プロローグ1
雲ひとつない夜空のもとで煌煌とひかる満月は灯籠の光が漏れる酒場の酔っぱらいたちの様子をいつも眺めては周りの星々に語りかけ嘲笑する。
今夜の語り草に選ばれたのは、シーロン王国という小国の末端に位置する港町の酒場だ。
店内は酒飲みがいるのかと疑うほど静寂に満ちていた。客もまばらで、誰もが静かに酒や飯を楽しんでいた。
この酒場は住宅街の一角に建っており、昼間はそれなりに騒ぎ立てているのだが、日が沈むと住人たちの就寝とともに静まり返る。夜中に騒ぐなど近所迷惑極まりない。
この店の客はよほどの酒好きか、表には顔が出せないような奴が多い。
そんな夜の酒場に相応しくない少年がこの酒場で働いていた。
酒場に並んだテーブルと同等の身長の少年が両手に皿を持って料理を運ぶ。皿の上に乗っているのはこの町の港で最も水揚げの多いシーロンハゼの素揚げだ。下手をすればすぐに落としてしまいそうな小さな手で料理を運ぶ少年の先には、怪しげにフードを深く被った客がいた。
胸部の盛り上がりと脚を閉じた座り方から女性客であることが窺えた。
「シーロンハゼの素揚げです。お好みで塩をおかけください」
「ありがとう」
女性客は俯いた体勢のままお礼を言うと料理に手をつけた。
「ごゆっくり」と言って少年が立ち去ろうとすると女性が子供に声をかけた。
「なぁ、なんであんたみたいなガキが夜中に働いてんだ」
突然の質問に少年が「気に障りましたか」と少し怯えながら返すと、
「そういうわけじゃない。単にあんたみたいなガキが酒屋の、しかも夜中に働いてんのが珍しかっただけだ」
と女性は優しげに答えた。その返答に少年は安堵の息を漏らた。
「良かったです。えーと、僕は教会でお世話になっているんですけど、なにぶん貧しくて。以前は上から献金があったんですが、領主が代替わりした途端打ち切られまして。孤児の中でも年長者だった僕がこうして働きにでているんです。」
「辛くないのか」
「確かに遊びたい気持ちもありますが、チビたちのためにとあらば身体に鞭を打ってでも働きますよ」
「そうか……いい兄貴だな、お前は」
「ありがとうございます」
少年が照れたように後ろ髪を掻いていると
「リベル、速く料理を運べ」
「すみません、今戻ります」
少年は店主に呼ばれ厨房に戻っていった。
かくして満月の夜会は酒場の消灯と同時に幕を閉じた。
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