23話 怒声
男は今にもリリに向かって炎の魔法を唱えようとしている。
まずいわ…このままじゃ‥!
洒落にならないほど、今リリは焦っていた。
ただでさえ魔法は取り扱いの難しい物だというのに、それが故意に自分に向けられていて冷静でいられるものは少ない。
しかし、がむしゃらにパニックになっても命を落とすだけ。
何とかしてこの状況を打破できないか、猛スピードで脳をフル回転させる。
「これでやっと、俺は不幸から解放されるんだ!」
何をとち狂った事をと言ってやりたい所だが、そんな事を言っている余裕すらない。
早く…早くしないと!
死が目の前に迫っているからか、リリの足は動いてくれない。
それどころか、恐怖から腰が抜けてしまい立つことすらままならない。
「死ね!」
男が詠唱を唱え終わり、リリに火の玉が直撃仕掛けた時
「レスト。」
凛とした声が辺りに響き、今まさにリリの身を焦がそうと迫っていた火の玉はいつの間にか消えていた。
「なっ!なんてことするんだ?!」
「校則がどうこうとか言うつもりはないけれど…流石に殺しは見逃せないわ。」
壁に寄り掛かった体制のアンゲリカがそこにはいた。
彼女はリリを助けてくれたのだ!
でも…どうしてここが?いえ、それよりも…何でこんな所に?
「俺は悪くない!そもそも!こんなクズがいなくなったって誰も何も思わないだろ?!」
そう…よね。私なんかがいなくても…いえ、私がいなくなったらお父様は喜んでしまうのかしら‥。
何故か、リリは何も悪くないのに罪悪感の様なものを感じた。
私が生きてるから…お父様は外面を気にして私を生かしてくれているだけにすぎないのに、おこがましくもお父様を見返そうなんて…。
前々から、何も進歩できず、ただいたずらに時間を浪費していくだけで前に進む事ができない自分に嫌気が差してきていたリリ。
しかも、自分に協力してくれると言っていたゴマちゃんに隠し事をして、一人で全て解決しようとしていた。
事が大きくなるに連れて、周りの助けもいる様になってくる事も忘れたまま、ただただ愚直に策を試していくだけだ。
だんだんと薄暗い気持ちが心を覆い、悲観的な考えで頭が埋め尽くされそうになる。
どうして…?私だって、私だって頑張っているのに…。
認められたい、一度でいいから自分の努力が報われて欲しいと願い続けてきた結果がこれだ。
身内だけにとどまらず、ただクラスが一緒になっただけの人物からも、殺害されかける程に嫌われてしまった。
「誰も悲しまない?…ああ、確かにそうかもな。」
アンゲリカは男の言葉を否定する事なく、むしろ肯定的だった。
やっぱり…アンゲリカさんもそう思うわよね‥。
あんなにしつこくつき回っていたんだもの、嫌われても仕方ないわ‥。
「だが、それが何だ?」
しかし、アンゲリカの言葉はただ男の言葉を肯定するだけにとどまらなかった。
彼女は続け様に言う
「誰にも悲しまれないからって生きる事をやめるのは、ただの弱者にすぎない。誰にも求められなくたって、自分なりに追求したい事を見つければいい。…それに、そもそも魔族だって人間だって、勿論天使だって、生きてる意味はないさ。」
勇ましく、堂々と声を張り上げるアンゲリカ。
そんな彼女の澄んだ濃い紫色の瞳が、リリには輝かしく見えた。
「だが、生まれてきた以上、自分の人生を楽しまなきゃ損になってしまうだろ。だったら、周りの非難の声なんか気にするほうがバカらしい……わかったらさっさと去れ。」
キッパリと言い切った後、男を睨みつけ「この場から消えろ」と視線で訴えかける彼女。
そんなアンゲリカの視線に耐えられなくなってか、男は小さな悲鳴を上げ足をもたつかせながら去っていった。
「大丈夫か?」
「え、ええ。…ありがとう。」
ボーッと惚けていたリリの前に手が差し出された。
その手の持ち主はアンゲリカで、紳士的にリリの事を立たせてくれた。
「いや、いい。……ああ言うやつを見ていると、吐き気がしてくるんだ。」
澄んだだと思っていたものは、近くで見ると少し曇っていた。
だが、それくらいなら仕方がない。誰にだって辛い過去や経験があるはずだから。
だけど…すでにこの場にいない男が立っていた場所を見つめているアンゲリカは、どこか不機嫌に見えた。
「人がどれほど苦しい思いをしていたのかも知らず、のうのうと生きていたくせして、自分にちょっとした災難が降りかかるたび誰かのせいにする。…そんなには今すぐにでも血反吐を吐く思いをしてもらいたよ。」
紫色の瞳には憎悪の炎がふつふつと湧き上がってくる。
その炎は止まる事を知らぬかの様、どんどん膨張していく。
「疫病神?もっと努力をしろ?そんなものわかっている。だったらお前はどうなんだ?そのでっぷりとした体のどこに努力したと自信を持って言える要素があるんだ?」
発狂に近い形で胸の内を吐露しているのだろうか?
ついに彼女の目は終点が合わなくなり、錯乱状態にあることは一目でわかった。
慌ててリリは、彼女を正気に戻そうと体を揺さぶった。
「ちょっと、大丈夫ですの?!」
「うるさい!」
「きゃっ!」
優しく揺さぶったはずだが、混乱状態に陥っている彼女には刺激が強すぎたらしい。
肩に置かれた手を振り払うアンゲリカは、はぁはぁと短く呼吸をしている。
このままでは呼吸混乱になってしまうのではないか、そんな心配からリリはもう一度アンゲリカに声をかけるのだが…
「落ち着いてくださいまし!別に私はあなたの敵じゃ‥」
「黙れ黙れ!私に触ってくれるな!」
怒声が辺りに響き、リリは思わず体をすぼめる。
そんなリリを見たからか、アンゲリカはハッと正気を取り戻したと思えば、走ってその場を去って行ってしまった。




