4月1日:音羽の引っ越し
「すみません、隣に引っ越してきた者なのですが」
午後3時。やっと引っ越しの片付けが終わり、昼寝をしようかと思っていた頃、彼女はやってきた。
「わざわざありがとうございます。今開けますね」
声からして相当若い女の子だ。僕と同じくらいか、もう少し下ぐらいだろうか。
僕は慣れない玄関の鍵を開け、初めて直接彼女と顔を合わせる。
「美咲音葉と申します。これからよろしくお願いします」
ドアを開けた途端、お辞儀した彼女の綺麗な黒髪が目に飛び込んで来た。
お辞儀をしているので顔はよく見えないが、髪だけでなんとなく綺麗な人なんだろうと察するほどだ。
「あの......?」
思わず見惚れていると、彼女は不思議そうな顔をしてこちらを見上げた。
やっぱりとても綺麗な人だ。
「あぁ、すいません。僕は真口玲と言います。実は僕も一昨日引っ越してきたばかりなので、何かの縁ということで仲良くして貰えると嬉しいです」
とは言ったものの。こんな可愛い人と僕が顔を合わせるのも失礼だろう。
ましてや隣の部屋に住むだなんて、一生の運を使い切ったのじゃないだろうか?
「そうだったんですね。分かりました。では今後とも隣人としてよろしくお願いします」
彼女は深々と礼をして、自分の部屋へと戻っていった。
口ではああ言ってるが、おそらく社交辞令なんだろう。
彼女からはなんとも言えない「私に関わらないで」というオーラが醸し出されていた。
「まぁ、顔を合わせたら挨拶はしないとな」
“無関心”が“嫌い”に変わらないためにも。