とっとと別れろや
今よりシングルマザーが大変な時期があった。
そこには世間の理解も協力もない。
やるしかないと決めた昭和のシングルマザーの
奮闘記
それは昭和50年代、旦那が働き女房は専業主婦。それが一般的だった。
ただ私の家系は違かった。祖母も母も経営者。並の会社員より稼いでいた。ただ当時の風潮として女性は25位で家庭に入り家庭を守るという今では信じられない考えがまかり通っていた。例え旦那が安月給でも。
私の母は稼ぎが悪いが態度はいっちょまえに俺が食わしてやってる、家事は当然やらず挙げ句に足りない金は女房の実家が出すもんだというイカれた父方家族の考えに一年もたずにサヨナラを。
調停員の前で屁理屈語る父に調停員から早く別れたらというセリフが調書に。さらに私の父親は次の結婚の邪魔になると考えたのか私を早く籍から抜いてくれという始末。
会ったことがない父親(男)だが、なんとも情けない。父親と関わるのは彼が亡くなり遺産相続で弁護士と打ち合わせするとき位。
物心つく前だからとにかく母の強さしかわからない。世の女性が守るべき存在なんていうアイデンティティーは微塵も育つ理由がない。
保育所に1歳から通ったがまわりもシングルマザーが普通。もう一度記載するが昭和の時代。今よりシングルマザーへの理解はずっと低い。どれだけの戦いをしてきたのか想像の遥か上である。
敵わないし一番リスペクトしていて、今も強い。
時代が変われどシングルマザー(ファザー)の大変さは変わらない。
苦悩を乗り切る覚悟が求められる




