2007年の塩キャラメル
父も母も忙しい。特に朝は二人ともバタバタと仕事へ行ってしまった。大学生である姉もばスーパーの早朝バイトに行ってしまい、美雪は一人で朝食をとっていた。
2007年、秋。
今の時代の女子高生はギャル系が一般的だ。髪もくるくると巻き、眉毛も欲しく、シャープな印象のメイクをしていた。制服はセーラー服だが、一番上にユニクロのメンズカーディガンを羽織る。靴下は紺のはハイソックスだった。少し前は、ルーズソックス、もっと前は短めの靴下をが流行ってたみたいだが、今はそんな物を着ていいる女子高生はいないだろう。
美雪もいわゆるギャル系。
周りもギャルばっかりなので、浮いていない。むしろ沈んでいると言って良いぐらいだった。
「はぁ」
美雪はため息をつきながら、リビングの食卓で朝食を食べる。母はスープやロールパンを置いていったが、バナナだけにした。友達によると、朝バナナダイエットが良いと聞いていたから。
いつも友達のいう事に流されやすい。ファッションはもちろん、好きな漫画や音楽、ダイエットメニューも友達に影響されやすかった。
友達は少女漫画は「NANA」や「僕等がいた」が好きだったが、美雪はピュアでキュンとできる「君に届け」も好きだった。音楽もBUMPやアジカンの方が好きだが、友達は倖田來未が好きでカラオケでは合わせていた。好きなものも自信が持てず、周りに合わせている自分もだんだんと嫌いになってくる。メイクもファッションも流行に合わせているだけで、本当はもう少しナチュラルに落ち着きたかったりもする。ギャルは嫌いでは無いが。
そんな悩みを大学生の姉に言っても、爆笑されてしまった。それも恥ずかしく、今のところはギャル系女子高生に擬態しながら毎日過ごしていた。
バナナを食べながら、テレビをつける。政治的な話題では、年金問題で辞めた安倍元総理が叩かれていた。町の人のインタビューでは「日本の総理大臣はすぐやめる」と怒っていた。
その次は和菓子屋の赤福が賞味期限偽装で叩かれたりしていた。
芸能ニュースでは、女優・沢尻エリカが「別に」と言った件でボコボコに叩かれている。
そんなニュースを見ながら、何となく行きにくい時代に入ってきたように感じていた。ネットでは「炎上」というのも流行っているし、失態や失言した人はボコボコにして良いという暗黙ルールが出来ているような……。
「別に」
テレビの沢尻エリカ。映画の舞台挨拶のワンシーンだと思われるが、明らかに不機嫌そうだった。ファッションもメイクも圧が強い。沢尻エリカは「1リットルの涙」という感動的ドラマのヒロインをやっていた為、こんな気の強いギャルだったとは思わなかったが。
少し叩き過ぎな気もした。こんな風に不機嫌で先生に悪態をついている友達も多いし、彼女の演技力は何も問題はないではないか。叩き過ぎたら心を病み、その才能が閉ざされる事もあるのではないかと不安になる。作品、演技力と俳優の人格は別物だ。完璧に良い人である必要もなく、そもそも欠点の無い人もいないはず。
確かにニコニコと感じよくするのも良いと思うが、海外の女優はもっとクールだ。日本人はヘラヘラし過ぎて気持ち悪いと学校の外国人の先生が不審がっていたのも思い出した。
逆に不機嫌な沢尻エリカは、ちょっと好感もモ持ってしまう。顔だちは甘めの可愛い系なのに、ヘラヘラとしていない所は悪く無いんじゃないか。
一方、自分はヘラヘラと笑い、友達や流行に流されまくっている。何も褒められたもんではない。
「はあ」
ため息が出るが、学校をサボるわけにはいかない。テレビを消し、朝食の片付けを済ますと、学校に向かった。
学校でも優奈、茉里と仲良しだ。同じギャルグループで、見た目もほとんど美雪と同じだ。
学校につくと、さっそく優奈や茉里とケラケラ笑ながら話す。
教室は美雪と似たような格好のギャルだらけだ。女子が多いクラスという事もあり、男子の存在感は限りなく薄かった。
教室のすみでは、地味な女子や男子が読書していたが、美雪は全くわからない。よく一人で少数派を選べるものだと思う。
「沢尻エリカって偉そうじゃない?」
ふと、優奈がそんな話題を出してきた。
「だよね!」
茉里も同調していた。
「う、うん……」
美雪もそう言うしかない。マスコミは叩き過ぎとか、ちょっとカッコ良いと思っている本心は、決して言えなかった。そんな自分は、どんどん自信がすり減っていくように感じていた。
こうして放課後。
明日土曜日という事もあり、優奈も茉里も「カラオケ行こう!」と言ってきたが断った。
本当は「オッケー」と同意すべきだったが、今日は何だか疲れてしまった。あまりにも本性を隠し過ぎると、身体も疲れて来るのかもしれない。
ちょっと二人はムッとしていたが「生理中」っていうと納得してくれた。嘘だったが、この言葉を出して納得しない女子はいないだろう。
こうして学校を出て、駅に向かう。ちょっと近道しようと別の道に入る。飲食店街で柄はあんまり良くはない。ラーメン屋が多く、野良猫なんかも彷徨いているが、特に痴漢もない道だ。逆に大通りの方が痴漢や露出狂が出たりして、学校から注意喚起もされていた。優奈はよく痴漢にあっているし、見た目の割に女子高生は行きやすいとも限らないのだ。
まだ夕方になる前なので、飲食店のラーメン屋などは準備中のようだった。最近は大食いブームの煽りを受けメガ盛りのラーメンが目玉らしい。時間内に完食すると、五千円の賞金が出る店もあるようだった。
女子高生だし、ダイエット中の美雪としては、大食いなんていくら流行っていても無理だ。確かに大食いタレントのギャル曽根はテレビで見ているだけなら可愛いが。
「え?」
そんな事を思いつつ、道の端まで来るが、カフェがあった。白い壁の小さなカフェだった。看板には「カフェ・未来」とある。店の看板もミントグリーンでデザインされ、おしゃれだ。ここの飲食店街で可愛らしいお店は浮いていた。
驚いたのは、それだけでは無い。店の前にある黒板式の立て看板には、大食いチャレンジをやっている事が書かれていた。エクレア、プリン、ケーキ、最後に巨大タルトを三十分以内に完食したら、賞金五千円だという。
オシャレなカフェの割には、ぜいぶんと俗っぽい事をしてる。それも流行なのだろうか。
首を捻りつつも、カフェからは何か甘い香りもしてきて食欲を誘われる。ちょっとケーキやお茶飲んで行ってもいいか。さすがに大食いチャレンジをする気持ちは無いが、休憩しるのは良いだろう。
さっそく店に入ると、誰かが大食いチャレンジをやっていた。
テーブル席に一人で座っているギャル風の女だった。大きなリボンを頭につけていて目立つ。身体は細いのに、ガツガツとプリンやエクレアを食べていた。見た目は可愛いギャルだが、食いっぷりはいい。まるでギャル曽根のような女だった。
そのテーブルの横では、店長らしきいじさんがメガホンを持って応援していた。紺色のエプロンをつけていたし、他の店員らしい人物も見当たらないし、店長だろう。
二人組女性客もカウンター席で、大食いチャレンジ中の彼女を応援していた。
「が、頑張って!」
美雪も思わず応援してしまった。このカフェの入店した目的をすっかり忘れ、みんなでワイワイと盛り上がる。
誰かを応援するのは悪い気分ではない。少なくともテレビにいる芸能人とかを叩いても全く面白くない。やっぱりこんな風に誰かを励ましたりしたい。
窓が大きく、観葉植物や花が多いオシャレなカフェだったが、みんなの応援でスポーツ観戦のように盛り上がる。妙な一体感が生まれていた。カウンター席の女性客は帰ってしまったが、美雪はせっせと応援していた。
この応援が聞いたかはわからないが、大食いチャレンジの彼女は、最後の巨大タルトに差し掛かっていた。
白と茶色のマーブル模様のタルトだった。
「さあ、柚乃さん、がんばれ!」
店長はそう言いながら、タルトを切り分けていく。大食いの彼女は、柚乃という名前のようだった。
そしてこの巨大タルトは、塩キャラメルとクリームのタルトという。この表面のマーブル模様は、塩キャラメルとクリームだったのか。
そういえば塩スイーツが流行っている。塩バターや塩バニラのクッキーもコンビニで売っていた。おっとりと優しそうな店長だが、こうして大食いチャレンジをやったり、流行の塩スイーツを出すなんて、だいぶミーハーっぽいようだ。
「ひー、苦しい!」
柚乃は、だんだんと苦しそうになってきた。
「あなた、食べる?」
しかも柚乃はそんな事まで言ってきた。
「柚乃さん、良いの? ルールは?」
「そんなルール聞いてないし!」
「それは、そうですけど、常識的に考えて……」
ルールの隙をつかれ、店長は見るからにオロオロしはじめた。美雪も同感だった。
「そんなの関係ねぇ!」
一方、柚乃は小島よしおの一発ギャグを言い放ち、美雪も乗る事にした!
柚乃の隣に座り、一緒に塩キャラメルタルトを倒していく。
塩っぱさと甘さ。滑らかさとサクサク感がからむ複雑な敵だったが、柚乃と一緒に協力して飲み込んだ。敵ながら美味しく頂き、楽しい。
「あぁ、もうルールしっかり決めておこ。といういか、この企画はもうやめよう」
店長は涙目になり、ぼやいていたが、結局柚乃と美雪が勝利を納めた。
美雪は賞金はもらえなかったが、今日のカフェ代は全部柚乃に奢ってもらい、コーヒーや塩バニラプリンを頼んだ。
ため息をついている店長を見ながら、勝利の爽快感を持っていた。
確かにルールの隙をついて勝利したなんて、今までの自分だったら思いつかない。
ちょっと空気を読まなくても、友達と合わせなくても良いのかも。ちょっと悪口言われても「別に」って言っておけばいいのだ。ヘラヘラしなくて良い。友達と合わせなくて良い。そう思うと気が楽だ。
そう思うと気分が軽い。スイーツだって塩と組み合わせて甘みが増したりする。甘いだけの女子高生でいる必要も無いはずだ。
この一件で、柚乃とはすっかり仲良くなってしまった。ガラケーを出し、お互いに連先を交換した。ギャルは一度打ち解けるとズッ友なのものなのだ。ギャルへの熱は冷めかけていたが、やっぱり悪くない。
「美雪、今度美味しいドーナツの店行かない?」
「いいねぇ!」
盛り上がる二人を横目に、店長はずっと苦笑していた。




