2011年のかき氷
2011年3月11日。
その日、岡崎美絵は、一人で家にいた。数日前に引いた風邪が長引き学校を休んでいた。
「今日の給食、麦芽ゼリーだったのになぁ」
美絵の住む千葉県は、給食には麦芽ゼリーがでた。その名の通り麦芽が入った栄養たっぷりのゼリーだ。味はココアに近く甘くて美味しい。給食では、人気上位にある。千葉県の小学生で嫌いな子は少ないはずだ。美絵も好きだったので、今日も学校を休んだのが残念だった。
母が買ってきてくれた昼ごはんを食べたら暇になった。母はスーパーのパートの仕事に出かけてしまった。千葉といっても田舎の方なので、キラキラしたOLみたいな仕事はやっていない。家の周りも野菜や梨畑ばっかりだった。梨は無人販売でも売っているぐらいの田舎だ。船橋や市川、浦安の方は東京に近くて栄えているが、この辺りはそうでもない。その代わりこの一軒家は庭もそこそこ広く、ゆったりと暮らせるが。
そんな事を考えつつ、暇だ。もう美絵も小学五年生だった。一人で留守番できるという事なのだろうが、退屈だ。薬を飲んだら、風邪も治りかけていたので、余計に退屈な時間がしんどくなってきた。窓の外を見るとよく晴れている。
美絵はリビングに置いてある家族のパソコンを使う事にした。最近母からCDやDVDの再生方法を教わったし、使える。とりあえず最近買ったAKBの「桜の木になろう」のCDを再生して聞いてみる事にした。AKBは別にファンってほどでも無いが、メンバーの前田敦子も千葉県出身でちょっと嬉しい。それにこの曲は、いかにもアイドルの曲という感じもなく、大人っぽい。
サビの歌詞も「一人じゃないよ」と励まされているようで、じんとくる。学校の先生や母はアイドルには否定的だが、こんな風に人を励ます事が出来るのは、素敵だ。
「あー、いい曲」
すっかり曲の世界に浸っている時だった。どこからか大きな音がしたと思ったら、揺れ始めた。
「え、何?」
そこからは、もうよく覚えていない。夕方、母がパートから帰ってきて、涙で抱き合った事はよく覚えていたが、あまり思い出したくない記憶だった。
学校も家族も無事だったが、毎日ある余震や、辛い報道の数々。計画停電、ACジャパンのCM。どれも思い出したくないものだった。
それに祖母も東北に住んでいて脚に怪我をした。幸い、祖母の怪我はたいした事なく、親戚も家も無事だったが、彼女の心にも深い傷が残ってしまったようだ。毎日ワガママを言い、医者や親戚のものを困らせ、結局、うちで一緒に暮らす事になった。
母は猛反対だった。姑との同居は絶対したくないと毎日目を釣り上げていた。
「いやよ、お母さんの世話なんて」
「大丈夫だって。まだ介護が必要でもない年齢だし」
父は宥めていたが、毎日母は不機嫌だった。これで夫婦仲も悪化していたが、美絵という子供の存在も大きかったのだろうか。子供の前で夫婦喧嘩も継続できず、結局、母が折れた。
夏から祖母と一緒に暮らす事に決まった。
「さあ、母さんも美絵も仲良く暮らそうな。CMでも『こだまでしょうか』って言ってるだろ? こっちから笑いかければ、相手も笑うんだ」
父は能天気にそんな事を言っていた。母は「ケッ!」という顔をしていたが、美絵は苦笑するしかなかった。
震災の影響か、家族や絆といったものが、ブームのようにもなっていた。確かにあんな地獄絵図を見せられたら、嫌でもそう思う。
自然の前では無力だ。いくら科学技術が進歩しても、超えられない壁がある。そんな中、一番大事なのは家族だったり、絆?
美絵も自ずと、そんな事を考えるようになっていた。見た目は小学生ながら、何も考えていない事はない。祖母との暮らしもよくなるだろうと信じて疑っていなかった。
夏の終わりぐらいまでは、祖母との同居生活もうまくいっていた。
美絵も学校から帰ってくると、リビングで茶菓子でも食べながら、祖母と雑談するのが、嫌いではなかった。
「ばあちゃん、ただいま」
「おお、美絵かい。お菓子あるよ、一緒に食べよう」
祖母が好きなお菓子は、和菓子が多かった。ベタベタなゼリーやあんこがいっぱい入った饅頭など。
正直、美絵は好きではなかったが、わざわざ否定する気にもなれず、付き合っていた。
「避難所でもマドレーヌとか高級マカロンがあった」
「そうなの?」
「うん。たまにだけど。私はああいった洋風なもんは嫌いだけど、たまに食べると美味しかったわ」
確かに何とか生きぬいた後に食べる甘味は特別kもしれない。そういえば学校の先生は、戦後すぐにアイスキャンディーが流行ったとも言っていた。生きるか死ぬかの時は、甘いものなんどうでも良くなる。ちょっと落ち着いてきた時に食べるそれは、平和とか希望の象徴かもしれないと想像してしまった。
「まあ、だから避難所には高くて美味しいものがいいね。汚い千羽鶴とか、手紙とか、古い服とかは要らないよ。自己満足はお家で一人でやってね」
「ばーちゃん、調子いいねっていうかリアリストだね」
「だってあんなもんあたって、何の役にも立たない。本当に自己満足だよねぇ。なんで偽善したいんだろう。特に千羽鶴は意味がわからない」
「ばーちゃん、けっこう毒舌だね〜」
そんな雑談も盛り上がるグぐらいだったが、秋に入ると祖母と母の仲が悪化しはじめた。毎日喧嘩するようになり、父も目に見えて参っていた。
こだまでしょうか。
あのCMは本当だったのだろうか。自分が不機嫌だったら、相手もそうなる。逆に笑えば、笑いかけられる。今祖母も母もお互いに不機嫌ビームを出し合い、硬直していた。
どうしようかなと悩んでいる所だった。美絵としても祖母と母が喧嘩しているのを見たくない。
「あ!」
しばらく考えて、スイーツを作ってみたら良いかもしれないと思いつく。スイーツだったら、母も祖母も嫌いなものではない。
何を作ろうか迷ったが、かき氷にする事にした。今年の夏は節電でクーラーがあんまり使えなかったので、かき氷メーカーを買って貰ったんだ。それを活用しよう。
問題はシロップだ。添加物と香料たっぷりのかき氷シロップは、母も嫌っていた。確かイチゴでもメロンでも全部同じ味だいう。
だとしたら、自分で作るしかない。かと言ってシロップのレシピはわからず、家のリビングのパソコンで調べる事にした。インターネットの使い方も最近覚えたし、大丈夫だろう。
しばらく検索し、カフェ・未来というお店のブログにたどりつく。店長の平野成一というおじさんが、マンゴーシロップの作り方を説明していた。
今年は節電のおかげでかき氷も人気だったそう。
「本来なら流行のスーツの紹介なんて出来る状況でもないのかもしれませんが、そろそろ前を向きませんか? なでしこJAPANも優勝しましたし、日本の未来も悪い事ばかりじゃないんですよ」
店長のそんなコメントも読みながら、美絵も元気が出てきた。
さっそくブログをメモして、材料を揃えてマンゴーシロップを作ってみた。マンゴーをフードプロセッサーで潰し、砂糖と煮て作った。小学生でも簡単にシロップが完成した。
後は、氷をつくって盛り付け、喧嘩している祖母と母を無理矢理、連れてきた。
「かき氷、作ってみたの」
美絵は自分の方から、二人に笑いかけた。
小学生が一人でかき氷を作り、こんな風に笑顔を見せている事に、大人二人はバツが悪そうだった。
「お母さん、少し言い過ぎました」
母から先に謝罪の言葉が出て、美絵も驚く。
「いえ、私も……」
祖母も居心地が悪そうに肩をすくめた。確かに鮮やかなオレンジ色のマンゴーかき氷の前では、喧嘩をする気も失せるのだろう。
こうして三人でかき氷を食べた。氷は荒めで、キーンとしてしまったが、マンゴーシロップは甘く、いつまでも口の中に残った。
地震や津波。大きな自然災害では、人の力は無力だ。美絵も今年は、その事を強く実感してしまった。でも、だからこそ人との繋がり、絆は大事なのだろう。
「まあ、私は人間なんてそんな良い存在だとは思わないけどね。たぶん、10年後ぐらいにまた大きな災害がきて、差別したり、言い争ったり、分断したりする世に中になるさ」
リアリストな祖母は、そんな事を言っていたので、苦笑してしまう。
まあ、美絵も10年後ぐらいは、人々の絆なんてあっさりと消えていそうな気がしたが、今は、目の前にいる家族を大事にしたかった。
こだまでしょうか。
自分から笑えば相手も笑ってくれると信じてる。
ちなみにこの後、祖母と母は「家政婦のミタ」にどハマりし、喧嘩する事もなくなった。毎週続きが気になり、ストーリー展開を予想して盛り上がっていた。
確かに面白いドラマで松嶋菜々子が演じるミタの正体は気になるけど、大人二人は手のひら返し過ぎではないかと思ってしまった。




