93.感謝
「そういやさ、ここってどこ?」
「それ思ってた!」
ルルーの問いかけで、私は改めてそう思うことになった。
「誰かの家っぽいねぇ……」
「んー、誰だろ? ……けど、なんか見たことあるものがあるような、無いよーな……」
「そうなの?」
「……いやー、この部屋は見たことないはずなんだけどね……」
訝しげに、ルルーは首を回して周りを観察していた。
「ねぇ、この家の人にお礼しなきゃじゃない?」
観察に飽きたのか、あるいはお礼の優先順位が高いからか、急に振り返ってそう言われた。
「えっ、あ、そうだね!」
そう言って、部屋を出ようとしたときだった。
脇の机に、置き手紙があった。
宛名は、『二人の美しい魔女へ』となっていた。
「えー、これって私たち?」
「ルルーはそうだとしても私は違うだろうね、美しいって書いてるし」
彼女は、無茶はするが強くて美しい。しかしそれ以上に、見た目は女子の私が見てもなかなか可愛いのだ。
「一体なに言ってんのよ、二人って書いてんじゃん!」
「えー、でもさ!」
ひとしきりぎゃーぎゃー言ってから、やっと手紙を開けた。
それは、とても簡素なものだった。
戦った私たちをいたわる言葉から始まり、自分も魔法使いであること、この部屋には転移魔法を掛けてあるからドアをくぐった先は私たちの家の前であること、それらが淡々と書かれていた。
『最後に。貴女達にはこれからがあるのだから、無茶はしないこと。それさえ約束して貰えるならば、僕に礼を言う義理はないし、僕の名を名乗るつもりはない』
最後は、この言葉で締めくくられていた。
どこか奇妙に感じなくもなかった。
「えぇー、つまり魔法で強制送還?」
「……っぽい、ね」
「これじゃお礼言えないじゃん……」
「こっちから手紙を置いておいたらいいんじゃないかな?」
「……直接言いたかったな……」
うつむいたルルーが、何かに目を止める。
「えっ、ちょっと待って、これっ?!」
急いで立ち上がり、一冊の分厚い本を手に取る。それはとても古いらしく、ところどころが擦りきれている。
「ルルー?」
「やっぱり……え、でも、何で? 何でこれがここにあるの?!」
彼女は、ぱらぱらと本をめくって、あるページを開いた。
中は、魔導書の言語で書かれていた。
彼女は、吸い込まれるように、その右ページの真ん中ほどの文字列に、指を当てた。
『――伝説の魔女、ルーリアは、このようにして、もう一人の仲間と共に、世を惑わす竜を鎮め、封印したのです――』
「……私は、いや、私たち二人は、一緒に竜に勝ったんだったね……本当のルーリアに、少し近づけたかな……」
彼女の声は、夢の中のようだった。
しばらくして。
「……じゃなくてっ! この本さ、小学生の時好きだったんだけど、いつの間にか無くなったんだよね、けど何でここにあるの?」
「私が一番わかってないと思うよ……」
そして、まぁいいや、多分この家の物だし、と言い、その本を元の場所に置き、部屋のあちこちを回って何かを探し始めた。
その間、私はその本をぱらぱらと眺めていた。
あの、かつて毎日読み聞かされた絵本に、よく似ている。
視界の端に、動くものをとらえる。
本のページの隙間から、何かがひらりと落ちた。
それは、写真らしかった。
気になって、拾い上げてみる。
写っていたのは、二人の子供だった。小学校低学年、といったところか。
一人は少女で、もう一人は少年だった。
二人は本当に仲が良いらしく、肩を組んでピースサインをして、無邪気に笑っていた。
しかし、私は別のところで驚く。
少年は銀色の瞳をしていて、少女は金色の目だった。
そして、彼女は、どこかルルーに似ているところがあったのである。
もしかして。
その思考を遮るように、彼女は口を開く。
「あー、魔法陣なかった! 壊して家の主の方に直接会おうと思ったのになぁ~」
「ねぇ、ルル……」
「隠蔽されてんのかな? ……仕方ないから、せめてめっちゃ綺麗な魔法掛けといて、それで手紙添えようかなぁ~……」
「……」
まぁいいか。
今は、こちらの方が大事だから。
「あー、でも、綺麗な幻影魔法とかって黒魔法にないんだよねー……ななみって使えたっけ?」
「いや、幻影魔法自体やったことない」
「まじかぁ……あ、火峰さん……えっと、ななみのおばあちゃん、そういうのを得意としてたと思うけど……」
「え? ……あー、あれかな。花のシャワー作ったり?」
「そう、そんな感じの!」
魔法を習い始めた、本当に最初の最初に見たもの。
「呪文は分かるんだけどねー、黒魔術師が扱うのは至難の業でね……」
彼女はそう言って、魔墨を使って、紙に何やら文字列を書く。
「多分、これでいけると思う」
それは、魔導書の言語であった。
「いや、さらっとそれ書けるの凄すぎるでしょ」
私はそれに指を当てる。
浮かび上がった文字を読み込んで、詠唱する。
次の瞬間、机の上に収まるほどに小さいながら、色とりどりの花畑が生まれたのだ。
可憐な花々が咲き乱れ、一つとして同じ色のものはない。
そして、ルルーが常備している、女子力の高さを思わせるメモ用紙を使い、ひとことずつ感謝の言葉を書いた。
それを、花畑の中に添える。
「さぁ、帰ろうか」
先にそう言ったのは、どちらだろうか。
二人、この部屋のドアをくぐり、外に出る。
淡い光に包まれ、目を一瞬閉じる。
再び目を開けたとき、私は一人だった。
しかし、周りには、私にとってあまりに馴染んだ風景が広がっている。
それが、何故か、嬉しく、懐かしいように感じたのだった。




