2010年のパフェ
2010年、秋。
大学の帰り、ローソンに寄ってスイーツを買い、家で食べる。葉本瑠夏にとって日常で一番の楽しみだった。
特に去年ごろから人気の一切れサイズのロールケーキ・プレミアムロールケーキが好きだ。ふわふわな生地に真ん中には純白なクリーム。女子大生の胃袋にもピッタリなサイズ感で、ついつい買ってしまう。本当は挽きたての本格コーヒーと一緒に食べたいが、チルドコーヒーと合わせても悪くないだろう。
一人暮らしのワンルームマンションは、キッチンはオモチャみたいだ。とてもお菓子手作りする環境ではない。また、作れたとしても一人では全部食べられない。やはり、コンビニのスイーツは瑠夏にピッタリだ。
小さなテーブルで、プレミアムロールケーキとチルドコーヒーをいただく。
「美味しい」
瑠夏は思わず笑顔になっていた。
部屋の中は本が多い。本棚の中は東野圭吾、宮部みゆきなどのミステリーがずらりと並んでいた。最近は湊かなえの「告白」が面白く、夢中で読んだ。去年、出版不況で本の販売が二兆円割れるというニュースを見かけたが、瑠夏は子供の頃から読書が好きだった。
ライトノベルや漫画は読まない。いや、読めない。瑠夏はクリスチャンの両親のもとで育ち、そういった娯楽は禁止だれた。子供の頃から読まされるものは、聖書関連だった。瑠夏という名前も聖書の登場人物からとられていた。大学は普通の私立大で英文学を学んでいたが、聖書関連の授業や課題は人より簡単にできたと思う。
瑠夏も一応日曜日に教会に通うクリスチャンだったが、今は、熱心ではない。日曜日に教会だけ通うくクリスチャンをサンデークリスチャンと表現されるが、瑠夏はその特徴に当てはまった。
本棚には聖書が一応あるが、毎日読むものは東野圭吾や宮部みゆき。一般的に人気があるベストセラー作家も両親は眉を顰めていたから、一人暮らしの今は、自由にそういったものを楽しんでいた。
さすがにライトノベルや漫画は詳しくないが、両親の厳しさや律法的雰囲気を思い出すと、今の生活は楽しい。
ただ、日曜日は楽しくない。さっきまでプレミアムロールケーキを食べてニコニコしていた瑠夏だったが、明後日行く教会を思い出すと、心臓がドキドキしてきた。もちろん、良いドキドキ感ではない。
瑠夏が通っている教会は、一応伝統的なプロテスタントだったが、色々と決まりが厳しかった。女性はファッションやメイクも決まりがある。流行のマキシワンピや派手なギャルメイクも禁止。もちろん、世に中にある娯楽も禁止。先週はAKBが好きな若い子が来ていたが、「えー、そんなもの聞くの?」と薄らと馬鹿にされているのを目撃してしまった……。
今はAKBは一番人気アイドルといってもいい。若い子で何か興味あっても不思議ではないが、教会に一歩入ると、ルールで縛られる雰囲気だ。最近は牧師も暴走気味で、「安息日は日曜日から土曜日に戻す」と大声で主張していた。
「はぁ」
そんな事を思い出すと、憂鬱だ。そろそろ通う教会を変えるべきか悩む。そうは言っても、色々と面倒くさい。
瑠夏はこんな憂鬱な思いを引きずりたくなく、本棚から湊かなえの「告白」を引っ張ってだし、読み始めていた。話のオチも知っているのに、ストーリーに引き込まれて、夢中で読んでいた。
そして日曜日。
午前の礼拝が終わるとすぐに脱出した。今日も教会員達がAKB好きな若い子にヒソヒソ言っていて、THE内輪ノリ・村的雰囲気にげんなりしていた。日本で村八分がある理由がなんとなくわかる。キリスト教もご新規を村八分していたから、日本で定着していない気もしてきた。もっとも日本でのクリスチャンの歴史は迫害が多く、明治以降ようやく信仰が認められたが、第二次世界大戦中は国家神道により各教会に神棚設置が強制されたりしていた。今のように好き勝手が出来るのは恵まれた時代と言って良いぐらいだったが。今の日本で宗教が寛容に見られているのは、戦後の憲法のおかげだろう。歴史を振り返ると多神教の国だから宗教に寛容というのは一概に断言できない。
ここの教会は、そんな村八分で追い出された若い子が何人かいた事も思い出し、そろそろ自分もターゲットになる悪寒しかしなかった。むしろ東野圭吾や湊かなえが好きだと告白し、追放されてしまった方が楽ではないかとも思ったりした。
日本はカルトも問題になるが、だからといって普通の伝統宗教が100%正しいというわけでもない。所詮、人間が運営しているから、どこかで綻びがある。いくら良いものでもそれを扱う人の心が汚ければ、悪いものになる。便利な刃物が凶器にもなるように。
そんな事を思いながら、教会から早歩きで離れ、最寄りの駅につく。この駅は都会とも田舎とも言えない立地にあるが、今日は日曜日なのでと若い子のグループやカップルも多い。この人達は、うちの教会のような内輪ノリの村社会とは無縁なんだろうなぁと思った瞬間、お腹が減った。
腕時計を見たら、もう昼だった。今日は教会に行って疲れたからローソンに行ってスイーツでも食べようか。でも、金曜日に食べたばっかりだし、何かカフェのような場所で食事したい気分だった。軽食に甘いパフェみたいなものを食べたくなった。派手で可愛いパフェは見ているだけで元気が出そうだ。
確か駅の近くにカフェがあったはずだ。カフェ・未来というお店で、おじさん店長さんが気さくで面白かった。意外とミーハーなのか「〜なう」という流行語も連発していたが、あそこのボリューミーなサンドイッチやスイーツが美味しかった事を思い出す。別に常連ではなかったが、前に行った時は美味しく、楽しかった。
今日はカフェ・未来に行こう。
そう決定すると、すぐに向かった。定食屋やラーメン屋がある飲食店街のはしにカフェ・未来はあった。
外観は白くてこじんまりとしている。ミントグリーン色の看板も控えめだが、この飲食店街にあると、やっぱりオシャレだ。他の店は男性も入りやすいだろうが、ここはどう見ても女性向けなカフェだった。もっとも女性専用とか男性厳禁とか書いてあるわけでもないが。
「いらっしゃいませ」
店に入ると店長に出迎えられた。少し白髪はあるが、笑顔がよく似合うおじさんだった。
大きな窓があるカフェ店内は明るく、四人がけのテーブル席は老夫婦や主婦グループに占領だれていた。テーブル席の客は全員派手なパフェを食べていて、瑠夏も口の中がよだれでいっぱいになりそうだった。前、このカフェに来た時、
今はパフェが人気だと店長が言っていたのを思い出す。こう言ったオーソドックスなスイーツは、定期的に流行る周期があるらしい。確かに瑠夏も時々食べたくなる。
「どうぞ」
店長に案内され、カウンター席に座る。メニューと水も受け取る。
メニューを見てると、今日はハムカツのサンドイッチに決めた。前食べた時も肉厚で満足感のあるハムカツサンドだった。昼ごはんは即決できたが、デザートは迷う。
パフェにしようかと思ったは、サンデーも気になった。サンデーとパフェは大差はないが、アイスにチョコソースがたっぷりとかかったイラストがあり、口の中がチョコになってしまう。一方、色鮮やかなフルーツやマカロンがトッピングされたパフェも美味しそう。ただパロフェの方が値段が高く、バイド代の時給より五百円ぐらい高い。一方、サンデーはバイト代の時給より二百円ほど安い。
値段、見た目、味で色々と迷ってしまったが、結局サンデーにした。パフェはバイトの給料日に食べに行くことにしよう、決定。
「かしこまりました。調理なうです」
店長はそう言って厨房の方へ行ってしまった。〜ナウの使い方はそれで正しいのか首を傾げるが、店長は楽しそうなのでそれで良いか。
店長だけでなく、この店の客達も楽しそうで笑顔だ。そういえば教会では牧師も誰も笑顔でなかった事を思い出してしまった。やはり、そろそろ教会を変える時かもしれない。こんなに今の教会を嫌っている瑠夏だったが、神様や聖書の教えが嫌いではない。むしろ真理であり救いだ。意外と、廃教する発想は無かった。
「おまたせしました」
ちょうど、そんな事を考えていると、目の前にハムカツのサンドイッチが届けられた。
「ありがとうございます。いただきます」
とりあえず、今は教会のことは忘れて、ハムカツサンドを楽しんだ。今日は食前のお祈りは忘れたが、まあ、いいや。
見た目通りボリューミーでこれだけで大満足。確かに今日のデザートは、派手なパフェよりサンデーにして良かったと思う。
ちょうどハムカツサンドを食べ終えたタイミングに、サンデーが届く。
「お待たせいたしました」
ガラスの器の中には、バニラアイス、バナナが綺麗に盛り付けられていた。その上にたっぷりのチョコレートソース、小さなミントの葉もトッピングされていた。確かにパフェより地味だが、糖分量では負けていないだろう。
「店長、ありがとうございます。ところで、サンデーとパフェの違いってなんですか?」
チョコレートの味を楽しみながら、そんな事を聞いてみた。
「サンデーはキリスト教と関係あるんですね」
「え、ああ。そうなんだ」
「キリスト教では日曜日が安息日なんですよね」
厳密に安息日は金曜日に日没から土曜日の日没まで。それが色々あり、初代教会の頃からイエス・キリストの復活した日曜日に礼拝をはじめ、現在のような風習がついた。律法主義的な人は土曜日に礼拝しようという運動もあるらしい。礼拝する日は土曜日か日曜日かはクリスチャンの間でも意見がわかれ、議論が絶えないトピックスだった。そうはいっても日曜日に礼拝する日と定着しているし、安息日=日曜日と思う人も多い。一般的にもこの認識の人が多いだろう。
そんな事を店長に言っても仕方ないので、話の続きを聞く。
どうやらサンデーはキリスト教と関係あるのは事実だった。アメリカでは日曜日では安息日に配慮し、刺激があるクリームソーダが禁止された州もあったらしい。その代わりに日曜日専用のサンデーが生まれたという。
パフェはフランス語のパルフェか転用されたスイーツで、サンデーとは違う経緯で生まれたもので、厳密には関係がない。
こんなスイーツの豆知識にもキリスト教が関係あったのか。それにしても日曜日だけクリームソーダ禁止とか意味がわからない。アメリカでも律法主義的な動きがあったのかと思うと、瑠夏はちょっとげんなりとしてしまった。
そうは言ってもサンデーには、何の罪もない。クリームソーダに何の罪がないように。アイスもバナナもチョコレートソースにまみれ、口の中も幸せいっぱいになる。日曜日とか、安息日とか、今はどうでも良い。
「私もキリスト教はよく知りませんが、今は海外に住んでいる彼女、いえ友達が牧師もしていたので色々教えてくれるんですよ。菓子の歴史はキリスト教とも関連が深いんですよね。クリスマスがきっかけに生まれた菓子や修道院から生まれたお菓子も多いんですよ。日本ではカステラや金平糖が宣教師経由で伝えられましたし。うん、神様に感謝し喜びたいもんですね」
店長はそんな事も言っていた。そうか、今の自分に足りないものは喜びだったと気づいた。聖書にも「いつも喜んでいなさい」と書いていたのに、すっかり忘れていた。自分で自分を縛っていたようだ。
こうして瑠夏は、新しい教会を探した。新しい教会は若い人が多い教会で、笑顔なものも多かった。JPOP讃美という活動もしていた。なんでも流行のポップスでも歌詞の一部を変えて歌うと讃美歌になるという。最近のヒット曲・いきものがかりの「ありがとう」の歌詞も、誰か=主、あなた=主に変えると讃美歌になるらしい。
最初は瑠夏も半信半疑だったが、実際歌ってみると、驚くほど違和感がなかった。JPOPでも歌詞をちょっと変えるだけで讃美歌になるとは目から鱗だった。もちろん、ミュージシャン本人達にその意図は無いだろうが。
歌っていて気づく。
世に中にある娯楽自体が悪いのではなく、肝心なのはその人の気持ちだ。ルールを守る自体が重要ではなく、その気持ちが一番大事なんだと気づく。瑠夏の心も解放され、喜びに満ちてきた。
こうして教会も変え、バイトの給料日になった。
「ありがとう、神様」
感謝してカフェ・未来の豪華なパフェを味わった。




