎あゆみやGLAYなんかにハマったので、アムラーというほどファンではなかったが、やっぱり今見てもも可愛い。あの小顔やスタイルは何回見ても憧れる。


 でも引退してしまった。


 子供の頃は、こんな歌姫が引退するとは夢にも思わなかった。


 それだけじゃない。適齢期には結婚し、優しい旦那様と子供も居るものだと信じてした。


 それが今は、転職活動に苦戦中の実家暮らしのアラサー女。色々とヤバいという事はわかるが、実家暮らしは楽だし、仕事も選ばなければ何でもあった。二十代は介護の仕事もしていた事もあったし、確かに選ばなければ仕事はなんでもある。世間体的を気にしなければ、実家暮らしでも問題ない。


 それでも何か違和感がある。ぬるま湯な生活を送っていても、別に悪くはないのに、何か足りない気もしていた。


 テレビは、安室奈美恵のニュースが終わり、DA PUMPのU.S.A.が流れていた。朝子の世代からすると、DA PUMPは昔から活動しているダンスグループのイメージだが、若い子には新鮮のようで、大ヒットしているらしい。朝子が知らないメンバーもいて、だいぶ驚く。


「はあ」


 エンタメも変わっていく。時代も変わっていく。

 それなのに、実家暮らしでぬるま湯生活を送って良いのか、分からなくなってきた。


 今日は転職活動もない。一日、空いていた。ずっと憂鬱でいるわけにもいかない。今日は、どこかに出掛けようと思った。


 そうは決まったら、朝食を片付け、身支度をする事にした。着替え、洗面所でメイクをする。最近は、眉毛を太くし、良い女風のメイクが流行っているが、どうもこなれない。女子高生の時のように細眉でスパイシーなメイクが懐かしいと思ったりするが、今はそんなメイクも出来ないだろう。結局、無難なナチュラルなメイクでまとめ、前髪を巻いた。すだれっぽい前髪にし、今風にしてみたが、やっぱりどうも違和感がある。


 そういえばネットでは、「子供おばさん」という言葉を見たことがあった。実家暮らしで、非正規雇用で働き、親に甘えているアラサーやアラフォー女をそう呼ぶらしい。そんな言葉を思い出し、また憂鬱になる。自分の生き方を責められているような気分だった。だからと言ってこの生き方を肯定しているわけでもなく、どこか違和感もあるのも事実だった。微妙な憂鬱な気分だ。せめて仕事が決まってくれれば良いのだけど……。


 再び、微妙で憂鬱な気分を抱えながら、身支度を終え、外に出る。GUで買った小さなカバンを持つ。ネットの恋愛カウンセラーをしているインフルエンサーが、小さなカバンを持つとモテると言っていた。こんな情報を鵜呑みにしてしまう自分も、なかなか嫌だ。当然のように恋愛もご無沙汰状態だった。


 外は綺麗な秋空だった。薄い水色にふわふわとした雲が浮いている。季節はだんだんと秋に向かっていたが、まだ暑い。毎年、暑さが厳しくなっている気がするが、地球温暖化しているのかもしれない。


 そんな事を考えつつ、家がある住宅街を抜け、駅に向かう。外出といってもする事はなく、結局、駅近くの商業ビルへ向かう。別に朝子の住む町は、田舎でも都会でも無いが、駅前はそこそこ栄えていた。


 今日は平日だが、主婦らしき女性などで駅ビルもそこそこ混み合っている。デパートほど敷居は高くなく、そこそこの品揃えのある駅ビルは、庶民のちょっとした遊び場としては優秀なのだろう。朝子も駅ビルの商業施設は嫌いでもなかった。


 プチプラが揃った化粧品の店やナチュラル派の雑貨屋などを見て回る。特に欲しいものはなく、実際買い物もしなかったが、見ているだけで楽しい。微妙で憂鬱な気分は、だんだんと和らいでくる気がした。


 次に書店に向かう。ワンフロア全部書店で、そこそこ大きな店だ。中高生ぐらいの時は、自宅の周辺に個人経営の書店があった。そこで参考書やジャニーズアイドルの雑誌をよく買っていたものだが、いつの間にか潰れてしまっていた。書店だけでなく、弁当屋や文房具屋も潰れてしまった。確実に時代は変わっているようだ。


 書店の漫画コーナーへ行く。朝子は意識高い本よりも漫画が好きというのが本音だった。もっともヲタクになるほど一途に好きではないが。


 一番目立つところでは、さくらももこの追悼コーナーもできていた。「ちびまる子ちゃん」が全巻山積みで最新刊の17巻もたくさん置いてあった。


 懐かしい。


 朝子も子供の頃、好きな漫画だった。アニメも毎週見ていて、ケラケラと笑っていた。小学生の日常漫画だが、「あるある!」と共感できて、笑える。ちびまる子ちゃんが描かれた世代と朝子の世代は違うが、なぜか共感力を刺激される漫画だった。クラスでも人気な漫画で、野口さんやに似たキャラクターの子は、何となく笑われていた事も思い出してしまった。


 もう子供時代のようにケラケラと無邪気に笑えない。そう思うと、何とも切ない。あの野口さん似たクラスメイトを笑う気分もなれなくなってきた。今の自分の状況も十分、ツッコミどころが多かった。


 安室奈美恵も引退した。


 さくらももこも亡くなった。


 子供時代から青春時代に好きだったものが、少しずつ無くなっていっている気がした。こういったエンタメだけでなく、平成も終わる。時代も少しずつ動いている。いや、急激に動いているのかもしれない。


 そんな事を思うと、これからの未来もさほど、希望も持てなかった。


 気分転換の為、外出したわけだが、やっぱり少し憂鬱になってきた。


 朝子は書店では何も買わず、駅ビルを後にした。住宅街に入り、帰ろうとしたが、お腹が減ってきた。何かちょうど良いカフェのような店があれば良いのだが。


 そう思った朝子は、スマートフォンを出し、適当に店を検索した。ファストフードや定食屋は気分ではない。お腹は減っていたが、ガッツリ食べたいわけでもない。今の気分ではカフェだった。


 すると、駅ビルの裏手にある裏道のカフェがあるのがわかった。この辺りはラーメン屋や弁当屋などの飲食店賀多いが、白くて可愛い外観のカフェだった。口コミによると六十歳近くのダンディなおじ様が経営しているお店らしい。スイーツが美味しく、おじさま店長も気さくで優しいという。名前はカフェ・未来という店だった。未来というとちょっと引っかかるワードだが、口コミの評価は高い。


 そんな口コミを見ていると、このカフェへ行っても良い気がした。


 さっそく駅ビルから裏道に入り、カフェ・未来を探した。裏道は、野良猫がうろちょろし、人も少なめだ。これは多分、平日の昼間だからだろう。


 ラーメン屋や弁当屋、定食屋などの飲食店も立ち並ぶ。ごちゃごちゃとした裏道だったが、この辺りは戦争で空襲を免れた為、戦前の細い道がまだ残っているらしかった。


 ラーメン屋は夜からの営業のようだが、煮干しや出汁に良い香りがした。弁当屋は大学生や会社員らしき人で行列ができていた。こういう町の個人経営のお弁当ってなぜか美味しく、行列が出来る理由もわかる気がした。


 そんな飲食店街のすみにカフェ・未来があった。白くて小さな外観で、控えめに小さな看板も出ている。店の前には、黒板式の立て看板もあり、オシャレだ。この看板の周りに野良猫がうろついていたが、朝子が近づくと、ちょっと睨みつつ、逃げていった。


「何なの、あの猫……」


 ちょっとイラッともしたが、野良猫はそう可愛くないものだと気づく。


 看板を見ると、今日はサンドイッチがオススメらしい。ちょうど食べたいものだ。


 さっそく店内に入る。木製のシックなドアを開けると、ドアベルがなる。


「いらっしゃいませませ」


 カウンター席にいる店長から明るい声がした。なぜ店長かわかったというと、口コミサイトに載ってある写真と同じだったからだ。


 やや濃い目の顔立ちにグレイヘアが特徴的だった。シャツにジーンズ、エプロン姿というのは、顔立ちに比べてラフ過ぎる気もしたが、その分気さくに見える。平成初期ぐらいにブームだった俳優の一人に似てる気もしたが、誰だったか思い出せない。


 朝子はとりあえずカウンター席の端っこに座った。


 店内は予想通り、広くはない。カウンター席と四人がけのテーブル席が二つあるだけ。


 壁紙は黄色く、何となく明るい雰囲気だ。観葉植物も多めで、テーブルの上には花瓶に飾られた花も鮮やかで、居心地はいい。


 テーブル席は常連客っぽい女性の集団が居座り、大声で話していた。初めはちょっとうるさいと思ったが、このカフェの雰囲気だったら、このぐらいの賑やかさも悪くない。


「いらっしゃいませ、お客様。メニューとお水です」

「ありがとう」


 朝子は店長からメニューと水を受け取る。メニューはスイーツ系も豊富にあった。ティラミス、パンケーキ、メロンパン、チーズタルトなど。メニューブックの手描きのイラストが素敵で、思わずスイーツも欲しくなる。特にチョコミント味のアイスが可愛い。映える。最近はSNSの映えるのも重要なので、チョコミントのような見た目のインパクトがあるスイーツも人気らしい。チョコミントも少し前からブームだ。


 SNSはほ熱心にやっていない朝子だったが、見栄えの良いチョコミントは気になる。


「すみません」


 朝子はカウンターの内側でコップを磨く店長を呼び止め、注文した。サンドイッチだけでなく、アイスコーヒーとチョコミントも頼む。チョコミントは、食後に持って来て貰う事にした。


「うちのチョコミントは濃いよ?」

「え?」


 店長はニコニコ笑いながら、そう言う。シワがある目尻は、さらに深くなっていた。


「ええ。うちのチョコミントはスパイシーです。覚悟はいいですか?」


 これは挑戦?


 しかし、メニューブックのチョコミントは、どy見ても美味しそうだ。


「是非、注文したいです」


 なぜか挑戦の受けて立っていた。こんな刺激的なチョコミントを食べれば、現状が打破出来たりする? 実家から出て、仕事も決まって、子供おばさんから脱却できる?


 そんな事は無いだろうが、久々に何かを挑戦しても良いんじゃないかと思っていた。


「ええ。わかりました」


 店長はそう言うと、厨房の方に行ってしまった。まず、アイスコーヒーを持ってきた。しばらくアイスコーヒーを啜っていると、サンドイッチを持ってきた。


 メニューブックと違い、皿いっぱいのサンドイッチだった。玉子、ハム、ツナマヨだけでなく、ハムカツサンドもある。ハムカツサンドは、ジューシーで肉厚だった。


 思わずぜんぶ食べられるか不安な量だったが、挑戦しようと思った。ここはしっかりと食べたい。


「ありがとう。いただきます」


 サンドイッチは、見た目通りにボリュミーだった。どれも具がぱんぱんに入っているので、ずっしりとお腹にたまる。


「うちは大学生や外国人のお客様もおおいからね。量が多いんです」


 なかなか苦戦している朝子を横目に、店長は穏やかに笑っていた。あまりのも涼しい顔で笑っているので、朝子も負けたくない気分だった。


 そして、どうにかサンドイッチの山を乗り切ったところ、店長がチョコミントを持ってきた。


 量が多かったらどうしようかと思ったが、チョコミントは、小ぶりのガラスの器に上品に盛られていた。


 緑と茶色の独特な色合いが派手だ。上には、ミントに葉も一枚トッピングされているせいか、ツンと刺激的な匂いもする。


 チョコミントは、歯磨き粉の味というものもいるが、その香りはもっと鮮やかで生っぽかった。人口香料は使っているのか不明だが、歯磨き粉とはちょっと違う気がした。


「どうぞ、召し上がれ」


 店長は、穏やかな笑みで話すと、常連客の方へ行き、何か雑談をしていた。一人にしてくれたよう。


「いただきます」


 平たいスプーンを掴み、チョコミントをすくう。近くで見るチョコミントは、確かに映える色合いだった。若干ミントの分量の方が多いかもしれない。


 なぜかドキドキが止まらない。


 バニラアイスやイチゴアイスのように優しいアイスには無い刺激がこのアイスのはある。


 確かにミント成分が濃いアイスだ。チョコはほんのおまけ?


 それでも、なぜかスプーンは止まらず、完食してしまった。


 このメントールのヒリヒリとした刺激。


 今の時代は、確かに明るくない。災害もあったし、子供の頃好きな歌手や漫画家もいなくなってしまった。


 平成が終わって次の世の中も良い時代とは言い切れない。もっと悪くなる可能性もある。もしかしたら世界が終わっても不自然ではない。


 それでも。


 このピリピリと刺激的なアイスを食べていると、マイルドなアイスは、もう食べたない。もうぬるま湯に浸かっているのも、終わらせても良いかもしれないと思い始めていた。


 だってこんなアイスでも、ほんのりと甘い。悪い事ばっかりでも無いのかもしれない。明日から転職活動を頑張ろう。転職先が決まったら、一人暮らしの準備もしても良いかも。


 チョコミントみたいに刺激的で、ほんのり甘い未来を求めたくなってしまった。もうぬるま湯は良い。そんな生活は、平成とともに捨てておこう。


「ご馳走さま」


 気づくと、チョコミントは綺麗に完食していた。なぜか側に店長がやってきて、ニコニコとしていた。


「気に入っていただけましたか?」

「ええ。なぜか生き返った気分」

「それは良かったです。DA PUMPだって再ブレイクしましたからね」


 店長は意外と流行り物が好きなのか、軽くフリをつけながらU.S.A.を口ずさんでいた。見た目がダンディなおじさまが、流行の歌を歌っているとギャップで微笑みたくなる。


 何だか気が抜けて来たが、もう憂鬱な気分は散ってしまっていた。


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