8. 血で血を洗う青春録
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教頭先生は、体を引きずるようにして、教卓のうしろにある椅子に体を持ち上げていた。その姿は見るも哀れを誘った。一晩ゆっくり眠って回復してほしいと思った。眠ったところで、魔力はもうこの人のところには戻ってこないことが、僕にはわかっていたのだが。
「先生」と僕は言った。
先生は、忌々しそうに僕の顔を見た。
「僕は、ここに入学することにしました」
「……は?」
「いいですよね。僕だってこうして転生してしまえば、今はここの学生たちと同じ年齢です。……いや、誰かから――例えばあなたから――若さを吸い取って、もっとそれらしくなったっていいんですよ」
教頭先生は黙っていたが、やがて不自然に目を見開いたまま、教卓から書類を取り出した。
「ここにサインして」と教頭先生は言った。
書類は入学手続きに関するもののようだった。僕は教頭先生が差し出したペンを手に取り、サインした――名前は、カーミラ。別の世界に生まれ変わったことだし、これでいいだろう。
*
寮の寝床はなかなか快適だった。とはいえ、魔法世界の限界なのかなにかわからないが、布団はあまりふかふかしていなかった。量販店の安い布団のほうがずっと機能性もいいだろうと思う。
食堂には、多くの学生が集まっていた。
食堂に入ると、一斉の学生たちの目が僕にそそがれた。吸血鬼を恐れているのかと思えば、そんなわけではなかった。どうも、僕の姿に称賛の目を向けているのだ。僕は寮に置き去りにされていたワンピースを適当に着ていた。女物の服を着るのは初めてだったが、カーミラになったせいか、それほど抵抗は感じていなかった。着ているだけで見が軽くなったような感じがする薄手のワンピース。薄紫色で、胸元が大きく開いていた。
僕は気にせず食事をすることにした。
しかし、席についた途端に、隣に座った女の子がいた。昨日あった子とはちがう。見たことはない。しかし、彼女の目は熱烈な光を帯びていた。
「ねえ、あなたさま」と彼女は言った。きれいな声だった。「あなたさまは、カーミラさまなんでしょう。私のことを吸ってくださらない?」
何を言われているのかよくわからなかった。
戸惑いを隠せないまま、「……どうして?」」と僕は訊ねた。
「だって、吸血鬼に吸われたら、吸血鬼の仲間になれるんでしょう? 私、魔力が欲しいの。魔力があれば、本物の魔女になれるでしょう?」
僕はハッとした。そうだ。吸血鬼に血を吸われた人間は、吸血鬼になる。よく聞く話じゃないか。なのに、すっかり忘れていた。魔力を吸われた場合も、同じなのだろうか?
僕は先生たちが並んでいるテーブルを見渡した。
教頭先生の姿はどこにもなかった。
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