29話 奴隷紋の謎
「……様。リ……。」
誰かの声が聞こえる。…もしかして、アルフ?
意識が戻ってきたばかりで、よく声が聞き取れないリリはぼんやりとした頭で考える。
そういえば…どうして私、倒れてしまったのかしら?
倒れる直前の記憶がはっきりと思い出せず、リリはなんとか冴えない頭をフル回転させる。
そう…確かアンゲリカの鎖骨に模様が刻まれていて…それで…。
「リリ様!!」
珍しく大声で叫んだアルフの声に、倒れた状態のまま考え事をしていたリリの意識は呼び戻された。
「はい!私はここにいますわよ!?」
「よかった…目覚められなかったらどうしようかと思いました。」
「と言うか、『私はここにいますわよー』って、どう言う返事?」
「ちゃ、茶化さないでくださいまし!私だって普段はそんな……とにかく!驚いてしまったのよ!」
からかってきたライリーを人差し指でビシッとさし、あわあわと焦りながらも言い訳をする。
今までは無関心を貫かれるか罵声を浴びせられるかの二択しか受けたことがなかったので、茶化される事になれてなかった。
ライリーはリリに指をさされてもケラケラと笑い、「立てるか?」とさりげなくリリの心配をしてくれた。
やっぱり、根はいい奴よね。…悪癖が無ければもっといい子だと思うんだけど…。
「それより、一体どうされたのですか?僕が呼びに来た時にはすでに倒れていましたけど‥。」
「そ、そうですわ!その事で二人に話しておきたいことがありましてよ。」
「ん?なんか新しい情報でも得たか?」
「ええ。この情報をもとに推測して行ければ、アンゲリカを仲間に引き入れる事も容易にできると思いますわ。」
「ふむ…。して、その情報とはいかがなもので?」
「実はアンゲリカの鎖骨あたりに…相手を奴隷にする際に刻まれる紋章と思わしき模様が刻まれていたのですわ。」
「奴隷紋‥。」
アルフは顎に手を置く動作をして、しばらく考え込む。
逆にライリーは驚いた様に目を大きく見開いていた。
「確か、血族の隷属は違反じゃなかったか?」
「その通りよ。…それにしても、辺境伯であられるエグモント卿は何故こんな事を‥…。」
「地位を失う事は間違いないし、度合いによっては最悪死刑者だぞ?」
「だからこそ私も驚いているのよ!リスクが高過ぎる上に、アンゲリカさんを奴隷にしたとしてもエグモント卿には何のメリットもないわ。」
考えれば考えるほどわからない問題ね…。一体エグモント卿は何をしたいの?どうしてアンゲリカを‥。
このままでは堂々巡りで答えすら出せないまま。
何としてでも手がかりを見つけなければ…。
リリとライリーは思い当たる節を口にしていく。
「あ、アンゲリカを使って何か商売をするとかかしら?」
「んー、そもそもアンゲリカが血族じゃなくて養子とかか?」
「アンゲリカを盾に何か取引をしてるとか?」
「実はアンゲリカ本人が望んだ事なのか?」
「いえ、多分そんな大した理由ではないと思います。」
ずっと黙っていたアルフがここに来て口を開いた。
リリとライリーはアルフの方を向き、アルフの話の続きを促す。
アルフは顎に置いていた手を離し、身振り手振りを使って説明をする。
「アンゲリカさんについてここに来る前にちょっと調べてみたんです。彼女の家族構成や、親戚などについても調べられる分だけ調べてみました。」
アルフは左手の指を3本立て、そのうちの一本を折り曲げる。
「彼女は元々3人家族でしたが、ある時母親が死んでしまいそれから父親…エグモント卿と二人暮らしをしているそうです。」
父親と二人暮らし……私と一緒ね。
リリに関しては、リリが生まれたと同時に母親は死んでしまったため、『母親』と言う存在についてよく知らない。
だからこそ、『母親』と言う一つの存在に夢を抱いている。
私の母親ってどう言う人だったのかしら……今世の母親にはあったことがないし…前世の記憶もあまり思い出せないし、最近に関しては全く思い出せなくなってきてしまったわ‥。
本当に自分に前世などあったのかそれすらも曖昧で、もしかしたら前世など言っている事はただの妄想で、私は今生きている人生が初めてなんじゃないか、今となってはそう思う。
だからこそ、うっすらとした記憶しか思い出せない母親にすがるよりも、自分が生まれている事自体が『母親』の存在を示している方に執着してしまっているのだ。
「それからしばらくの間、アンゲリカさんは酷く憔悴していたそうです。」
部屋の窓もドアも開いていないはずなのに、どこからか風が吹いてきた気がした。
そろそろ初夏も近い時期だと言うのに、何故か冷たい風を感じるのは気のせいなのだろうか?
アルフは落ち着いた口調で語り続ける。
「当時の友達の方も随分と心配していたそうですが…ある時を境に、アンゲリカさんは急に明るくなったそうです。」
憔悴している所まではわかるが、何故急に明るくなったのだろうか?
少しずつ元気を取り戻すのが普通ではないだろうか?もしかして…無理に明るく振る舞っている?
だとしても、そんなことをするのにも限界が来てしまうのではないか?
ぐるぐると思考を巡らせて行くが、いろいろな可能性が出てきて、それを捨てきれずに堂々巡りになってしまう。
そんな時、アルフは口を開いた。
「もしかしたら、その頃からアンゲリカさんは奴隷紋をつけられていて…それを隠すために明るく振る舞ったのではないかと。」




