1-2 怒れるヴァルター
"ヴェディウス・エルリッヒの女神号"は大聖マグノリア帝國の商船である。
この船は大聖マグノリア帝國北西にある国家、フォドー帝國への交易航路を
航行していた。だが、大聖マグノリア帝國の港町ウェステンホーンブルクを
出港した2日後……
「ルメール、どう思う。」
「この船ですか?」
「ああ、夜中の船内だというのに日中かのように明るい。」
「サキュミナ人の船でしょうか?」
「サキュミナ王國は内陸国だぞ?まあ、そんな事よりも…
あやつに見つからんことを祈るばかりだ。」
エルリッヒ号艦橋。
「昨日の嵐が嘘の様なべた凪だな。」
日の出と共に嵐が収まり、静かな海域に入った事が分った。
「コンパスは南を指しているが、明らかに南極から離れている。
ドレーク海峡から太平洋に抜けた時のようだな。」
その時、ジリリンと電話が鳴った。
「どうした。」
「昨夜の件についてヴァルタ―大佐がお呼びです。会議室Bへ来てください。」
「分った、今行く。」
「何ですか?」
「大佐が呼んでるようだ…嫌だな。」
・
「一刻も早く本国へ報告せねばならん、今すぐズュートゲオルキアか
ケープシュタットに戻るべきだ!まだ此処が何処が分らんのか!」
エーリッヒ号の会議室で声を荒らげているのは、
第四次ドイツ南極探検隊指揮官、そして南極入植後に設立される、
ノイシュヴァーベンラントの指導者、ライナルト・ヴァルターSS大佐である。
ライナルト・ヴァルター親衛隊大佐。
15歳の時にミュンヘンでヒトラーの演説を目撃し、当時ヒトラーの
警護部隊として活動していた親衛隊に入団。アドルフ・ヒトラー身辺護衛連隊
(後の第一装甲師団「ライプシュタンダルテ・SS・アドルフ・ヒトラー」)に
配属される。だが1934年のレーム事件(長いナイフの夜)の際に重傷を負うが、
その後奇跡的に回復する。その後、親衛隊高官のラインハルト・トリスタン・
オイゲン・ハイドリヒと趣味の飛行機とフェンシングで意気投合し、
ハイドリヒの直属の部下になった。だが、親衛隊弱体化を目的とする中央の
策略により、ヴァルターは南極へ左遷された。
「波が収まったという事は、湾に入ったという事だろう?
艦載機で偵察するべきだ。そうだろう?」
「現在偵察機の準備を行っていま―」
「信用できん、私も行く。」
「え?」
思わず声が漏れる。
「え?とは何だ。…私はこれでも國民社会主義航空軍団の元パイロットだぞ?
あの艦載機…アラド-196は本来2人乗りだろう?」
「はい、ただ―」
「ただはナシだ。装備を借りるぞ、水偵乗りは何処だ?」
「キルヒナー少尉は調理室で芋の皮むきを―」
「何かやらかしたのか?その……。」
「アルノー・キルヒナー少尉。」
「ああ、何でアルノー君は皮むきを?」
ベックは思った。"コイツ何回話を遮れば気が済むんだ?"
「いえ、問題を起こして罰を与えているのではなく、単に暇なので
手伝っているだけです。南極に近づくと、湾に入るまで飛べないので。」
「そうか、ソマリア沖は大変だっただろう。では、偵察に私がついて行くから
予備の装備を貸すように言っておいてくれ。」
「はい…分りました。」
・
1時間後
「カタパルト射出は初めてだ、楽しみだな。」
「軽くGがかかるのでご注意を。」
「ああ。」
操縦席にはキルヒナーが、
後部観測員席にはやや興奮気味なヴァルターが乗る事に。
そして油圧式カタパルトがアラド-196を射出!
「おおお!これは速い!」
そこには当たり前のことをぬかすヴァルターと、
親衛隊の高官に緊張するキルヒナーが居た。
「最初の操縦は何時だね?」
「18歳の時にミュンヘンの飛行学校で。」
「奇遇だな、私も18の時だ。NSFKが運営するウィーンの飛行訓練所でだ。」
「水上機に乗ったことは?」
「ああ、第二次世界大戦中に試作飛行艇の評価試験に参加したことがある。
何時もリヒャルト・フォークト技師はとてつもない事をするものだ。
六発で二階建ての航空機など…まあそのあと日本がもっと大きな
戦略爆撃機を作りやがったが。」
同じ飛行機乗りだからか結構話が盛り上がる。
「ん?あれは…。」
「街、ですかね?」
海岸沿い飛ぶアラド-196の眼下に中世風の街が現れた。
「写真を撮る、一度通り過ぎてくれ。」
パシャッ
「ガレオン船でしょうか?」
「タイムトリップしたかのようだ。」
パシャッ
「あと何分飛べる?」
「ええっと、…あと1時間51分です。」
「もう少し内陸へ行こう、残量が1時間になったら帰投するぞ。」
海岸沿いではなく内陸を飛び始める。
内陸に進むと、酷い霧が地表にかかっている事に気付く。
「高度を上げろ、これでは霧に飲まれて何も見えなくなるぞ。」
「はい、8000ftまで上がります。
…!前方に航空機が見えます。11時の方向。」
「こっちからは見えんな。」
キルヒナーは機体を少し右に曲げる。
「…ああ、あれか。」
キルヒナーはその航空機が自分より後方に行った後、
機体を左に旋回させた。
その航空機に向って斜め右に飛ぶようにして、
後部座席のヴァルターにも見えるようにしたのだ。
「…あれはブローム・ウント・フォス-722か?」
双眼鏡を覗くヴァルターがそう言った。
BV-722とは、非対称な飛行機や原子力航空機など非常に"ユニーク"な航空機を作る
事で有名なリヒャルト・フォークト技師の設計したオーニソプターである。フォー
クト技師の設計した機体は、時折遠く離れた日本の新聞でも取り上げられることも
あった。だが、目の前の飛行物体は明らかに違った。2人は驚愕する。
「なっ!あれはドラゴンが?!」
「…!嘘でしょう?!信じられません!」
2人が乗るアラド-196の前に、異世界物の定番とも言える"ドラゴン"が現れたのだ。
ブローム・ウント・フォス-722(BV-722)は架空の機体で、オーソニプターとは「羽ばたき飛行機」と言う意味で、天空の城ラピュタに出てくる奴です。BV-722はヘリコプターの羽がトンボみたいになった感じをイメージしてください。史実だと非対称飛行機とか巨大飛行艇を作ったリヒャルト・フォークト技師なら作りそうだと思って小説の中のブローム・ウント・フォス社に協力してもらいました。