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先生が消えた理由  作者: 末広新通
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連載終了

 「はいっ、OKです。」

 手にしたばかりの原稿にサッと目を通し終えると、担当の今里はそれを用意した封筒に入れながら、覇気のない声を発した。

 テーブルの上のマグカップを手に取り、残っていたコーヒーを一気に口に流し込む。

「それでは、最終回の原稿、確かにお預かりしました。先生、長い間、お疲れ様でした。」

 倚子から腰を上げながら、顔を先生に向ける事も無く、形ばかりの労いの言葉を残して、今里は去っていった。


(ふうっ‥‥)

 背中越しに、溜息のような音が聞こえた気がした。

 ゴソゴソッ‥‥

 シュボッ

 視線を向けた音の出所にあったのは、初めて見るタバコを吸う先生の姿だった。

 2分程吸った後、傍らの緑茶缶の飲み口に六分の一程になったタバコの先をあてがい押しつぶすと、先生は僕の方に振り向いた。

「関君、今日までありがとうな。」

 どこか力の抜けた、優しい口調の‥‥正直、らしくない台詞だと思った。


 

 『明智秀樹あけち ひでき』‥‥、先生の事を端的に説明するなら、売れっ子漫画家と言うのが正解だろう‥‥ただし「元」だ。

 某週刊少年誌の巻頭カラーを頻繁に飾る人気漫画の作者が、明智先生だった。

 個性的なキャラクター達が巻き起こす数々の出来事は、いつも読者の予想の斜め上を行き、驚かせ、時には感動を与えた。

 当然のようにアニメ化もされ、キャラクターグッズの販売も好調だった。

 その絶頂期に、僕は先生のアシスタントになった。

当時、僕を含めてアシスタントは5名いた。その多くは、将来のデビューを夢見る若い漫画家志望者だった。

 だが、そんな僕らに対する先生の態度は、陰険だった。

「たかがベタ塗りに、どんだけかかってんのかなぁ。」

「そんな線引かれたら、俺のキャラクターが死んじゃうよなぁ。」

 有名な人気漫画家ともなれば、周囲も持ち上げるし、忖度もする。それでいて日々多忙だ。多少高飛車になるのは当然とも言える。僕らも頭では解っていた。

 それでも、呟きのように日々繰り返されるダメ出しは、僕らの先生に対する尊敬の念を少しずつ削り取っていった。

 やがて、アシスタントは一人、また一人と辞めていった。

連載の人気も下降しだした。

「何で辞めちゃうんですか。」

 辞めていったアシスタントの一人の去り際、二人だけになったタイミングで聞いた事がある。

「はぁ?考えても見ろよ。先生には俺らに対する優しさがない。アドバイスは作画関連の事しかしてくれない。これ以上ここで働く意味なんて無いだろうが。」

 正直、返す言葉が無かった。

元々、漫画家を目指す彼等にはそれなりの画力はあった。作画の仕上げをし続けた事もあって、その力はその辺の連載を持つ漫画家と比べても遜色ない程だ。そんな彼等が、明智先生から最も学びたかったのは、卓越したストーリー構成力であり独創的な発想力だった。

 しかし、先生はその部分での指導は一切してくれなかった。

「先生は、どうやってストーリーを思いつくんですか?何かコツみたいなものでも、あるんですか?、」

彼等は何度となく教えを請いだ。

 だが、そんな時、いつも先生の答えは同じだった。

「そういうものは、自分で考え、見つけるものだろ。」





 「そうそう‥‥。」

 先生は机の引き出しから白い封筒を取り出し、僕に差し出した。

「これ、少ないけど。」

想定していなかった先生の好意に、僕は急に不安を覚えた。

「先生、これっきりって事はないですよねっ。」

「ハハ、当たり前だろ。これはほんの臨時ボーナスみたいなもんだよ。」

「ですよね!」

「ああ、少し休んだら、すぐに次回作の準備に入るさ。原案は既に頭の中にあるんだ。その時には、また頼むよ。」

「はい、連絡待ってます!」


 こうして、今や一人となったアシスタントの僕の、先生の仕事場マンションへの連続出勤は、2年と2ヶ月にして止まる事となった。



 それから何ヶ月が経っただろう‥‥。

いまだに‥‥先生からの連絡はない。

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