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2005年のマカロン

 聖ヒソプ大学は、キリスト教系のお嬢様学校だった。特に大学は、お嬢様大学としてメディアにも度々取り上げられて、ブランド化されている面もあった。


 2005年、秋。


 そんな聖ヒソプ学園で文化祭が開かれた。系列の中高とも同時開催されたが、目玉はなんと言ってもミスコン。ここからアナウンサーやモデル、野球選手の妻になったものもいるぐらいだ。


 青空の元、学園内の特設ステージで、順次結果が発表されていた。まずは、高校生部問からで、会場は盛り上がっていた。


 今年放映された人気ドラマ・「電車男」の影響かは不明だが、一般客は明らかにヲタクっぽい男性も目立っていた。今は「萌え」も人気な言葉だ。


 少し前の文化祭では追い出されていたようなタイプの男達だったが、今はそこそこ市民権を得ている。実際、「電車男」の主人公のように無害なヲタクも多かった。むしろ大人しいぐらいで、会場で大声をだし応援をしているのは、うわゆるリア充も多い。ミスコンの出演者はリア充しかいないので、自ずとそうなっているようだ。


 高校生部門が終わると、いよいよ次は大学生部門の発表だ。


 事前の予選通過した五人がステージに並ぶ。ミスコンといっても水着審査はない。腐ってもリスト教系の学園とい事なのだろう。もっとも近隣住人やフェミニストらもクレーム多く、このミスコンはいつまでも開催出来るかは分からない状況ではあった。「電車男」の影響でヲタクのイメージはアップしてる一方、とあるゲームソフトが有害指定図書認定されたりもしていた。


 ステージに並んだ五人の美女は、レベルが高く、一般客からも歓声があがる。五人とも清楚なワンピースやジャケットに身を包み、メイクも決まっている。雑誌キャンキャンから飛び出してきたような美女ばかりだ。


 その中の一人、梨村環奈は、内心冷めていた。メイクも頑張ってエビちゃん風にし、髪の毛も巻いてみたが、本人が望んで出場したわけでもない。友達が勝手に推薦し、引くに引けなくなったのだ。


 環奈は外見はエビちゃん風の美女だが、目立つのは嫌いだった。むしろヲタク。少女漫画が大好きで、特に美大を舞台にした「ハチミツとクローバー」が好きだ。ふわっとした少女漫画風の絵柄なのに、男性キャラの心理描写も丁寧で傑作だ。「NANA」はもちろん、東村アキコ先生の「きせかえユカちゃん」も大好き。休みの日は部屋に引きこもりゲーム三昧。完全なるインドア派だった。


 今はいくらヲタクの認知度が上がったからといって、やすやすと公表できない。子供の頃はヲタクだからっていじめられたので、過剰に外見を飾っていた。その結果が、こんなミスコン出場。やってられない、家で漫画読みたい。むしろ漫画描きたいと思っているぐらいだった。


 ミスコンではどうか目立たず終わるますように。


 そう願っていたが、今年は一般客からの人気投票もあり、準優勝をとってしまった。


「おめでとう、環奈さん!」


 司会者からそう言われ、会場からは拍手。同じミスコン参加者からは、ギロリと睨まれる。


「あ、ありがとうございます」


 キラキラなティアラや花束も渡され、賞金も貰ったが、全く嬉しくない。一応は言っておいたが。目立ちたくない、恥ずかしい、漫画読みたい。それが本音だった。


 ミスコンで準優勝をとってしまってから、環奈の日常はヲタク活動どころではなくなってしまった。


 各種インタビューを受けたり、写真を何枚も撮られたり、忙しい。芸能事務所からオファーもあったりして、いちいち断るのも面倒だった。


 大学一年だった環奈だが、将来はアニメか漫画関係の仕事を希望していた。芸能界なんて全く興味がないと叫びそうになったが、本音を言える雰囲気もなかった。


 また、同じ大学のヲタク中間からは「裏切り者!」と勝手に泣かれたり、嫉妬されたり、とても面倒だった。


 登下校時には、自称ファンという男にも付き纏われるようになった。ストーカー問題も身近に感じてしまい、毎日とても憂鬱だった。ヲタクらしい格好に戻した方がいいのかとも思ったが、エビちゃん風ファションは、もう板についていた。メイクも目力を強調し、リップを薄くするのも顔に合ってる気がするし、今更、芋臭いのに逆戻りするのも微妙だ。これでもエビちゃん風になる為にダイエットやメイク、ファッションの勉強も頑張っていたし、そのコストを思うと、簡単には手放せないというのが本音だった。今は「モテ」もブームだし、いくら中身はヲタクな環奈だが、女性として見られたい願望はある。


「環奈さん、ファンです!」


 またか。


 大学を出てすぐ、男に声をかけられた。電車男の主人公のようなルックスのヲタクだった。チェックシャツに汚いジーンズ。オーバーサイズで体型に合ってなく、髪の毛も天然パーマそのままを放置しているようだ。


「電車男」の伊藤淳史みたいな人だったら良いが、今、実際目の前でみるヲタクは強烈。環奈は自分の中身はヲタクの癖に、心の中では悪態をついていた。そんな自分も嫌だ。自分の中にもこんな差別意識があった事に一番ショックだった。


「これ、プレゼントです」

「あ、あの」


 ヲタクは環奈の手に紙袋を無理矢理渡して去って行く。


 中身はマカロンだった。今流行りの色鮮やかなスイーツだ。見た目は確かに可愛いが、ネチネチした食感で苦手だった。似たような理由で派手な色のアイスやキャンディーも苦手だ。むしろ見た目は地味な和菓子の方が好みだったりする。


「困ったなぁ」


 犯罪系ストーカータイプのファンではなかったようだが、悪意が無いとは言い切れない。毒が仕込んであっても不自然では無い。このマカロンはすぐに捨てる事にした。


 去年から自己責任という言葉が流行っている。たぶん、若い女がストーカーの被害にあっても自己責任と言われるのが目に見えている。ここは自己責任でマカロンは捨てておこう。


 テレビでは小泉純一郎が人気だ。威勢のいい事を言っている総理大臣だが、この言葉広めた事は、納得できない。たぶん、日本は20年ぐらいずっとこの言葉に苦しめられる気がする。テレビでは人気だが、景気が上向く空気は全く感じられなかった。


 思えば物心ついた時から、この国の景気は悪かった気がする。消費税がなかった時期が思い出せない。平成生まれの子はもっとそう思っている事だろう。


「はぁ」


 環奈はため息をつく。


 このまま帰るのは、気分が落ち込む。小腹も減ったし、カフェ・未来にでも行こう。


 カフェ・未来は、環奈が最近気に入っているお店だった。


 駅前で自称ファンの男に追いかけられそうになった時、逃げ込んだ先がカフェ・未来だった。


 優しい癒し系のおじさん店長のカフェだった。最近の流れに惑わされ、ちょいワル親父風になりたいと言っていたが、「やめておいた方がいい」と言っておいた。あの店の店長は、癒し系で貫いて欲しい。


 そんな事を考えてつつ、カフェ・未来に向かった。


 肝心の料理だが、大学生もターゲットにしているらしく、値段も高くない。外観はオシャレなカフェだが、ちょっと俗っぽく流行りに流されやすい店長の笑顔を早く見たくなってしまった。


「いらっしゃいませ、環奈さん」


 店に入ると、すぐに店長に出迎えられた。もう店長とは顔馴染みで友達みたい。店長も一応男ではあるが、もうおじさんだし、癒し系だし、色気も全く無いタイプだった。まあ、最近はブームに流されて、ちょいワル親父風を目指しているそうだが。今日は黒シャツ、黒いスラックス、黒いエプロンでまとめていたが、どうも板についていない。今は「野ブタ。をプロデュース」に出演中の亀梨和也にも憧れているようだが、店長の年齢からすると無理がある。そんな事は馬鹿正直には言えないので、ちょいワル親父風ブームが終わる事を望んでしまう。


 今日は中途半端な時間に来たせいか、他に客はいなかった。大きな窓からは、夕陽が差し込み、全体的にオレンジ色に染まる。黄色い壁紙で観葉植物や花が多いカフェだったが、夕陽には逆らえないようだった。


 環奈はカウンターに直行し、しばらく店長とダラダラと雑談していた。とりあえずコーヒーを頼むと、店長は豆をゴリゴリと挽き始めたが、話を聞いてくれた。


 ミスコン、実はヲタク、変なファン、マカロン。話というか愚痴は止まらないが、店長は最後まで聞いてくれた。


「美味しいコーヒーでも飲んで、元気出してね」


 店長が出してくれたホットコーヒーを啜ると、少しだけ回復してきた気がした。コーヒーカップも薔薇や鳥がデザインされ、可愛いデザイン。ちょっとだけ慰められる思いだ。


「そうだ、マカロンといえば、試作品があるんです。食べてみます?」

「え、マカロン?」


 正直、あまり食べたく無い。確かに見た目はカラフルで綺麗だが、食感は苦手だった。


 しかし、店長が持ってきたマカロンは、地味だった。一瞬、単なるクッキーにも見えた。懐かしいカラメル焼きにも見えるが、少しアーモンドの匂いもする。


「これは元祖マカロンです。初めは修道院で作られていたそうですが、今のようにカラフルではなかったんですね」


 店長は落ち着いた口調で説明してくれた。こんな元祖マカロンだが、着色料以外の材料は全く同じ。比率や焼き方を色々とアレンジし、店長は試作品を作ってみたのだという。


「味はマカロンです」

「本当?」


 半信半疑だったが、元祖マカロンを試食してもた。見た目と違い、確かに味や食感はマカロン。ただ、あの派手なマカロンよりだいぶ食べやすかった。ネチッと感もしつこくなく、アーモンド風味が楽しめる。


「美味しい」


 素直にそう思った。元祖マカロンの方が素朴で、可愛く見えてしまったのは、環奈だけだろうか。


「環奈さん、見た目じゃないですよ」


 まるで今の自分の心を見透かすように店長が言う。とても真っ直ぐな目だった。


「そっか、そうだね……」


 見た目に一番こだわっていたのは、自分だったのかもしれない。エビちゃん風のモテファッションに身を包み、心を武装していた。本当の自分はヲタクなのに。何よりも自分が一番ヲタクを差別していた事も恥ずかしくなってきた。


 あのヲタクのファンが持ってきたマカロンも、捨ててしまった事をちょっぴりと後悔してきた。環奈には「電車男」のようなヲタク男子と美女のロマンスは、無い事も察してしまう。


「そっか。派手なマカロンも元祖マカロンも変わり無いんだね」


 中身は一緒だった。


「まあ、最近『人は見た目が9割』って本を見ましたけどね」

「うーん、店長。元も子もないね」


 思わず苦笑してしまうが、エビちゃん風のファッションを頑張ってしていた事も無駄ではなかったと思う。ただ、今後はもう少しナチュラル風に変えてもいいかもしれない。漫画大好きなヲタクである事を言ってもいいのかもしれない。


「だったら店長、ちょいワル親父風のファッションも似合ってないので辞めた方がいいかも」

「意外とハッキリ言うね」

「騒音おばさんよりはマイルドだと思うよ」

「あの人は多分被害者だよ」

「えー、本当?」

「ええ。確かにやってる行動は悪いんですが」


 店長の口から、最近話題の騒音おばさんの裏情報を聞いてしまった。近隣トラブルで騒音を出しているおばさんの事だったが、テレビでも詳しく報道されてた。


「そうだったんだ、騒音おばさんってちょっと可哀想かも……」


 真意は不明だが、店長の話を聞く限りは、騒音おばさんは被害者の面もあった。


「やっぱり人は見かけだけじゃないね」

「ええ。私もちょいワル親父ファッション、辞めますかね……。見た目にこだわるのも、馬鹿馬鹿しくなってきました。スイーツのブームもカラフルなマカロンがピークで、あとは違う流れがくるでしょう」


 そんな結論になり、環奈はとてもホッとしていた。やっぱり店長はちょいワル親父風より、癒し系でいて欲しい。


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