揉め事
証拠こそなかった。
だが、犬飼以蔵は明智先生の漫画のネタバレを手に入れていた。これは、僕にとってはもはや確定事項だった。
然しながら、そうなると当然新たな疑問が生まれる。では、犬飼はいかなる方法でソレを手に入れたのか?犬飼が自分の名前でソレをネット上に晒した目的は何だったのか?
考えても分からないし、聞きたくても、当人は既に亡くなっている‥。
正直気は進まなかったし、あの人がソレや先生の行方を知っているとは思えなかったが‥
僕は残りの一人の先輩にも再会してみる事にした。
勤め先のマンガ喫茶の場所は、以前聞いてあった。
その記憶を頼りに探すと、意外と簡単に店は見つかった。
店に入り、受付の女性店員に「昔お世話になった者で‥店長さんにお会いしたいのですが。」と伝えた。
「なんだ、関か。誰かと思ったよ。」
程なく、内線を受けた木戸さんが、後ろのスタッフルームから顔を出した。
団体客用なのか、空いていた広めの個室で、僕は木戸さんと話をしたのだが‥‥期待どおり(?)木戸さんから有益な情報は得られなかった。いや、寧ろ嫌な気分にさせられた。
「しかし、関も大変だなぁ。」
「伊藤さんも前に言っていただろう。明智先生はは優しくないし、作画のアドバイスしかしてくれないって。関も考え時じゃないのか。」
「一年もほっとかれて、これ以上義理立てする必要もないだろ。」
「あれ程仲良くしてた斎藤さんだって、先生と揉めて、結局先生の事を見捨てたんだろう。」
これらの言葉は、僕の木戸さんに対する以前からの不信感を決定づけさせた。
「もう、いいです。お邪魔しました。」
僕は早々に、店をあとにした。
正直、この人とはもう二度と会いたくないと思った。
だが、その僅か15分後、僕は再びマンガ喫茶に向かっていた。
それは木戸さんに確認したい事が出来たから。
つい先程聞いたばかりの木戸さんの言葉に、疑問を感じずにはいられなかったからだった。
再び現れた僕の姿に、木戸さんは多少驚いた様子だった。
「どうした?」という木戸さんからの質問に、僕は質問で返した。
「なんで木戸さんが知っているんですか?」
何を言っているか分からない。‥そんな顔だった。
「伊藤さんが辞める時に僕に言った言葉、斎藤さんと明智先生が揉めていた事、どちらもその場に木戸さんは居なかった筈です。」
「それは‥」
木戸さんは、言葉に詰まった。
ここへ戻る前、僕は思い出していた。
木戸さんが明智さんの元を去った日、私物の整理をしていた際、木戸さんがその手に特殊なレコーダーのような物を持っていた事を。
あれには、もしかしたらタイマー機能やリモート機能が付いていたのかもしれない。
「木戸さん、盗聴してたんじゃないですか。」
「何を言ってるんだ。しょ‥証拠でもあるのか。」
木戸さんは直ぐに否定したが、明らかな動揺が見られた。直ぐに証拠なんて事を言い出すのも怪しかった。
「じゃあ、どうして知ったのか言って下さい。」
僕は木戸さんを詰問した。
だが、木戸さんは決して盗聴について認めなかった。
でも、僕にとっては、実はそんな事はどうでもよく‥‥ただ、木戸さんが知っている明智先生に関わる事を教えて欲しいだけだったのだ。
罪に問われる事を恐れる彼に、僕は、悪用さえしないのであれば告発する気は無い事、明智先生に関する事で知っている事を教えてくれればいい事を、ただひたすら繰り返し言い続けた。
そして、長い押問答の末だった。
「‥本当だな。」
ようやく、木戸さんは折れた。
「正直、俺が知っているのは、明智先生と斎藤さんの揉め事の事だけだ。それもザックリとしたものだぞ。」
そう釘を刺す木戸さんに、僕は「構いませんよ。」と答えた。
「揉め事の内容はこうだ。二人は漫画の今後のストーリーを誰かに教えるかどうかについて衝突していた。明智先生は、教える事を許さなかった。でも斎藤さんは、それに反対した。
明智先生は『作品の命を奪うのか?』『出版会社の社員という立場だから言える事だ。』と激昂したが、斎藤さんは『自分だけの作品だと思っているのか。』『俺にだって権利がある筈だ。』と応戦し、その後部屋を出ていった。 ‥以上だよ。」
帰路の途中、僕は木戸さんの言葉を思い返していた。
そして、僕なりに、これまでに知り得た事を整理して、先生が消えた理由を考えた。しかし。そのパズルはまだまだ足りないピースだらけで、完成にたどり着くには程遠いものだった。
やがて、自宅の前まで来た時、一通のメールが着信した。
その文面はこうだった。
『 ご無沙汰しています。 関君、明日会えないかな。
明智 』




