アシスタント
そもそも、僕が何故、明智先生のアシスタントになったのか。
約3年前、僕は大学の卒業年次を迎えていた。
卒業記念という訳でもなかったのだが‥‥、僕はそのタイミングで作品として初めて漫画を書いて応募した。
漫画は人並み程度に好きだが、画力に覚えはなかった。
ただ、その時たまたま面白いストーリーが浮かび、それを誰かに伝えたいという衝動に駆られた僕が行った自己アピールだった。
当然にして、その作品が審査員達の評価を受ける事などなかった。(そもそも、画力で既に選考対象外とされたかもしれない。)
だが、その数ヶ月後に大手出版社の斎藤と名乗る人物から1本の電話が入った。
「⚪⚪賞に応募した関君ですね。」
「はい、そうですけど‥‥」
電話の内容はこうだった。
今回の僕の書いた漫画のストーリーに、センスと漫画家としての才能を感じた。もし将来漫画家としてのデビューを目指す気持ちがあるのなら、自分の担当する漫画家の元でアシスタントをしながら画力を磨いてみる気はないか?
驚きと戸惑いを覚えながらも、僕は率直に嬉しかった。自分の作品が他人に評価された…しかもその道の専門家に…。今までに経験のない高揚感に襲われた僕は、その勧誘(?)に応じてしまった。内定がなかなか取れない就活に疲弊もしていたのかもしれないし、芽が出なくても実家のクリーニング屋を継げばいいと安直に考えていたのかもしれない。
その3日後、僕は某コーヒーチェーン店で斎藤さんに初めて会った。自称常識人の僕は約束の時間の少し前にお店を訪れた。
「いらっしゃいませ。お一人様ですか。」
30代前半?位の女性店員が.笑顔で声をかけて来た。
「人と待ち合わせてまして。」
そう答え、空いている席へのエスコートを予想していた僕に対する彼女の返しは、ちょっと意外だった。
「お待ち合わせのお相手のお名前を伺っても、宜しいですか。」
(この後に来る待ち合わせ相手への配慮かな。でも普通、先に来て待っでる方の名前を聞きそうなもんだけどなぁ。)
そう思いながらも、「斎藤という方です。」と僕は答えた。
「かしこまりました。お席にご案内します。」
そう言って彼女は僕をエスコートしてくれた。但し、そのエスコート先には、既に先客の男性の姿があった。
「おっ、来たね。」
僕の姿に気づいた男性が、椅子から腰を上げた。
「関君だね。電話した斎藤です。」
七三に分けた髪型、ダークグレーのスーツに紺色のストライプのネクタイ、僕の中のザ・サラリーマンの姿がそこにあった。
「せ、関です。はじめまして。」
「時間前10分とは関心だね。うん、まあ座りなよ。」
ワンテンポ遅れて挨拶した僕に、着席を促した彼の前には、既に空になったコーヒーカップと丸められたクールミントガムの包み紙があった。
(この人、どの位前に来ていたんだろう。)
(2重で大きな目…、凄い目ヂカラだなぁ。)
そんな考えを巡らせながら、僕は斎藤さんの向の椅子に腰掛けた。
「おねえさん、コーヒーのおかわりを。それと…」
そう言って、斎藤さんは僕の方に目線を送ってきた。
「あ、僕もコーヒーを。」
「かしこまりました。」
軽くお辞儀をして、おねえさんは去っていた。
その後ろ姿を少々見送った後、僕が正面を向き直すと、それを待っていた斎藤さんが、直ぐに口を開いた。
「早速だけど、これから君にアシスタントについてもらう漫画家の先生について、事前に知っておいてもらいたくてね。」
(えっ、それってトリセツってやつ?…ていうか、クセがあるとか、ワガママって事?)
そう思った僕は、おそらく顔を曇らせてたのだろう。
「大丈夫だよ。超がつく程のクセモノとかワガママって訳じゃないから。」
斎藤さんは、すぐにフォローの言葉を続けた。
ただ、そのフォローはクセモノ、ワガママといった僕の想像を肯定しているに他ならないものだった。
僕の不安にはお構いなしに、斎藤さんは説明を始めた。
・初の連載を持ったのが30歳の時で、それから5年後に描いた通算5作目の今の連載漫画でブレークをした、実は中々の苦労人である事
・作品の出来に妥協を許さず、ネームから仕上げまで、アシスタントの作業部分も含め、作品の出来に拘りを持っている事
・ストーリーについては秘密主義で、アシスタントや関係者にも一切話さないという事
・今の作品が爆発的なブレークをした中、最近少々天狗になってしまった事
加えて、斎藤さんは自身とその先生の関係性についても話してくれた。
・その先生と斎藤さんは中学生時からの友人である事
・実は自分も昔は共に漫画家を目指していたが、将来への不安と自身の能力不足を痛感し挫折。編集者への道を志した事
そんな説明を30分程受けた。
結論から言うと、それでも僕は今回のアシスタントの仕事をしてみる事にした。
それは、この日の面談で、この斎藤という人物に信頼と頼もしさを感じたからだった。そしてもう一つ、
「実は、これまでも奴のアシスタントは何人か採用してきたんだが、こちらから声を掛けたのは今回が初めてなんだ。」
斎藤さんが言ったこの一言に背中を押されたからだった。
そして後日、斉藤さんに連れられて僕が訪れたのが、先生の仕事場だった。




