亡者の奇襲
島国であるイーストン帝国は近くを流れる暖流と西から吹く強い風による夏は冷涼で、冬は温暖な気候が特徴的だ。
イーストン帝国は多くの植民地を持っており、そこで作られた嗜好品などで利益を得ていた。
そして、今まさにイーストン帝国に納品した植民地の貨物船が帝国西側に広がるエン海を渡っていた。
納品を終えたばかりの貨物船には通貨である金貨や銀貨か多く積まれている。
貿易を担う船乗りたちにとってこの状態が最も警戒するべきものなのだ。
なぜなら、海には海賊がいる。
甲板の上で船長が望遠鏡を覗き、口角を上げて笑った。
「見付けたぞ、金をたんまり載せ込んだ貨物船だ」
船長の言葉に俺たちは雄叫びを上げる。
「お前たち、準備はいいな」
俺たちはさらに大きく雄叫びを上げる。
「錨をあげて、帆を広げろ。前進だ」
船長は遠くに見える貨物船にサーベルの剣先を向けた。
貨物船にある程度近づくと乗組員たちも気づき始めた。閉じていた大砲が開かれ、戦闘態勢に移る。
「お前ら剣を抜け。海流に乗るぞ」
海賊船は帆を張り、舵を切って一気に加速し貨物船の真横まで来る。
貨物船の乗組員たちはその速さたじろいだ。その隙に海賊船は大砲を撃ち、貨物船の大砲を無力化すると海賊船はさらに距離を詰めた。
そして俺たちは砲撃によって半壊した甲板に降り立った。
「あたしらはサーペント海賊団。あんたらの財宝あらかた貰っていくよ」
俺たちは船長室を目指して走り始めた。
重要な宝や金は大抵船長室に置いてある。そこが一番安全だからだ。
乗組員たちは剣を抜き、俺たちを食い止めようとするも船長だけは止まらない。
そのうち船長室の前に立つ長身の男の前までたどり着くと剣を抜いた。
「大人しく渡してくれればいいのに」
「こっちは明日の食い扶持すら怪しいんでね」
お互いに睨み合ったあと素早い剣戟が始まった。
俺は目の前の乗組員を押しのけ、船長の元まで近づくと息を潜め、男の背後に忍び寄る。
男は船長との戦いに余裕がないようで、俺に気づく気配はない。
俺があと一歩というところまで近づくと、
「どうやらもう終わりみたいだね」
「俺はまだ負けんぞ」
額から汗を垂れ流し、不敵に笑う男に対し、船長はやれやれといった感じで首を振っている。
「リベル、やれ」
船長の命令に俺は飛び上がり、振り向いた男の顔面を思いっきり殴り、気絶させた。
貨物船から無事財宝を奪取した俺たちはその晩、甲板で宴会を開いていた。
海賊たちは酒樽からジョッキで直接掬い上げ、真っ赤な顔をして酒を飲んでいる。
俺はというと、単なる果汁を絞り出したジュースを飲んでいた。
今の俺は十七歳で世間的にはすでに大人のはずなのだが、この船では俺はいまだガキとして扱われている。
「なんで俺だけ酒を飲んじゃいけないんだよ」
「前にも言っただろ。船長がお前が二十歳になるまで飲ませないって」
俺の嘆きに近くで飲んでいたエリックが答える。
この船では船長の常識が俺たちの常識だ。
俺が何も言えずに黙っていると、すでにデキあがっているモールスが肩に手を回してきた。
「いいじゃねぇかちょっとくらい。ほら、こいつを飲め」
「よっしゃあ」
俺がモールスからジョッキを受け取って、一気に飲み干そうとすると
「あたしが代わりに貰おう」
横からイリーナが俺の酒を奪い取って、一気に飲み干した。
「あぁ、俺の酒が!」
「何度も言ってるだろお前に酒は早い」
頬を赤くした赤髪の美人は俺に指を指して注意してくる。
もう少しで酒が飲めそうだったのに、この頑固頭め。
何か仕返しをしないと気がすまない……そうだ。
「イリーナ、俺と一本勝負してくれ」
「ほぉ~、私にたてつこうていうのかい」
酔っている時のイリーナは挑発に乗りやすい。
まぁ、だからといって真っ向勝負で勝てるとは微塵も思はないけど。
「ルールはイリーナが俺をのすか、俺がイリーナに悲鳴をあげさせるか。先に達成したほうが勝ちだ。」
「いいだろう。お前が勝ったら何をしてほしいんだ」
掛かった。
「当然、俺が勝ったら酒を飲ませてくれ」
「仕方ないな。ただし、あたしはいくら殴られようと悲鳴を上げる気はないからな」
「上等だ」
イリーナと甲板の中央で距離を空けて対峙する。周りでは酔っぱらいたちが取り囲んで野次を飛ばしてる。
「いくぞ」
サーベルを引き抜き、船長に飛びかかる。
「またやってるよ、リベルのヤツ。ほんと飽きねぇな」
「アイツ相当強くなったよな。船に連れてこられた時なんてこんなに小さくてずっと泣いてたのに」
「うおっ、何だ今の動き。船長を除けばリベルが一番強いんじゃねぇか」
「何言ってんだ。アイツはもう船長の右腕だろ」
「違いねぇ」
「強くなると同時にとんだエロガキに成長したけどな」
野次の中で失礼なことが聞こえた気がしたが、今はほかって置く。
先程からイリーナに近づこうと試しているが一向に懐に入れる気がしない。やはり、奥の手を使うしかない。
俺はイリーナに向ってサーベルを投げつけると、野次馬の群れの中に飛び込む。
「どっから来ようと、剣も持ってないあんたの攻撃に悲鳴なんてあげないよ」
投げつけたサーベルを弾いたイリーナはサーベルをだらんと下げた状態でまさに余裕綽々と言った体勢だ。
俺はイリーナの後ろからひっそりと忍び寄ると、抱き着くように腕を廻し、船長の胸を揉んだ。
「キャッ」
イリーナが小さな悲鳴を上げる。
「今声を出したな。これで俺のか」
勝利の宣言をしようとした瞬間、頬に強烈な衝撃が加わった。
「無効だ。こんな勝負無効だ」
イリーナが顔を真っ赤にして迫ってきた。
あ、終わった。
強烈な尿意を感じて目を覚ました。
寝床から甲板に出て、広大な海に放尿する。
あの後、殴りかかろうとするイリーナを周りの連中がなんとか止めて、それを皮切りに宴会も終了となり、皆眠りについた。
ズボンをあげて、頬を触ると腫れていた。
いくらなんでも本気で殴りすぎだろ。
まぁ、首がもげてないから手加減はしてくれたんだろう。
この船に来た頃から何度も言われた「あたしたちは家族だ」と言う言葉をふと思い出す。
突然家族を失い、教会を出ることになった俺はどう気持ちを処理したらいいかわからず、いつも泣いていた。そんな俺にこの船の連中は優しく接してくれて、たまに変な事を吹き込んできたりと気をきかせてくれた。特にイリーナは本当の姉のように振る舞ってくれた。
俺はあの出来事を忘れることはなくても、泣くことはなくなった。
これまでの事に感謝していると、海上に広がる暗闇で何かが見えた。
見張り台にいるはずのルイスに声をかけようとするが、彼の姿はなかった。
すでに殺られたのか。
身を乗り出し、目を凝らすとゆらゆらと灯る鬼火がいくつか見えた。
幽霊船だ。
そう思い至った時、俺の頬を何かが掠めた。
甲板の板に刺さったそれは火矢だった。
甲板は一気に火の海と化した。
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