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2001年の抹茶スイーツ

 ノストラダムスの大予言。


 1999年に世界は滅びると思っていたが、別にそんな事はなかった。淡々と歳が明け、2000年になった。新しい時代の始まりという気分は漂っていたが、この年は災害も多く、妙な不安感も漂っていた。


 そんな気分のせいとは言えないが、綾美は2000年9月に結婚した。苗字は田中から烏丸に変わった。相手は中学の時から付き合っていた先輩。介護職で夜勤も多いが、誠実で優しい男だった。何より綾美が大好きな男だった。22歳での結婚だったが、周りからも祝福された。特に母は、一人で綾美を育てたため、とても喜んでいた。父は幼い頃に亡くなっていた。


 こうして結婚して1年たった。


 2001年9月。


 まだ子供はいない。正直、金があるわけでもないので、田舎で団地暮らしをしていた。綾美も食品系の会社で事務職を続けていた。綾美は高卒でキャリアウーマンでも何でもない。


 それでも綾美の母もずっと働いていたので、不思議と専業主婦をする選択はなかった。綾美の子供の頃は一人親の母が働いている事は珍しがられたが、今は共働きの夫婦も多い。


「はぁ」


 綾美は夜、風呂から上がり、髪の毛をタオルで拭いていた。今日は夫は仕事でいない。いつもは気合いを入れて料理をするが、今日は冷凍食品ですませた。特にニチレイの本格炒めチャーハンが美味しい。今年の新製品だが、電子レンジで簡単に出来るのがありがたい。別にそんな責任の重い仕事をしているわけでは無いが、一応フルタイムで勤務し、今日は残業もあった。天気も良くないし、買い物も面倒。その上、夫は仕事。そうなれば必然的に便利な冷凍食品に手が伸びてしまう。もちろん、いつもはちゃんと料理をしているが、たまには良いだろう。


 風呂上がり、リビングに行き、髪を乾かしながら適当にテレビのチャンネルを変える。あまり興味はないが、テレビドラマを見ていた。


 ウソコイというテレビドラマで中井貴一が主演だった。正直、綾美の心には刺さらない。ノストラダムスの予言のような、世界の滅亡や不思議な事、オカルト的なテーマの方が好きだったりする。やっぱり綾美は変わり者だ。こういう恋愛ドラマはちょっと苦手だが、意外にも夫は好きで興味深々で見ていた。脇役の仲間由紀恵が好みだとは言っていたが。


 ちなみに綾美はギャル系だった。今はだいぶ落ち着いているが、浜崎あゆみ似と言われた事もある。街中がガングロギャルも多く、まだまだギャルブームは勢いがありそうだった。


「うん?」


 適当にドラマを見ていたが、突然映像が変わった。


 同時多発テロの映像に変わっていた。アメリカの貿易センタービルに飛行機が突っ込み、火を吹いて壊れている……。


 まさかこれが世界の終わり?


 信じられない映像にノストラダムスの大予言は、ここで成就していく気もしていた。


 最初はこの映像にショックだった。正直、少しワクワクもしていたが、だんだんと冷めてきた。ドラマから急にこの映像に変わったせいだろうか。急に作りものというか、映画のように見えてきた。


「なんか、おかしい……」


 テレビでアラブ系の集団のテロと言われていた。確かに最近のニュースではそう言ったテロが起きるような事も言っていたが、どうも嘘くさい。しかも9月11日は去年は名古屋で集中豪雨、今年は狂牛病が見つかっている。単なる偶然だろうが、9月11日に何か、不思議な闇みたいなものがある気もする。幼い頃読んだ占いの本は、数字を使って願いを叶える方法も見た記憶がある。


「これは何かの陰謀に違いないわ」


 綾美はこのテロをきっかけに、おかしな方に進んでいった。いわゆる陰謀論と言われているもので、書籍も発売されて、その界隈で人気のジャーナリストもいた。ジャーナリストの本を読み漁り、講演会などにも出向き、情報を仕入れていた。


 911の映像は作り物という綾美のカンは、陰謀論界隈では合っていたようだ。あれは全部CGで機体の残骸も見つかっていないという。爆破は全部ダイナマイトで起こしたものという。なぜかユダヤ人の被害者もいない。目的は戦争を起こすための茶番。戦争を起こすと儲かる人がいるという事を知り、さらに綾美の探求心は盛り上がっていく。


「え、綾美。次の日曜日も講演会に行くの?」


 そんな綾美に夫は引いていた。


 食卓はトマトと卵の炒め物、味噌汁、白米、納豆。陰謀論にズブズブしていた綾美だったが、家事は一応ちゃんとやっていた。本当は添加物や農薬も気にした食生活にしたいが、家計は楽ではない。将来、子供が産まれる事も視野に入れれば、無駄遣いもできない。一応料理は妥協する事に落ち着いていた。この日の夕飯も全部近所のスーパーで仕入れた食材で作った。


「え、たまには綾美とどっか公園にでも行きたかったんだが」

「ごめんねぇ。私は真実を探す為に忙しいんだ」

「うーん、綾美のそういう所は悪くは無いけどさ……」

「インフルエンザワクチンとかも打ったらダメだよ」

「え、何で?」


 引いていた夫だったが、なぜかここには食いついてきた。


「今年の6月ごろの薬害エイズの無罪判決のニュースがあったじゃない? で、ワクチンの闇を調べていたら、不妊になるらしい」

「え? まじで?」


 陰謀論など興味がない夫が食いついてきた。もう夕食の皿は空になってきたが、この話題は盛り上がる。とりあえず、今後の為にワクチンは打たないという夫婦の意見は一致した。


 しかし、それ以外については全く意見が合わず、最近は「講演会に行くな」とハッキリと言われてしまった。なぜか毎日不機嫌そうだし、意味がわからなかった。


 今日も日曜日、有名なジャーナリストの講演会に行った。9月11日は本当はイエス・キリストの誕生日で悪いユダヤ人達がわざとこの日に災害を起こしているという陰謀論を聞き楽しかった。また、隣にいた参加者からはジブリの都市伝説も聞く。今年ヒットした「千と千尋の神隠し」は、所々で人肉が示唆されているらしく、楽しくて仕方ない。


 本当に楽しかったはずなのに、終わってみると夫の顔が浮かび、何とも微妙な気持ちになってきた。


 道を歩くガングロギャル達は楽しそうだったが、綾美の気分は薄暗くなっていた。今は昼過ぎでお腹も減る。


 講演会の会場から最寄りの駅まで歩いていると、飲食店街があるのに気づく。ラーメン屋や定食屋、弁当屋や惣菜店があるようだ。あまり綺麗な感じではないが、大学生や若い人は入りやすそうな店が多い。ガングロギャルの一人もラーメン屋に入っていくのが見えた。


 ただ、ラーメンという気分では無い。夫の事を思い出すと微妙な気分だし、もう少し軽いものを食べたい気分。


「カフェか……」


 ちょうど目の前にカフェがあった。白い壁の小さなカフェだ。この飲食店街では浮いているが、綾美のような女でも一人で入店しやすそうだ。看板を見ると、カフェ・未来というお店らしい。


 店の前には黒板状の看板もあり、今日は抹茶スイーツがオススメらしい。抹茶のパンケーキ、パフェ、エクレアがセットのなったプレートの写真も飾ってあり、これは美味しそう。一つ一つは小さいが、見た目も可愛い。


 吸い寄せられるように入店した。


 店内はテーブル席二つ、カウンター席が五つという小さな店のようだ。それでも天井が高く、窓も大きいので明るい。壁もイエローカラーで元気いっぱいな雰囲気だ。観葉植物や花も飾ってあり、ナチュラル系のカフェのよう。テーブル席は赤ちゃんを連れた若い夫婦が食事していた。赤ちゃんの元気な声も聞こえて、微笑ましい。


「いらっしゃいませ」


 店員に案内され、綾美はカウンター席についた。店員というより店長だろう。テーブル席の客は常連なのか、彼の事を「店長」と呼んでいた。年齢的には四十代ぐらいだった。紺色のエプロンや白いシャツが板につき、癒し系のおじさんだ。そういえば癒し系という言葉はすっかり定着しているようだ。夫は癒し系の女優、井川遥も好きだった事も思い出す。


 夫の事を思い出し、微妙な気分のなりかけたが、今は雰囲気の良いカフェにいる。せっかくだから楽しもう。さっそく、抹茶スイーツのプレートとアイスコーヒーを頼む。


「ありがとうございます。少々お待ちください」


 店長はにこやかな笑顔を浮かべ、厨房の方へ行ってしまった。


 テーブル席からは赤ちゃんの泣き声がした。今はご機嫌ななめらしい。


「ごめんなさい」


 両親は平謝りしていたが、綾美は穏やかな顔で赤ちゃんを見ていた。子供なんて思い通りになる生き物では無いだろう。両親の苦労が察せられる。それに赤ちゃんはみんな可愛い。


 元気な赤ちゃんを見ていたら、他人も思い通りにいかなくても当然という気もしてきた。夫への態度に微妙な気持ちがあったが、陰謀論を押し付けていた所もあったかもしれない。思いやりが足りなかったかも。そう思うと、自分の未熟さを感じ、別に目覚めてなどいなかったのかもしれない。911や悪いユダヤ人について知っても、だから何だ?という気もしてきた。


「お待たせしました」


 ちょうど、抹茶スイーツをおいた。カウンターの茶色いテーブルの上にある抹茶スイーツは、鮮やかに見えた。


 パフェ、エクレア、パンケーキ。一つ一つはミニサイズだが、抹茶の鮮やかなグリーンを見ていると、目が覚めそうだった。特にエクレアの表面も抹茶色で珍しい。抹茶という日本古来のものを使っているのに、古臭さは感じない。むしろ新しい。


「今は抹茶スイーツが流行ってるんですよ」

「そうなんですか」

「原点回帰だね。私も日本の良さを再発見しているところです。では、ごゆっくり」


 店長は穏やかな表情で説明すると、赤ちゃんの方の行き、せっせと怪していた。微笑ましい声を聞きながら食べた抹茶スイーツは、ほろ苦く、甘い。


 夫の顔ばかり浮かぶ。確かに今は微妙な関係だったが、優しいところしか思いつかなかった。悪いユダヤ人の話でも、一応最後まで聞いてくれた。


 家族以外に大事なものは無いのかも。


 そう気づいたと同時に、赤ちゃんは笑い声を上げていた。元気な声に綾美も目尻が下がっていた。今はこんな風に赤ちゃんも大事にされているが、今後の世相を見る限り、弱いものは大切にされなくなっていくだろう。そもそもこの世は悪に支配下だから、損するのはいつも庶民だ。911も地震も戦争も何でもそうだ。そう思うとだいぶ切ない。


 口の中も抹茶のせいで甘いのに、少し苦い。


 甘すぎない味を感じながら、今日は早く家に帰ろうと思う。来週からは講演会もキャンセルする予定だ。


「美味しかったです。でも、早く帰らなきゃ」

「そうですか。気をつけて」

「ありがとう。ここにいたら、大事な事に気づいたみたい」


 綾美は慌てて会計を済ませた。


「また来てください。ご今度はご家族と」


 まるで綾美の気持ちを見透かされたような事を言われた。


「ええ。今度は主人と来たいです」


 綾美はそう言い残すと、早歩きでカフェを後にしていた。

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