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魔法が使えるだけの普通の女の子  作者: まるぱんだ
11.旅立ちの日に
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98.卒業

「えー、只今から、卒業証書授与式を、行います」

 司会の教頭先生の声を、体育館の扉の向こうから聞いている。


 在校生は、座席に整然と座っていることだろう。つまらない、と思いながら。式次第と時計を見比べながら。

 去年までの私たちが、そうであったように。


 しかし、その私たちが、今、この式の主役なのである。


「卒業生、入場!」

 割れんばかりの拍手の音が聞こえると共に、扉が開く。


 私たちは、練習した通りに列をなして座席まで歩き、全員でタイミングを揃えて一礼、そして一斉に座る。


 この一週間ほど、毎日これを練習させられたのだ。予行では、在校生も交えて。


 卒業生が練習したのは、座席の起立着席や証書授与だけではない。

 校歌、国歌、蛍の光、仰げば尊し。更には卒業生が在校生に向けて合唱する、卒業式らしいバラード。今流行りの歌手の曲らしい。

 つまり、歌の練習である。


 こんなことをするのは、中学ぐらいだと思っていた。しかし、この高校にはあるらしい。


 まだ卒業の実感が湧かなくて面倒くさそうにする私たちに、そのカリスマ性でもって発破をかけてくれたのは、ルルーだった。

 初めは私たちのクラスだけだったが、全体練習で他のクラスがそれを見ることで、その波は広がっていったのだ。

 歌の練習によって、私は歌唱力と引き換えに、週末の散歩の時間をなくしていった。

 しかし、ルルーの個人レッスンは、やがて、あの散歩の役割の半分を担い始めるようになったのだ。


「校歌、斉唱」

 そのアナウンスと共に、ピアノのイントロが流れた。

 年に八回くらい歌う、校歌。式や集会といった節目の度に歌う歌。


 煩わしくも親しみ深い、この高校の象徴。


 そのあと、卒業証書授与がある。一人一人名前を呼ばれていく。証書を舞台の上で受けとるのは代表者の一人だが、皆が、先生の声に呼応して返事をした。


 送辞、答辞があって、次にあるのが合唱である。

 ただ、練習の成果を出しさえすればよい。


 練習通り、アルトのパートを歌い始める。旋律をつかみ、そこに言葉を乗せていく。

 アルト、それは主旋律をあまり担当しない脇役だと思っていた。しかし、全てのパートがひとつになったら、幾層にもなるハーモニーが奏でられるのである。


 その美しい和音を私の耳がとらえたとき、一つの変化が生じた。


 バックグラウンドのように、脳内で話し声が聞こえる。それは、教室のクラスメートの、他愛もない会話。

 いつしか、私は歌っている自分を客観的に眺めている。そして、その声に耳を傾けている。


 かと思えば、次は教室の風景が見えた。

 写真とも映像ともつかない。

 走馬灯、というやつかもしれない。

 何か得体の知れないものが、自動再生されるようだった。

 それは、入学してから今までにあったことを、写真のように断片的に、映像のように生き生きと、映し出していくのだ。

 大部分を占めたのは今年の出来事だが、忘れる寸前だったはずの、一年生の時のこともあった。

 やがて、魔力の発現、文化祭、ルルーとの出会い。

 体育祭、受験、魔女集会、神社での魔物討伐。

 そして、数週間前の戦いから、バレンタイン、今歌っているこの歌の練習へと。

 浮かんでは消え、また結ぶ泡沫のように、いいことも悪いことも、全ての思い出が、渦をなす。


 この渦は、あの戦いの後、ベッドの上で抱いたものと、似て非なるものだった。

 あの時の冷たい渦ではなくて、温かいもの。


 それが胸の中を駆け巡る。

 飽和した感情は、ほとんどが涙と化し、そうでないものは歌う唇に力を与える。


 それは、周りもそうだった。というより、私がその渦に巻き込まれたようだった。渦は、やがて具風のように大きくなって、体育館を覆うように飲み込んでいく。

 私たちは、歌う声に更なる感情を込めていく。


 力強く美しいユニゾンで、合唱は終わった。



 このあとも、卒業式は、予行通りに進んでいく。

 ただ、あらゆる所からすすり泣きが聞こえるが。

 その一人に、私もいた。



 予行練習がある以上、卒業式に新鮮さを求めることは出来ないはずなのだ。

 違うのは父兄の存在だけ。


 中学でも同じだった。

 周りの子達が大号泣する意味が分からないまま、ただこの窮屈な人間関係の鎖から逃れるのが嬉しかったのを記憶している。

 一人だけ、別の世界にいて、遠巻きに眺めているようだった。


 しかし。


 今年は、あの頃とは違った。


 ようやく落ち着いたと思えば、また涙が浮かぶ。


 おそらく――この一年が、今までにないほど濃かったのだろう。


 魔法を学び始めてから、私の生活はガラリと変わった。

 勉強が楽しいなんて。


 ルルーと会ってからは、もっと変わった。

 人と関わるのが嬉しいなんて。


 そして、一気に濃密になった日々が、私を突き抜けて走っていくように、目の前に浮かび上がってくる。


 この涙は、別離の悲しさより、感動より、懐かしさなのかもしれない。

 ただ、いかなる思い出も甘美なものと化して、温かい涙をとめどなく溢れさせる。



 いつの間にか、式が終わっていた。


「卒業生、退場!」


 その声と共に一斉に立ち上がり、再び列をなして退場する。


 それにしても……私たちが、こんな秩序に定められて一緒に行動するのも、これで最後なのだ。


 未だに信じられない。

 私たちが別々の道を歩むのが。


 たとえそれが、私にとってこの上なく軽薄な関係でしかないクラスメートであっても。



 まして、ルルーは言うまでもない。

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