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エピローグ

 委員長と篠宮先輩のしりとりバトルから二週間が経った。

 あの日は先輩を家まで送ったが、その間先輩は、ずっと僕の腕を掴み、泣いていた。

 でも先輩のアパート前で別れる時には付き物が取れたかの様な笑顔で『責任、取ってくるね』と、そう言っていた。

 それ以来、先輩が放課後の図書室に現れることは一度もなかった。


「橘どしたの? 最近元気なくない?」


 昼休み、菓子パンを持った佐伯が隣の席に来た。

 気遣いは有り難いが、先輩の顔が見れない苦痛は分かるまい。


「まぁ、色々あってさ。ちょっとへこんでる」

「いいんちょに振られた?」

「違うっての」


 そう言いつつ視線を移すと、委員長はいつものメンバーと昼食を食べていた。

 あんなことがあったのに翌日から平常運転なあたり、相当図太い精神力の持ち主なのだろう。


「ムキになんなってぇ。あ、へこむと言えばさ、アタシも結構へこむことあってさ」

「どうしたんさ」


 どうやら悩みを聞きにきたんじゃなくて、自分の悩みを言いにきたらしい。


「橘なら分かると思うけど、よく図書室で貸出担当してた先輩いるじゃん? 美人で巨乳の人」


 胸に関しては敢えて意識から逸らしていたが、もちろん僕はその人を知っている。


「篠宮先輩か?」

「そう、篠宮花蓮先輩」

「そういやお前も図書委員だったな。図書室で見たことないけど」

「アタシは部活で忙しいから仕方ないんですぅ。で、その花蓮先輩がさ、最近しばらく休んでたんだけど、なんか急に引っ越しちゃったらしいんだよね」

「え……? そうなのか」


 そんなの聞いていない。

 いや、むしろ聞いていない方が自然ではあるのだが、予想外の展開でショックが大きい。

 どうりで最近会えなかった訳だ。


「家庭の事情って話なんだけど、例の不審者絡みの事件が起きなくなったタイミングと、花蓮先輩が来なくなったタイミングが被るからさ、先輩が犯人だったんじゃないかって噂が出てきちゃってるんよ。花蓮先輩に限ってあり得ないっての。ねぇ?」

「…………」


 思わず黙ってしまう。

 噂は噂でしかないが、火のないところに煙は立たないって事だろうか。


「……先輩って、どんな人だったんだ?」

「うーん。一言でいえば良い人かな。優しくて、面倒見が良くて、責任感も強くて、しかも美人だから、人望もあったし、人気もあったよ。アタシも大好きだし」


 正しくそんな感じだ。

 なんて、僕のは想像どころか妄想でしかないけれど。


「でも器用な人じゃなかったからさ、無意識のうちに敵も沢山作っちゃってたみたいでね。全部一人で抱え込むタイプだし、相当ストレス溜まってたと思うよ。3年生になってからは特にね。クラスでも色々あったらしいし」

「……そうか」


 それなのに先輩は、いつもあんな穏やかな表情をしていたのか。


「図書室は落ち着くっていつも言ってたんだけどね。ここの所たまに様子がおかしかったみたいで、相当追い詰められてたみたい」


 その言葉に、自習室での先輩を思い出す。


『じゃあどうして橘くんは、いつも私のことを邪魔そうに睨んでいたのかな?』


 僕は先輩が好きだ。

 だから先輩と同じ空間に居られるだけで嬉しかった。

 本を読んでいる途中に、先輩の様子を少し見られることが幸せだった。

 でもそれは僕の独りよがりでしかなく、先輩にとっては真逆に映っていたのだろう。

 多分僕は、先輩の一番好きな空間を、唯一心安らぐ場所を、無意識のうちに壊してしまっていたんだ。


「まさか引っ越すことになるなんて思わないからさ。お世話になった身としては、何かできたんじゃないかって思うわけなのよ。偽善的だし、後の祭りだけどさ」

「そんなことない。佐伯がいつも通り喋ってれば、それだけで助けになってたと思うよ」

「え? アタシのこと口説いてる?」

「やっぱり黙れお前は」

「照れんなってぇ」


 喋ってれば、少しは変わったのだろうか。

 もしも去年の10月4日に戻れたら。

 何度考えたことだろう。


「佐伯は、しりとりってどう思う?」

「なに? 不審者の話?」

「違くてさ。しりとりってゲームとして破綻してると思わないか? ルールは曖昧だし、勝敗が決まらなくても気にならないじゃん」

「考えたこともなかったなぁ」


 そう言いながら彼女は菓子パンの袋を開けると、それを少しだけ齧った。

 

「しりとりなんてクソつまんないゲームが出来るのは仲良しの証拠じゃん? だからゲームとしてはつまらなくても、そのなんでもない時間を共有する事が幸せなんじゃないのかなぁって思うよ」

「確かに、そうかもな」

「でしょ? だからしりとりって結構神ゲーなんだよ」

「ははっ。じゃあ、しりとりができない奴は可哀想だな」

「なにそれウケんだけど。そんな人いないっしょ」

「それはどうかな」


 委員長に目を向けると、パチリと目が合った。

 僕たちの話し声が聞こえていたらしい。

 相変わらずの冷めた瞳だが、眉間に少しだけ皺が寄っている。

 くわばらくわばら。

 逃げるように視線を弁当に戻したところで、佐伯が「あ、そうそう」と声を上げた。


「知ってる? 最近噂になってる新しい七不思議」

「七不思議って更新されるもんなの?」

「細かいなぁ。いいから聞いて。あのね、『自習室の暴れフランスパン』って話なんだけど、夜な夜な誰もいない自習室で、ひとりでに動くフランスパンが大暴れして、机とか椅子とかをめちゃくちゃにしちゃうんだって! 実際に荒れた自習室とフランスパンの写真があってね、それで――」


 都市伝説、妖怪、七不思議。

 世の中には不思議なことがたくさんある。

 その不思議は、きっと悪いものばかりじゃないはずだ。

 なら少しでもいいから、篠宮先輩が元気で幸せに暮らせるように祈ろう。

 どうかこの願いが、叶いますように。



 ――終わり――

最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

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