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魔法が使えるだけの普通の女の子  作者: まるぱんだ
10.望まれざる再会
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91.追想

 長い戦いの果て。


 黒髪の少女が、その場で倒れこむ。そのまま、深い眠りに落ちた。


 その脇には、壮年の男が一人。不思議な光を帯びている。彼もまた、意識を手放している。


 そして、この森の広場には、もう一人の少女がいた。黒髪の少女の親友で、可愛らしい栗色のくせ毛。しかし、それも、今は乱されていた。額には、微かながら、その男性と同じような光がある。


 そして、たった一人、そこに立っていた。


 彼女はその時、記憶を失っていた。

 一体なぜ、自分はここにいるのか。

 なぜ、目の前で人が二人も倒れているのか……?

 何も分からなくて、怖くなった。



 ちょうどその時。



 この広場に、偶然に通りかかった人物がいた。


 銀色の瞳が特徴的な少年。

 この少女たちと、同い年といったところか。

 大人びてはいるが、どこかに幼さのある少年である。


 彼は、まず倒れている二人に目を止めた。

「これは……何があったんだ?」

 予想外の光景に、そう口にすることしか出来ない。


 しばらくして、彼は瞑目し、意識を集中させる。

 少年のもとに、微かな光が集まる。


 ……あぁ、魔力反応が忘却魔法っぽいな……

 ……ということは、ここに居るのは魔法使い……?


 そう思った時、ふと、黒髪の少女に見覚えがあることに気づく。


「……っ! 魔女集会の、時の……」

 確か、竜山さん、といったっけ。下の名前は……奈波、だったか。


 ますます、何があったか、見当がつかない。


 少年は、一度周りを見渡す。

 それから、彼女の体の、その中でも特に傷の多い左の手の平に、自分の手をかざす。そして、彼の意識を集中させる。


 まばゆい、暖かな白い光が、彼の手の周りに集まって来る。


 その光の収束と共に、彼女の傷は、跡形も無くなっていた。

 他の所についていた傷も。

 ついでに、とばかり、その隣の男性にも同じ操作をした。



 この少年は、白魔法に長けていた。

 よく見れば、その人の忘却魔法が完成していない、ということも分かったのだ。

 完成した忘却魔法は、後戻りが出来ない。

 しかし未完成ならば、彼の魔法でもとに戻すことは出来なくもない。


 今の彼の状態なら、放っておいても記憶はまた戻るはず。

 それにはどれほどかかるか分からないが。

 そう思って、さっきのように、外傷だけを治した。




 栗色の髪の少女は、この様子をじっと見ていた。


 なぜだろうか、この少年を一目見たときから、頭痛がするのだ。

 それは、彼の手から発せられる光を見るたびに、激しくなっていく。

 さらに、耳鳴りは、頭の中で大きな鐘が気違いのように鳴っているようなのだ。


 そのまま、彼女もまた、痛みに堪えられずに、意識が遠のいていった。


 そこで、少年は彼女に気づいた。

 彼女にも、軽く忘却魔法が掛けられている。

 巻き添えをくらった、というところか。


 彼女に近づき、顔を見るが早いか、ハッと気づいた。

 それは、さっき奈波を見たときより、はるかに大きな驚きであった。

 息を呑んだまま、何の声も出ない。



 見間違えようもない。



 少年の幼馴染み。


 小さい頃の事故以来、疎遠になってしまった少女。


 黒魔法に長けていた、可愛らしい少女。


 この時、忘却魔法が未完成なのが救いだ、と強く感じた。

 疎遠にはなってしまったが、彼女には、魔法使いとして活躍してほしかった。

 だから、魔法のことを忘れてほしくはなかったのだ。


 ――それに、僕と過ごした日々も――


 そう考えて、ふと、あの"事故"を思い出す。


 彼女が少年に放った魔法の強さ。あの時、彼はその少女に対し、恐れを抱いた。

 いや、「畏れ」といったほうが近いものだったのだ。

 誰よりも自分に優しく接してくれて、誰よりも魔法の訓練に精を出して頑張る少女。

 でも、魔法では絶対に負けないと思っていた。

 その彼女の魔法に、もう少しでやられそうになった。

 舐めてかかってはいられない、という思いは、いつしか尊敬へと変わっていったのだった。


 しかし、彼女は、あの日から罪悪感を抱いていたらしい。

 少年は引っ越してから、彼女が塞ぎこんでいて魔法の練習もしていないのだ、という話を母から聞いた。

 恐らく、彼女の母から伝わってきたのだろう。


 ――もし、彼女があの時のことを覚えているならば……むしろ、僕との思い出は忘れた方がいい。


 前を向いて、歩いてほしいから。


 なら、そのままにする?

 いや、その後で積み重ねた日々もあるはずだ。絶対に。


 尤も、彼の魔法がなくとも、彼女の記憶は回復するだろう。

 だが、それでも――



 彼は、彼女の額に手を置いて、さっき以上に意識を集中させた。


 彼女が帯びていた不思議な光は、初めから無かったように消えた。


 それと同時に。



 彼女の体が透き通り始める。



 これには、彼はまたも驚愕せねばならなかった。


「……生命力まで使ったのか……ルルーらしいな。そんな無茶をするなんて……」


 彼が、別の魔法を構築し始めた。

 回復魔法というものに近いものだ。


 万感を込めて。



 こうして、三人は何事もなかったかのように、荒れに荒れた広場の中で、穏やかに眠っている。


 さぁ、最後に一息。


 少年は、転移魔法の詠唱を始める。

 夕方、もうほぼ夜と言ってもよいような暗闇の中、まるで昼間のような光が、彼らを包んでいく。


 転移が完了したとき、広場には彼だけが取り残された。


 誰もいない森のなか。

 そこで少年は、初めて、遠くの瓦礫の山を見た。


 いや、瓦礫だけではない。


 近寄ってみれば、魔導書であった。

 中には、見覚えのあるものも。


 すると――、それらは、ひとりでに、動き始める。


 風はない。


 しかし、ページが勝手にめくられる。


 それは、それら自身が意志を持っているように、動きたいのに動けなくてもどかしいというようにさえ、思わせる動きだった。


 やがて。

 その一つが、空高く、飛び上がる。


 そしてもうひとつ、またひとつ……


 空に羽ばたく鳥のように、それらの本が、自由に舞っていた。


 そこで、少年はひとつの言葉を思い出す。


 ――しかし、魔法使いは、村を出てから広い世界に広がっていきました。魔法の教科書、つまり「魔導書」は、魔法使いに運ばれたり、自身の魔法で空を飛んだりして、これも広がっていきました。そういうわけで、いまも、魔法は世界中に存在しているのだといいます。――


 昔読んだ、魔法使いの伝説の一節であった。

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