プロローグ3
鮮血に覆われた芝生の上に立つ女は屋根の上で倒れている男を睨んだ。一気に跳躍して屋根まで行くと同時に男に拳を振り下ろした。その瞬間、宿屋の縦一列が倒壊し、地面が揺れた。
男は直撃を受けたように見えたが、いつの間にか隣の建物の屋根に飛び移っていた。
「あぶね~、いきなり何すんだ」
男が激昂しながら叫ぶと
「あんたがあの子どもを殺そうしてたからついカッとなっちまった」
女が拳を握りながら答えた。
「邪魔すんな。俺はあいつ殺すためにここに来たんだ」
「なおさら引けないね。あの子はあたしの獲物だ。とっとと帰れ」
男は眉間に皺を寄せ、女を睨みつけるが、倒壊した宿屋を見て鉈を背の鞘に戻した。
「くそっ、今日は引いてやる」
男はそう言って屋根伝いにどこかへ消えていった。
女は男が消えるまで見張った後、リベルのもとに降り立った。
「災難だったね。あの男もなかなかの手練れだ。そこの二人はもうどうしようもない。それよりあんたのことについて話しがしたい。ここじゃ目立つから付いてきてくれ」
「…………………………」
リベルは未だ空虚な空を見上げたまま動かない。
女はそんなリベルを「無理もないか」といって担いだ。しかし、リベルは全くの無抵抗で女の肩にぶら下がっていた。
「おい、誰かこいつの家を知らないか」
女は通行人に道を聞きながらリベルを教会に送り届けた。
リベルは気がつくと見覚えのある椅子に臥せていた。白を基調とした内装と中央に立つ女神像がここが教会であることを示していた。
なぜ自分はここにと疑問におもったとき、ミアとジョンの首が宙を舞う瞬間が脳裏によぎった。
リベルはそのあまりの凄惨さに思わず吐いた。
リベルの呻き声に神父が部屋に入ってきた。
「大丈夫かリベル」
神父は礼装が汚れるのも気にせず、リベルの背を擦り、桶を手渡した。
一通り吐いて、吐き気が治まったリベルは神父に礼を言った。
「落ち着いたか」
神父の質問に頷いた。
神父が安心して胸を撫で下ろすと同時に突如部屋のドアが開いた。
入ってきたのはリベルを守った女性だった。
「まだ入るなと言っただろう」
神父は女性をドアの方に押し返そうとした。しかし、女性は神父などいないもののようにリベルに近づいた。
女性はリベルの顔を覗くとにっこり笑って、「良かった」と呟いた。
「突然だけどリベル、あたしのことを覚えているかい」
リベルは「昨日、酒場で」とこぼすと、女性は頷いた。
「覚えてくれていて良かった。今朝悲鳴を聞いて見に行ったらあんたが殺されそうになってるのが見えて、あわてて止めに入ったんだ」
女性が無事でよかったと呟くと、再度リベルの顔を見つめて
「リベル、あたしの家族にならないか」
と言ってきた。
リベルは何を言われたのかわからないというように無反応だった。
「何を言っているんですか」
神父が戸惑いながら聞いた。
「そのままだ。リベルの里親になりたいと言っているんだ」
神父は訳がわからないと頭を押さえた。
「リベル、あんたはきっとこの先今朝のやつみたいなのに狙われる。その時、もし周りに神父や他の子どもたちがいたらまた今日みたいなことになる。あんたが生きていられる保証もない。けど、あたしがそばにいれば守ってやれる。だからあたしの息子にならないか」
女はリベルの手を握りながら言った。
リベルはうつむき頭を悩ませた。
「守ってくださるのはありがたいのですが、顔も隠した相手に子どもを渡すことはできません」
神父がそう説くと、女はしばし考えた後、フードを取った。
現れたのは赤い髪を持ち、青い目をした美しい顔だった。
神父はその顔を見た時、息を飲んだ。彼の教会が崇める女神に瓜二つだった。
しかし胸元のペンダントを見た瞬間、神父は更なる衝撃を受けた。
そのペンダントは最近運送中だった貨物船から盗まれたと報道があったものなのだ。厳重に警備されていたペンダントを盗んだのは、周辺の湾岸で有名な海賊だと言う。
神父はリベルと女性の間にたち叫んだ。
「海賊なんかにこの子はやれん」
女性は自分の服を見て、しまったとペンダントを隠した。
「確かにあたしは海賊だけどリベルの安全は絶対に保証する。だから……」
「ならん。海賊に預けるくらいなら私が命に代えてもこの子を守った方がましだ」
女性は神父の言葉が癇に触ったのか、声を荒げて反論した。
「おっさんに誰が守れるって言うんだ。あんたなんか5秒も持たないだろうね。リベルには言ったが相手は手練れだ。一般人なんか相手にならない」
女性の言葉に神父は黙った。
長い沈黙が訪れた。意外にもその沈黙を破ったのはリベルだった。
「神父様ごめんなさい。僕はこの人に付いていきます」
リベルの言葉に神父は焦った。
「どうして、どうしてだリベル」
「僕はもう目の前でみんなが死ぬのを見たくない」
神父は悔しいが納得せざる負えなかった。
「わかった。リベルが決めたことに口出しはできん」
神父がそう言うと、女性はリベルを抱き締めて
「安心しろリベル、あんたはあたしが絶対に守ってやる」
リベルは泣きながら「お願いします」と言った。
旅支度をし、女性と同じようにフードを被って港に向かった。
女性は滞在できるのが今日までで、これ以上ここに留まると見つかる可能性があると言った。そのため早く準備してすぐに発った。
港に着くと、多くの漁船が並んでいたが海賊船は見当たらなかった。
女性は港には入らず、海岸沿いを歩き始めた。
リベルが浜辺の砂に足をとられて歩いていると、女性が話しかけてきた。
「災難だったな。あいつは相当戦いに慣れている。仲間も他にいるだろう」
リベルは黙った聞いていた。
「だけど安心してくれ、あんたはこのあたし、イリーナ・サーペントが守るから」
イリーナはそう言ってリベルに笑いかけた。
リベルは浮かない顔をして、イリーナを見つめた。
「まぁ、すぐには信用できないのはわかる。でもこれだけは信用してほしい。あたしはリベルの家族だ」
リベルはわからないというような顔をした。
「そのうち思えるようになるさ。さぁ、着いたよ。これがあたしたちの船だ」
リベルが顔をあげると、漁船とは比べ物にならないほど巨大な船が停まっていた。
船の先端には天使の像がおり、天辺では髑髏のがはためいていた。
「リベル航海の準備は言いかい」
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