死ね死ねしゅきしゅき
体操服を盗まれたのはこれで三回目。上履きは二回だ。
「富岡、どうした?」
「すみません、体操服を忘れました……」
「そうか、なら見学な」
「はい……」
体育館の片隅で、気味の悪い笑いが漏れている。
性格の悪い女達が、三人揃って私の方を見て笑っていた。
「死ねばいいのに……」
端っこで体育座りをし、俯く。
「死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね」
突っ伏した顔。
怨念染みた呪詛を重ねるが、気分は晴れない。少しも紛れない。
クラスの女子のリーダー格である真弓に目を付けられたばかりに、私の学校生活は果てしなくブルーだ。
ちょっとスポーツテストでアイツより成績が良かっただけで、すぐこれだ。気が重い。
それに比べ──聖一君は今日も凛々しい。
バスケ部の若きエース。汗がよく似合う。
「しゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅき」
聖一君になら体操服を隠されてズタズタにされてもいい。寧ろして。
私のことを考えながら、ざまあみろと笑って体操服を燃やして欲しい。マジで。
体育が終わりクラスに戻ると、教科書が無くなっていた。
隣の席に奴に見せてもらうのもなんだから、とりあえず聞いてるふりだけでいいや。
「クスクス」
真弓がこっちを向いて笑っている。
死ねばいいのに。
──死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね
ノートに写経染みた呪詛を並べるが、気分はちっとも良くならない。寧ろ悪化している。
このあいだの期末テストで真弓より僅かに成績が良かったばかりにこの有様だ。嫌になる。
それに比べ──聖一君の朗読は神だ。
遅めの声変わりで少しもやっとした高めの声が、最高に心にささる。
しゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅき
聖一君になら教科書を隠されて全ページ山羊のエサにされても許しちゃう。寧ろして。頼むから。
お昼。お弁当がグチャグチャにされていた。
折角のウサギさんハンバーグが台無しだ。
案の定真弓がこっちをチラチラと見ている。
取り巻きの雑魚二人も鬱陶しい。死ねばいいのに。
死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね
もう原型を留めていないお弁当を無心で口へと運ぶ。
食べなければ午後は空腹で地獄だ。
嫌でも食べるしかない。
それに比べ──聖一君は素晴らしい。
大きなおにぎりにかぶりついて笑う聖一スマイルは100万円を払う価値がある。
しゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅき
聖一君にならお弁当をグチャグチャにされてザリガニを乗せられても笑って食べちゃう。
『豚のエサだ。食え』と言われて、ブーブー言いながら聖一君が投げたゴミを食べたい。
放課後、トイレへ入っていると、上から水をかけられた。
気分は最悪。扉の向こうから高笑いが一つ、ゲス笑いが二つ聞こえた。
髪から垂れる水を絞り、扉を開けると、既に誰も居ない。
青いバケツだけが転がっていた。
「死んでよホント……」
バケツを戻し、廊下へ出た。
「どうした!?」
「──!!」
廊下に出ると、聖一君と鉢合わせてしまった。
こんな姿見られたくなかったのに……どうしよう。しゅき。
「ずぶ濡れじゃん!! 大丈夫!?」
「あ、え……と」
頭の中が白けてゆく。言葉が出ない。
今日はなんて最悪な日だろうか。
「俺、タオルあるから──!」
「い、あ、や……」
やめて、それ以上言わないで!
そんな優しくされたら──
「なに優しくしてんの? 墨汁ぶっかけて蹴り入れてもらってもいい? その方が嬉しいんだけど」
「──え?」
キョトンとした聖一君。
ポカンと口を開けて呆然としている。
やがて我に帰り、足早に逃げ出してしまった。
「……優しい男なんかいらない。いらない……」
クラスに戻ると、真弓と取り巻き二人がニヤニヤと笑っていた。
「あのさ、明日から自転車の空気抜いたり机の脚曲げたり髪の毛バリカンで剃ってもらってもいいかな? ちょっと嫌なことあったんだよね」
「──えっ?」
「なにキョトンとしてんの? 今までよりも酷く虐めてって言ってるだけなんだけど」
「え? え? え?」
「やれよ」
「え、いや……ごめん。何言ってるか分からないし怖い」
こうして、彼女は次の日から嫌がらせを受けることが無くなった。