2003年のロールケーキ
2003年、秋。
「なんでだろ〜♪」
テレビをつけると、テツandトモが出ていた。青と赤のジャージを着た二人の男が、ギターをかき鳴らして歌っていた。
今流行りの音楽ユニット(?)
お笑い芸人(?)
よくわからないが、テレビをつけると、彼らの曲が流れた。
「ちっ。また、これ」
真美は、テレビのチャンネルを変えた。
世界に一つだけの花が流れている。今度はSMAP。
ため息をついてテレビの電源を落とす。家のリビングはあっという間に静かになり、真美は黙々と一人で夕飯を食べ始めた。
真美が食べている弁当は、コンビニで買ったものだった。家の近くのサンクスで買ったものだが、そこそこ味は悪くない。コンビニはセブンイレブンやファミリーマートが大手だが、真美の家のそばにあるサンクスの方が馴染み深い。人型のロゴも可愛いと思う。ただ、毎日のようにコンビニ弁当を買っているので、店員に顔を覚えられてしまった。
「夕飯、一人なの? お母さんは?」
確かに制服を着た女子高生がコンビニ弁当三昧というのは、由々しき自体かもしれない。しばらくサンクスを利用するのは辞め、自炊をした方がいいんだろうか。
真美の家族は家庭崩壊気味だった。父も母も兄も滅多に帰ってこない。原因は、家の近くにあるカルト宗教。キリスト教系のカルトで勧誘もしつこかった。
最初は家族も追い払っていた。1990年代はオウム真理教の問題クローズアップされ、危機感は強かった。特に兄はカルト信者をバカにし、色々と見下していた。
それが何故か取り込まれてしまい、今は兄は熱心な信者となって家も出た。両親もそんな兄を取り返そうとしたが、彼らもガッツリと洗脳を受け、帰ってこない。こうして今に至る。
ミイラ取りがミイラになったとは、この事を言うのだろう。オウム真理教の問題が描かれた新書などを読むと「自分は絶対騙されない」と自信満々なタイプが一番騙されやすいらしい。エリートがカルトに騙されやすいのも、そんな驕りやプライドの高さがあるからかもしれない。実際、オウムでは頭の良いエリート信者も多かった。2000年ごろから911の影響で陰謀論も流行っているようだが、これも馬鹿にしている人こそ一番気をつけた方がいい。占いやスピリチュアルも「世間のイメージと違って意外と普通?」という心理的なギャップを狙い、ハマらせる手法もあるという。
一方、真美は、教団からもターゲットにされず、普通に女子高生をやっていた。家族の事を思うと憂鬱しかなく、テレビを見てもつまらなかった。
家族がこんな目にあっているからだろうか。流行にも嫌悪感がある。皆一様に同じ流行を追いかけるのは、一種の洗脳のようにも見えてしまい、ちょっと怖い。流行の音楽もほとんど聞けない。
真美は1990代後半のビジュアル系ブーム時代に思春期を迎えた為か、そういったバンドの方が好きだった。最初はX、ラルク、グレイという人気バンドを追いかけていたが、だんだんとマニアックな方向に進み、plastictreeやカリガリやムックなどの密室系ビジュアルバンドが好きだった。こんなバンド名を出してもクラスメイトは誰も知らず、学校では浮いていた。
髪型はウルフカットで一応流行に合わせていたが、メイクは黒めのバンギャメイク。学校でのあだ名もバンギャルちゃん。もっとも家族の問題もあり、全くライブには行けていなかったが。バンギャ友達とも疎遠になりつつあった。コンビニ店員に顔を覚えられておるのも、ルックスのせいの可能性も大だった。
弁当を食べ終わり、再びテレビをつけると、イラク戦争の話題ばかり流されていた。あとは地震、視聴率不正問題、カルフォルニア州知事のニュースなど。ずっと見ていても面白いニュースではない。
「プラでも聞こう」
結局、テレビを消し、薄暗い密室系のビジュアル系バンドの音楽を聞いていた。
確かに流行ではない。クラスメイトとも気が合わない。それでも、流れに逆らっている自分は嫌いでもない。おそらく厨二病を拗らせている自覚があるが、辞める事はできなかった。
数日後、土曜日。
よく晴れた秋の空が家から見える。家に引きこもっているのも何となく微妙に思い、黒っぽいメイクを施し、黒のワンピースやブーツ身を包み、出かける事にした。
鏡に映った真美の姿は、どっからどう見てもバンギャだった。ロリータは甘すぎて興味はないが、こういうバンギャファッションやメイクは気に入っている。
「あ、ネイルもやっておこう」
爪も真っ黒に塗り、あてもなく出掛けることした。
といっても真美の住む田舎は、ろくな娯楽施設もない。むしろ、カルト教団の方が多いぐらいだったが、せっかくの秋晴れ。紅葉でも見たくなった。
密室系のビジュアル系バンドの曲を口ずさみながら近所をぶらぶらと歩く。
周りは野菜畑ばかりの田舎だ。遠くの方でカルトの施設も見え、歌を歌っていても面白くはばい。すれ違う老人達は、真美のルックスを見て驚いていたが、もう慣れてる。少なくともカルト勧誘がないのは悪くない。
そんな時、携帯がなる。
「もしもし?」
二つ折りのガラケーを出して見ると、兄からだった。確かカルト信者を熱心にやっていたはずだが、何の用だろう。
「やっぱり、教団を辞めようかと思う」
珍しく兄の声は弱かった。なんでも教団で断食を強要され、だんだんと目が覚めてきたそうだ。
「あ、そう」
それしか言えない。今更目が覚めても遅いという気分の方が上回ってしまった。
「そんな、冷たいじゃないか。俺はこれからどうすれば……」
最後まで聞かずに携帯を切り、カバンにつっこんだ。
ちょうど目の前に近所公園まで来ていた。そこそこ広い公園で木々に囲まれている。黄色や赤に染まった木の葉は、普通に綺麗だと思ってしまう。
吸い寄せられるように真美も公園に入る。何かイベントをやっているのか、中央広場の方では人だかりができていた。
特設ステージには、アマチュアバンドが出演していた。おそらく大学生ぐらいのアマチュアバンドかコピーバンド。アマチュアといえども、そこそこレベルは高いようで、客がキャーキャー声援を送っていた。
「なんでだろ〜♪」
テツandトモの曲を歌っているグループもあり、やはり今年の流行曲というのは本当らしい。秋の明るい陽射しの元、主演者もやたらと元気そうだった。
真美は最初は全く興味はなかったが、賑やかな音や声に、そこそこ兄の事も忘れていた。別に好みではなかったが、音楽自体には力があるのかもしれない。
そんなステージを見ていたら、お腹が減ってきた。隣の噴水がある方の広場には、フードトラックや屋台も出店すていて客で混み合っている。ソースの焦げる臭いや肉の臭いもし、お腹がなる。
今は甘いものも良いかもと思った瞬間だった。
「きゃ!」
人とぶつかってしまった。相手が四十ちょっと過ぎぐらいのおじさんだった。白髪がポツポツ出ていたが、シャツにジーンズ、背筋もピンとはり、老け込んではうない。ただ、彼の持っていた菓子が服についてしまった。クリームや氷が服についてしなった。
「わあ、ごめんなさい!」
おじさんは身を小さくして謝っていた。
「お詫びに何かおごりますよ。ちょっとベンチの方に座りません?」
そして休憩スペースの方を指差す。最初は怪しいとも思ったが、奢ってくれるという言葉に頷く。それに休憩スペースの方の椅子やテーブルの方も人が多いし、カルト勧誘とかでもないだろう。顔つきも悪人ではなさそうだ。
ちょうど空いていたベンチに座り、おじさんはハンカチを貸してくれた。彼が何かを買って来る間、とりあえず服の汚れを落とす。
怪しい男ではなさそうだが、一人でこんなイベントに来るのは珍しい。ちょっと興味がある。
おじさんの名前は、平野成一といった。隣の県でカフェをやっているらしく、ショップカードも渡された。身元があっさりとわかってしまい、やはり怪しい人ではなさそうだ。カフェ・未来というお店をやっているらしい。未来か。真美にとっては果てしない言葉に思えて仕方な
「ロールケーキ?」
成一が手にしていたのは、透明なフードパックに入ったロールケーキだった。しかも一切れ分のロールケーキが一枚入っていた。これだったら一人でもちょうど良い分量だ。クリームの中央には、キウィ、イチゴ、メロンなどのスイーツもある。フルーツのロールケーキのようだが、見るからにクリームも生地もフワフワだった。見ていると、フワフワの生地やクリームに巻かれてしまったら、どんなに気持ち良いだろう等と想像してしまった。
「ええ。屋台でロールケーキは珍しいので偵察に来てみました。まあ、今はロールケーキ自体がちょっと流行ってますけどね」
「ふーん」
「もともとロールケーキは日本の山崎パンが広めたものでもあったりするんですが」
「へぇー」
知らなかった。そういえば今はトリビアの泉という豆知識を紹介するテレ部番組が人気だ。そのテレビ番組のように「へぇー」というセリフも飛び出る。
さっそく二人でロールケーキを食べる。想像以上に柔らかく、口の中で溶ける。
まるで、今の自分の在り方も溶けていくようだ。せっかく兄の目が覚めかけているのに、無視するのは、どうなんだろうか。まだ間に合うだろうか。そんな事も考えてしまう。
ステージの方ではアマチュアバンドの音が聞こえる。SMAPの「世界に一つだけの花」を演奏している。
「良い曲だな」
驚いた事に成一は涙ぐんでいた。
「うん、良い曲だ。自分も生きていて良いんだって思うよ」
「あんな流行の曲ですよ」
思わず可愛げの無い事を言ってしまったが、成一は全く気にしていない。
「私は商売をやってますからね。人気あるものも嫌いじゃない。むしろ、長いものに巻かれるのも良いもんです。ロールケーキみたいにね?」
おじさんなのにチャーミングな笑顔を見せてくる。
「そっかぁ」
再び、真美の頭の中でクリームやフワフワな生地に自分が巻かれていくような妄想が頭に浮かぶ。
同時に「あの世界で一つだけの花」が響く。
あんなに流行っている曲なのに、人間一人一人の大切さを歌っているのは、なんとも不思議だ。今は流行ってるからと言って否定する気にもなれなかった。
なんだか真美も泣きたくなってくる。兄や両親のことも拒否したかったが、やっぱり、このままには出来ない事も悟る。
心もロールケーキみたいに長いものに巻かれてしまったのだろうか。今は、流行の歌も悪くない。素直な気持ちも戻り、兄や両親の事も、何か解決の糸口が見つけられそうな希望が戻ってきた。
思わず笑ってしまう。笑うのは、久々だった気もする。
「大丈夫、何とかなります。とりあえず、長い物に巻かれて仕舞いましょう」
成一はまるで真美の気持ちを見透かすような言葉をくれる。
「そう、かもしれないね」
真美は、深く頷いく。秋の柔らかな風が吹き抜けていた。




