自己(事故)紹介
「では、私から。」
そう言って立ち上がり、最初に自己紹介を行ったのは伊藤文也、4人の中では最年長者の31歳で、僕と斎藤さんを玄関で迎え入れてくれた人だった。
180センチ強の高身長で細身の体つき、ノンフレームの眼鏡をしており、(シュッとしてるなぁ…)というのが第一印象だった。
実際、先生の最初のアシスタントでもあった彼は、ストイックな気質で責任感も強く、その画力は秀逸だった。
「次、僕ね〜。」
2番目に自己紹介をしたのは、木戸太という名前通りの少々太めの体型、坊ちゃん刈りの人だった。見た目は年齢不詳の27歳、漫画オタクが転じて旬の漫画家であった明智先生に懇願して弟子入り(?)したらしい。
「次、オレ行きます。」
そう言って立ち上がったのは、ロン毛の人だった。僕に1番年が近い24歳で、中肉中背の彼の名は高杉翔太。何というか、彼は…『明智作品の超大ファン』だった。自己紹介というよりも、明智作品の凄さをとにかく力説する彼の姿には、正直圧倒されてしまった。
『もう、自己紹介になってないじゃん。』
高杉さんを制して、最後に自己紹介をしたのは岡田沙奈子さん。高杉さんと同い年の24歳で、2人は元々同じ大学の漫画研究会に在籍していたらしい。大学卒業後、しばらくフリーターをしていた彼女は、高杉さんからの強い勧誘にあってアシスタントに加わったらしい。もっとも、彼女自身も興味があったからこそなのだろう。童顔で愛嬌があり、メガネが良く似合い、職場ではいつもポニーテールにしている彼女に、高杉さんの気があるのは…すぐに伝わった。…というか、高杉さんがわざと伝えて来たのかもしれない。
当初は、僕に対して外様感を出して接していたのだが、岡田さんが僕の好みのタイプでは無いと認識してからは、距離感を急速に縮めてきた。
「アシスタントが5人か……。ちょっと多すぎませんか。」
「何言ってんだよ。君だって、そろそろデビューしてもおかしくないだろ。そうなったら、すぐ人手不足だぞ。」
伊藤さんの発言に対する斎藤さんの発言。
上昇志向の強い人の自尊心をくすぐる、絶妙な返しだった。
「それに彼はまだ見習いだ。正直、君達程のスキルもないからね。」
僕への配慮(?)からか、予防線も張ってくれた。
「そういえば、関君のチャームポイントは画力って事だったよね。」
「ウイークポイントです!」
明智先生のイジリ(?)ボケ(?)に僕は一応突っ込んだが、これが良くなかった。
「おもしろ~い。漫画家のアシスタントをやるのに?」
沙奈子さんが、ここぞとばかりに食い付いて来た。
「そうだ、ちょっと描いて見せてよ、…そうね、私の似顔絵!」
「おっ、いいねぇ。見たい見たい。」
誰も止める気は無いらしい。…斎藤さんも。
描かないで済ますという選択肢は無いらしかった。
「当然、3割増しでお願いね。」
そう言って差し出されたメモ紙に、僕は目の前の沙奈子さんを凝視しながら、渾身の絵を書いた……つもりだったのだが…
「どれどれ〜、えー可愛くない。…って言うか、これ誰?」
彼女はお気に召さなかったらしい。
「どれどれ…」
他の先輩方、先生も身を乗り出して覗き込んで来た。
そして、暫しの沈黙…。
「取り敢えず、当分見習いだな。」
伊藤さんが全員の気持ちを代弁した。
どうやら僕の画力については、早々に全員の共通認識がなされたらしい。
こうして僕のアシスタント生活は、始まった。
今になって振り返ると、斎藤さんから聞いていた通り、確かに先生は中々のくせ者だったし、先輩達もそれぞれ個性的な方々だったが、先生と斎藤さんと彼等が織りなすこの空間は、僕にとっては意外と居心地が良かった。
彼等の事も好きだった。
だが、あれから3年2ヶ月。
既に斎藤さんは先生の元を去っており、今や、先輩の一人は独立し漫画家に、一人はマンガ喫茶の雇われ店長に、一人はフリーターに、一人は殺人犯になっていた。




